受験前に図書館へ訪れてやることといえば勿論勉強なんだろうが、私は端からやる気はなかった。もともと馬鹿ではないし、一度みっちりやっていた内容は頭の片隅に残っていたので、あとはちょっと記憶を起こしてあげるだけでいい。だから、私は図書館へ来ても勉強などせず、黙々と本を読んでいた。
「ねぇ」
「はい」
柔らかくどこか女性的な仕草で隣に座った少年は、顔もどこか中性的で、美人だった。そしてどこかで見たことのある顔でもある。顔を上げると、私の読んでいる本の背表紙を見つめている。
「それ、どのくらいで読み終わる?」
「……あと5分くらいですね。待ちます?」
「待つわ。その本探してたのよね」
「童話をわざわざ探すなんて、珍しいですね」
「ふふ、そうかもね」
ペラ。紙の擦れる音が静かな空間にやけに響く。誰もが知っている童話。アンデルセンが30代前半の頃書いたらしいそれは、悲しい恋の話。中学生が読むには少し少女趣味すぎるとも思うが、これは英語で書かれていて、表紙は青一色。わかる人にしかわからないのではないだろうか。
「……どうぞ」
薄い本を静かに閉じて、そっと差し出せば、男は嬉しそうに笑みを浮かべて受け取った。
「ありがとう。ねぇ、少しお話しない?」
「……いいですよ。じゃあ、出ましょうか」
彼の本の貸し出し手続きを待って図書館を出ると、まだ日は高く、残暑が肌を睨(ね)め付けるように焦らした。目がぎゅうっと痛む。
「大丈夫?」
「ええ……」
「この辺りの土地勘はさっぱりなんだけど、あなたは?」
「わりとある方かと。喫茶店は少し遠いので、そこの角を曲がったところにある公園にしませんか?」
「情けないけど、任せるわ」

公園のベンチに座った私たちは、暫く沈黙していた。話そうと言ったのはそっちなんだから、さっさと話せよと心の中でだけ悪態をつくと、それがまるで聞こえていたかのように話し出した。
「実渕玲央よ。あの、間違ってたらごめんなさいね。あなた、花宮真さん?」
実渕……実渕……。ああ、そうだ。半月前に月バスで特集されたのを思い出して合点がいく。通りで見たことのある顔だ。
「ええ、そうですよ。あなたは、実渕さんでしたっけ」
「知っててくれたのね」
「ええ、まあ。半月前に月バスを見たときは驚きましたよ。無冠の五将だなんて」
「傷ついた?」
「いいえ。私はそういうの、気にしない方なので」
「そう」
含んだ言い方だ。よそ行きの笑みをはりつけたまま実渕の方を見ると、先ほど図書館で借りた本の表紙を優しく撫でて、悲しげに笑みを浮かべて口を開いた。

「花宮さん、このお姫様にそっくり」


『いつか海に還るために』





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