weaker and weaker
世界が暗く感じられた。
動かぬ骸と化した中年太りした男の体、その脇腹を踏みながら、馬鹿だなぁと呟いた。誰が、と聞かれればもちろん博打に勤しみ、それで作った借金を踏み倒そうとしたこの男だが、それを殺した自分のことも、馬鹿だなぁ、と、思ったりして。嫌なら、こんな仕事は辞めてしまえばいいのに。それをできないのは、彼らと、彼らの元に戻ることはないであろう自分との、繋がりを断ち切ってしまいたくなかったから。
日本に来てくれれば会えるなんて嘘。そのうち連絡先だって変えて、必要なら顔だって変えて、足跡を消す。追っ手が来れば殺してやらなきゃいけない。
ため息をついた後、ナイフの血を払った。服にも靴にも血がついていないことを確認してからふらふらと家路につく。お腹が鳴ったけれど、今日は食べる気にはなれなかった。殺った後はいつもそうだから、三食抜くこともしばしば。そうなるといつも誰かに無理矢理食べさせられてたっけ。懐かしいなぁ。たった数週間前の話、なのに。ね。
「ナマエちゃん、おかえりなさいです!」
この声を私が聞くことはないのだろう。なぜって、彼女が死んだから。彼女が、死んだ、から。…らしくない。らしくない。私は人をたくさん殺しているのだから誰かが巻き添えを喰らうことはありえるのだと覚悟していたはずで、例えば私の巻き添えでなくとも人間なんていつ死んでしまうとも知れないと理解していたはず、なのに。
ずるずると人気の無い道にしゃがみ込んで、ぱかりと携帯を開いた。プルルルル、プルルルル。プルルルル。数回の呼び出し音の後、低い男の声が聞こえた。依頼完了の旨を伝えて電話を切って、ふらふらしながらもアパートへ行く道を歩く。彼らに会ったらいつもの"私"にならなければ。
けれど道中私がしていたことといえば、ただただ彼女の笑顔を脳裏に浮かべていることだけだった。