sleeping
数え上げたらきりがないが、彼女の可愛らしい姿を間近に見ることができるたび、ああなんて幸せ者だろう、と彼は心底実感する。

ただいまの声に応えがないのはわかっていた。今は深夜の二時で、帰りが遅くなることはあらかじめ伝えてあったのだから当然だろう。
いつだったか、まだ一緒になって間もないころ、急な出動のために連絡を入れられず、そのあとの処理にも手間取り帰宅したのが明け方になってしまったことがある。まず覗いた寝室で空のベッドを見つけ、ダイニングで冷めた料理を前に伏せる妻を目にしたとき以来、何があってもひとを使ってでも、遅くなるから先に休んでいてくれと伝えるようにしていた。いつ帰宅するかもわからない自分をひとりで待ち、きっと心細い思いをしているのだろうに、その上寝不足で体調を崩しでもしたら心が痛む。
それでもこうして時々、ジョアナは眠らずに夫を待っていることがあった。

とは言っても、彼女は穏やかな寝息をたてていた。近づくモモンガの気配や足音にも気づかず、瞼もぴたりと閉じられたままだった。
待っていてくれたのだとわかったのは、彼女が身を丸めているのがベッドの上ではなくソファの上だったからだ。灯りもそのままで毛布も何もない、薄い肩掛けを巻きつけただけでクッションを枕に横になっている。
開きっぱなしの本と、飲みかけの紅茶のカップがテーブルの端に置かれていた。その隣にある小さな紙袋からは何枚か写真が覗いていて、きっとこれを見せたいがために彼女はこうして待っていたのだろう。子どもたちと遠足に出かけたときの様子が写されているそれを、もうすぐ受け取りに行けると話していたことを思い出す。

「ジョアナ」
「…ん……」

手の甲で頬を撫でると、ジョアナは身じろぎをしてうっすらと瞼を持ち上げた。ぼうっとしながらも夫の優しい視線を捉え、おかえりなさい、と緩く微笑む。しかしすぐにまた目を閉じてしまった。風邪を引くよ、と声を掛ければ、ううん、とだけ答える。こちらの声を煩がるでもなく、触れる手に頬を寄せて心地良さそうにため息をついた。

「風呂…は済んでるね」
「…ん、う……」
「さあ、ちゃんとベッドに入って…」
「…しゃしん…」
「明日また見せてくれ」

苦笑しながら寝乱れた髪を撫でつけてやり、軽い身体を持ち上げて寝室へ向かう。写真もカップも本もそのままに、灯りだけ消して抱え直すとジョアナはぎゅうとしがみついてきた。
押し付けられた暖かい身体を薄い寝巻き越しに感じ、こちらもきつく抱きしめ返して彼女の髪の香りをすうと吸い込む。

「…休まる」
「…ん…?」
「いや…ああ、そうだ、手は?」
「……まだ…です…」

そうか、と微笑んで彼女をベッドに横たえ、首の後ろに回されていた腕を外して身体を離す。ほんの一、二分、着替えるために背を向けていただけなのに、小さな声が何度も己の名を呼ぶのが聞こえて結局はいい加減に放り出した。
毛布を掴む彼女の手に触れ、ジョアナと囁き返すと安心したようにまた口元が弧を描く。やはり目は閉じたままだった。無意識でも意識的にでも、彼女に呼ばれるたびにどうしても表情が緩んでしまうのはこちらも同じだ。

繋いだ手は離さず、片手をサイドテーブルに伸ばして桃色の容器を引き寄せる。器用に蓋を開けると薔薇の香り、彼女の香りだ、がして、それも肺一杯に吸い込んでから優しくジョアナの手を包み込んだ。手の甲や掌、指先も関節にも丁寧にハンドクリームを馴染ませ、もう片方も同じように塗っていく。
いつからか、もうずいぶん前からだ、こうして一日の終わりに彼女の手に触れるのが日課になっていた。家にいるときは必ず、夜眠る前にこうしている。実のところ、今日のように彼女が先に眠っているときにも欠かしたことはない。

「…あったか…い…」
「そうだね」
「…ありがと…ございます…」
「好きでやってるだけだよ。さあ、終わった」

終わっても、眠るジョアナが絡めた指を離さないのはいつものことだった。だからそのまま彼女ごと抱きしめ、今日もまたいつものように緩やかにまどろみ、次第に深い眠りへと引き込まれていった。

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