◎急ぐ恋ではないので

「キスだ」
 言われるがまま唇を頬に寄せる。……プロシュートは無表情だ。
「ハグ」
 語気が強い。恐る恐る腕を回す。
「……もういい。離せ。そのまま両手を上げろ」
「……?」
「死ねッ!!」
「!?うぐッ」
 突然腹部を衝撃と激痛が襲う。プロシュートの強烈な拳だった。呼吸も忘れて蹲っていると、背中に重みが。まさか、そんな。……ああ、なんてことだ。
「さて、説明してもらおうか」
「な、なにをだ」
「テメーから匂いがする。鼻の粘膜にねっとりついて残るような、フリージアのケバい匂いがな……何か弁解は?」
 そういってプロシュートは俺の背の上で優雅に足を組むと、床の上に這いつくばる俺の顔を覗き込んだ。プロシュートは、笑っていた。だが目が笑っていない。
「説明は、しよう。だが一度退いてくれないか。こんなところを誰かに見られるのは」
「プレイの一環だろ」
「そんなわけがあるか!」
 俺には人間椅子になって喜ぶ趣味はない。あらぬ噂を立てられ仕事がやりづらくなるのはごめんだった。ただでさえアジト内で付き合っていることがばれて以来白い目で見られているというのに、変態趣味を持っているなんて勘違いされれば、俺の居場所はもはやないに等しいだろう。……いや、あいつらならそんな俺をも半笑いの気持ち悪い顔をして受け止めてくれるのかも知れないが、そんなの俺が嫌だ。自主的に出て行くことにする。メローネのセクハラまがいの台詞も、イルーゾォの気まずそうな顔も、ソルベとジェラートからの意味ありげな視線も、そろそろ辛くなってきた所だし……いやまて、何故俺が出ていくのだ。俺は何も悪くはないのではなかったか。
 とにかく言いたい事が有りすぎて言葉にならない俺にしびれを切らしたのか、プロシュートはため息をついて立ち上がると、俺の首元を掴んで引き上げた。
「説明は」
「あ、ああ……いつも世話になっているクリーニング屋の斜向かいに、新しい店が出来ただろう」
「へえ、そうなのか?最近そっちの方には行ってねえからな。知らなかった」
「出来たんだ。なんでも女性向けの、石鹸とかを売る店でな。そこの店員につかまったんだ。人気商品がどうだの言っていた。それで、スプレーみたいなものを振りかけられて」
「ほお、その商品の匂いだってことか。これが」
 俺の首筋にプロシュートが顔を寄せた。。耳元をすんすんと鼻の音が掠める。「くっせえ」と一言吐き捨てて、プロシュートの顔は離れて行った。
「まあ信じてやるよ」
 あっさりと俺を解放したプロシュートはにやりと笑って俺を見下ろした。こちらはハラパンに人間椅子で息も絶え絶えだというのに、憎たらしい。
「これに懲りたら、疑われるようなことは慎むんだな。例えば仕事を理由に、恋人を一週間以上放っておいたり」
 「余計な匂いを纏わせてきたり、な」長い指が喉仏を通って、そのままそっと顔を持ち上げられる。近づいてきた鼻筋が唇を通り過ぎ、耳のすぐ下に柔らかな感触。かと思うと、ピンッ、と額を撥ねられる、小さな衝撃。
「……」
「反省しろよ」
 そういってプロシュートは軽やかな足取りで去っていき、残されたのは、額に手を当て床に座り込む俺一人だった。
「……身が持たないな。色々な意味で」
 だが、時には嫉妬されるのも悪くないと、愚かな俺は思ってしまうのだった。



 暴力兄貴大好きです。久々のたじたじリーダー。

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