◎にじいロマンス

 レモンが2つ。お茶請けのクッキーと、角砂糖が一袋ずつ。1リットルの牛乳パックに、茶葉が二箱。大して重くはないが、茶色の紙袋に詰め込まれたそれらがかさばって、視界が遮られる。どうも歩きにくい。
 不意に強めの風が吹いて、その中に微かにまざる雨滴に、思わず歩みを止める。空は雲一つない青空だ。これから天気雨が降るのかもしれない、急がなければ。急ぎ歩み出そうという時に、憎たらしい声が背後から掛けられた。
「大丈夫かい、フーゴ」
 無視をして足を進める僕だがその声の主とはちっとも距離が広がらない。むしろ余裕綽々と言った具合に隣に並んだものだから、もはや溜息を隠す必要も無かった。
「……どうしてまだついてきてるんです、ボス」
「今は二人だ。ジョルノって呼んでくれ」
「……ボス」
「ジョルノだ」
「……どうしてです、ジョルノ」
 ついてくるなと、僕は出がけに言ったはずなのだ。こういう雑用は一構成員である僕の仕事なのだから、アナタはアナタの仕事をしてくださいと。この男はそれを承諾した。そして、僕の跡をついてきた。「偶々同じ所に用があるんだ。雑用がてらに護衛してくれたって、バチはあたらない」なんて嘘を、いけしゃあしゃあと。そう、確実に嘘だ。その証拠に、大きな荷物を抱えている俺の隣で、この男は今何一つ手に持っていない。
「先程の店に一体何の用事があったのか知りませんがね、もう用事はすんだのでしょう。ご覧のとおりこのありさまでは満足に護衛も出来ませんし、アジトまでもうそれほど距離はありませんから、どうぞ僕を置いて、おひとりで帰ってください。雨も降りそうですし」
「雨?」
 首を傾げられる。雨にあたったのは僕だけの様だ。
「先程風に乗って、少し」
「なら傘を差すための手が必要だな。その荷物はぼくが貰おう」
「!いけません、これは、あっ」
 いつの間にか紙袋が奪われている。そしてジョルノは器用に紙袋を片手に乗せながら手近なブティックに入ると、すぐに出てきた。……赤地に白色の水玉という、正気を疑う様なド派手な傘を手に持って。
「……なんですそれは」
「女性の店だったんだ。これしか置いてなかった」
 そういってジョルノは肩を竦めてみせると、僕に傘を突き出した。さして入れろ、ということらしい。水玉の傘に二人で入る光景が容易く想像でき、最初は渋ったものの、本当に雨が降り出してしまえば僕に選択肢は無かった。なるべくジョルノと荷物が中心になるように、歩みの邪魔にならないように、傘の下を離れるようにして指すと、ジョルノは一言「やりなおし」と傘の柄を丁度二人の間になるように押し返した。
 幸い通りには人気が無いとはいえ、気恥ずかしさのせいか、言葉が浮かばない。会話の無いまま、どうしても触れてしまう左肩ばかりを気にしながら、ぼくは歩いた。早くアジトに着けばいい。そしてどうか、ミスタに目撃されないことを祈るばかりだ。からかわれるに決まっている。
「身長」
「え?」
「いまのところ、大して変わらないんだよな。ぼくたち」
 何故、そんなことを?思わず隣に目を向ければ、確かにほぼ同じ高さに、ジョルノの顔があった。慌てて視線を前に戻す。この慣れない距離はどうにも心臓に悪かった。
「突然、なんなんです」
「いや、いずれはぼくが抜かすんだろうなと思って」
「は?」
「どうもぼくの血筋は体格に恵まれているみたいだから。それにフーゴは、大して伸びなさそうだし」
「……調子に乗るのもいい加減にしろよクソガキ」
 僕は思わずカッとなるのを、どうにか我慢した。我慢できたのは、ジョルノが荷物を抱えていて、僕が傘を持っているという状況のせいだ。上から包み込むように重ねられたジョルノの手のひらに、動揺してしまったわけでは決してない。きっとぼくの方が上になるねと、生意気な笑みを目にしてしまったからでは、決してないのだ。……ああもう早く、雨が止めばいいのに。
 俯くの視界の中、雨に濡れながら青空を反射して青みを帯びた石畳の上で、ぼくらの歩く場所だけが鮮やかな赤色だった。 

20140414upの拍手

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