(五部・恥パ後の敬語フーゴ)

 甘い香りが、入り込む秋風に運ばれやってくる。
 窓辺の小瓶。橙色の小さな花をつけた枝。
 キンモクセイというんですよ。そういって僕がプレゼントしたのを、フーゴはこうして自室に飾っていてくれている。
 そのことを僕は遊びに来て早々からかった。嬉しかったのもあるが、なにより普段から素直じゃない恋人をからかいたい気持ちがあったからだ。
 そんな僕にフーゴは予想通りムスッとした顔をして、貰ったものをぞんざいに扱っては失礼ですから、と素っ気なく言うと、なんということだろう、僕という恋人が遊びに来たというのに、残っていた仕事を片付け始めたのだった。
 失敗したと後悔するには遅く、フーゴは頬杖をついて見つめ続ける僕の視線を無視して淡々と仕事を続けている。声を掛けても曖昧な返事を返すばかりで手を止める気配は一向に無い。取りつく島もないとはまさにこういう状態をいうのだろう。いつも淹れてくれる美味しいストロベリーティーもお預け状態だ。
 暇な僕は仕方なくテーブルの上に山積みにされた書類を全てハトにでも変えてしまおうと手を伸ばしたのだけれど、察したらしいフーゴにボールペンで刺されそうになったので、結局振り出しに戻ってしまった。むしろ初めよりも機嫌を損ねてしまったかもしれない。
 部屋を満たす甘い空気に反して、テーブルを挟んで向かい合う二人の雰囲気はまるで甘くない。
 僕は戯れに窓辺のキンモクセイを手に取った。
 くるくると回すその枝には愛らしい橙色の花がくっついている。
『見たことない花ですね……可愛いな』
 この花をプレゼントした時、そう言って見せてくれたフーゴの笑みが、僕には嬉しくてたまらなかった。
「……」
 気が付けば僕は手の中のキンモクセイをフーゴの髪に差し入れていた。
 何をされたのかを理解できなかったらしい。顔をあげてキョトンとする恋人の表情に、僕は思わず微笑む。
 しかしフーゴはやはり冷たかった。
「邪魔しないでください」
「……」
 言い捨てて、作業再開。ご機嫌取りには少々足りなかったようである。
(……からかいすぎては駄目だな。これじゃあ僕が耐えられない)
 口にせず呟いて、僕は心の中で静かに白旗を上げた。



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