◎春に悪魔が目覚めたら

「ぅえっくしょんッ!!……アアー、花粉症かァ?」
 ムズムズする鼻を掻く。視界の端を何かがちらついて、そのままつられるように見上げると、校庭の桜が満開のころを迎えていた。雲一つない青空を背景に、一面まっピンク。見事なモンだ。
 春ってのは四季の中でも穏やかなイメージがあるが、意外に自己主張の強いところがあると思う。桜しかり。花粉症しかり。
 何より空気が浮足立って仕方がない。あたりを見れば、新しい制服を身に纏う新入生たちが、部活動見学にあちこちを走り回っている。迎え入れる側の2年、3年も忙しそうだ。が、今まさに午後の授業をサボろうという俺には関係のないことだ。結構なことで、と俺は足早に校門を抜けた。
「あれ」
 間抜けにも声を上げたのは、そこに承太郎さんがいたからだ。名前を呼んで駆け寄ると、承太郎さんは壁に預けていた背中を離してこちらを見た。
「ああ、仗助か。お前を待っていたんだ」
「俺を?なんかあったんスか」
「大したことじゃない。時間が出来たから、一緒にメシでもどうかと思ってな」
 どうだ?と聞かれて俺はすぐさま頷いた。あまりに予想通りの反応だったのか承太郎さんが吹き出したが関係ない。これは思ってもいないラッキーだ。
「行きましょう。行きましょう!やったなー、承太郎さんと行くとこはどこもウマいっすから。地獄の果てまでお供するっすよォ」
「そうハードルを上げられると失敗は出来ないな。まあ、期待しておけ」
 やった!思わず小躍りでもしてしまいそうな気分になる。なんだかんだ言って俺もまた春の陽気に浮かれている馬鹿なヤツらの一人なのだ。なンせこっちを見て目を細める承太郎さんの、仕方ないなお前は、とでも言っているようなその目線が、なんかもう、くすぐったいのなんのって。
 何を食べさせてくれるのだろうか。和食?イタリアン?他には、ラーメンとか?承太郎さんの選ぶB級グルメって、気になるなァ。想像は膨らむばかりだ。早く行きましょうよ!と急かす俺を、承太郎さんは呼び止めた。
「?なんスか」
「じっとしていろ」
 青い瞳が俺を捕える。
 時々だが、承太郎さんの日本人離れした瞳は俺を緊張させることがある。なんというか、綺麗すぎるのだ。ああまただ、と小さく息を飲む間に、承太郎さんの指が俺の首を掠める。離れて行く人差し指と親指の間に、薄桃色の花弁があった。
「……まだまだガキだな」
 ……その笑みがなんだか色っぽい、なんて。やっぱり俺、どうかしてる。

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