棚に並んだカラフルな瓶を前に立ちつくす。
 困った、と思った時には俺は既にポケットから携帯を取り出し、電話帳のいつもの名前を選んでいた。
「助けてくれ、プロシュート」

 選択肢が多ければ多いほど、その時の状況は恵まれていると言えるかもしれない。しかしその選択肢の中から、たった一つだけしか選ぶことを許されないとき、多さ故の苦しみが生まれるのである。今の状況はまさにそれだった。

 今朝のことである。
 俺が食べたトーストを最後に、アジトに置かれていたジャムが切れた。

 珍しく俺だけが非番ということで慣れない買い出しの仕事を与えられ、俺はスーパーにやってきた。カートを押しながら着々と必要なものを買い物かごに放り込んでいき、ようやくすべてが揃ったところで、ふとジャムのことを思い出したのである。
 手の中にある買い物メモと、必要最低限の財布の中身を照らし合わせる。買うことのできるジャムはたった一つのみ。
 とりあえず雑多な店内を歩き回りジャムの置かれた棚を見つけ出したはいいものの、目の前には色とりどりの瓶が並んでいる。それらをしばし眺めて途方に暮れた俺は、プロシュートに相談の電話を掛けたという次第だった。
『店には何があるんだ?』
 プロシュートの問いかけに、俺は端から瓶を手に取って、ラベルの文字を読み上げた。
「アップル」
『イルーゾォが嫌がるぜ。あと普通すぎてつまんねえ。却下』
「ブルーベリー」
『ギアッチョが喜ぶだろうが、前と被ってるから駄目だ』
「マーマレード」
『メローネが騒ぐな』
「アプリコット」
『ペッシが食えねえ』
 何より俺が嫌いだ、との一言が添えられる。溜息が出た。個性豊かなチームなのは結構だが、こんなところでそれを生かさないでほしい。
 文句を言うなら俺に買わせるな、各自勝手にしろ、と吐き捨てたいところなのだが、あのバラバラなメンツをひとところに住まわせたのは仕事をする上での利便性を主張したいつかの俺自身の言葉なのである。俺は黙って手に取った瓶を棚に戻した。
『そういやストロベリーもあったか。ああでも、それも前とかぶってんだよなァ。他にねえのかよ』
「無いな」
 困り果てたところでさらにプロシュートがぶっちゃける。『正直ジャム自体に飽きた』一体俺にどうしろと言うんだ。
『てかよォ。そんなつまらねぇことで電話すんなよな。久々の休みを満喫中のテメーと違って、俺は忙しいんだぜ』携帯越しにプロシュートの不機嫌な声が鼓膜を震わせる。そんなことを言うが、例えば俺が他の誰かに電話したり、もしくは誰にも相談せず適当に買い物を済ませて帰れば、一番に噛みついてくるのがプロシュートなのである。あとあとの面倒を避ける上での仕方のない人選だった。
 また一つ落ちた溜息が拾われないよう携帯を離し、何気なく視線を落とす。ふと下の段に置かれた瓶のラベルが目に入った。ハっとした俺は改めて携帯を頬にあてた。
「プロシュート、あったぞ」
『なんだよ』
「ピーナッツバター」
『それだ』
 不思議なことにピーナッツバターだけは今まで一度も手を出していなかった。
 これならば奴らも文句は言うまい。俺のチョイスにプロシュートも感心しているようで、ふふんと得意になった俺はレジへと向かった。普段は任務ばかりで久しぶりに回ってきた買い出しの役割だったが、どうやら上手く果たせそうである。皆の反応を想像して、明日の朝食が少しばかり楽しみになった。


(結局誰かしらにブーイングされるというオチ)

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