※リーダーが病んでる

 突然腕を掴まれて、引き倒される。
 体を襲った痛みに呻く前に手のひらで口を覆われ、息苦しいと文句を言う前に頭上に両腕が纏められる。
 そのまま馬乗りになった体に下腹部が押さえつけられて気分が悪い。食事をしたばかりの俺の状況を考慮する余裕はこの男にはないのだろうか。まあ、無いのだろうなとは思っている。手首に食い込む奴の指先が、触れる肌の異様な熱さが、そしてなによりも、底の見えない井戸のように暗く深い奴の瞳の、奥底に見える切実さが、それを物語っていた。
 この男は俺を欲している。その為ならたとえ何を捨てても構わないとでもいうように。
 まず手始めに理性を捨てたらしい。奴が押し付けてきた唇は、食事中に飲んだアルコールと、微かな血の匂いを漂わせていた。俺の血だ。殴られた拍子に口の端が切れたのだ。奴はそれを味わうように甘噛みしたのち、無理やり俺の口の中に割り込んだ。
 侵入してきた厚い舌に翻弄される。思いのままにかき回され、食い尽くされる。苦しい。苦しい。苦しい。いつの間にか呼吸を忘れていた。
 声を上げて苦痛を訴えようにも、舌と唾液と熱にすべて飲み込まれる。一方的だった。お前は捕食される側、犯される側なのだと言わんばかりだった。
 この行為に愛情を感じられる人間がいたとしたら、それは重度のマゾヒストか、狂人だろう。
 しかし俺はそのどちらでもない。だからこそ、この男に対して言わなければならないことがある。

「リゾット」

 自己満足しかない行為の合間に辛うじて名前を呼べば、ぴたりと動きを止めて暗い瞳がこちらを見下ろした。その奥底が僅かに揺らめいたのを見て俺は思わず笑いそうになったが、まともに酸素を与えられなかった肺が限界だったらしく、せき込むだけで終わってしまった。
 呼吸を落ち着かせるように大きく息を吐きながら、リゾットの頬に触れる。
 やさしく撫でたりなどはしない。引きちぎらんばかりの力で耳を掴み、引き寄せる。痛みで顔をしかめたリゾットを今度こそ笑い、その鼓膜に叩き付けるように吐き捨てた。

「好きなだけ喰って見せろよ、チキン野郎」



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