「もしもテメーが俺に死ねと命令しても、俺は死なない」
 唐突な言葉に、俺は顔を上げてルームミラー越しのプロシュートを見つめた。
「例えそれが、俺の『シゴト』だったとしてもだ。他人に言われて、ホイホイ投げ捨てられるような命なんざ、俺は持ち合わせちゃいねえからな」
 緩やかなカーブに差し掛かり、プロシュートはハンドルを切る。早朝の暗闇に支配された高速は対向車もなく、低いエンジン音のみが脳を鈍く刺激する。並ぶ街灯の灯りが順々にプロシュートの横顔を照らした。
 そんなことなどあるのだろうか、と思った。俺が、この男に死ねと命令する。そんなことが。
 想像して、なるほど確かに、この男は死なないだろう、と思った。そんなのは似合わない。そもそもこの男は他人の言葉にそれほど重きを置かないのだ、信じるのはいつも自分自身で、自分基準。例え立場上は上位に立つ俺の言葉であっても、自分の意見とそぐわないことがあれば納得できるまでぶつかりにくる。そんな男だ。
 俺はそれを昔から、もしかしたらこの男と出会ったその瞬間から、知っていたように思う。そんな俺が、冗談でもこの男に向かって、「俺のために死んでくれるか」などと言えるだろうか。言えるわけがなかった。回答の分かっている問いかけなど、ただの悪趣味な言葉遊びでしかない。
「けどな」
 視線を一切動かさないまま、プロシュートは再び口を開いた。
「テメーがもし、自分の命を賭けてまで何かを成したいと言うのなら、俺はそれに最初っから最後まで付き合うぜ。
 最初ってのは、テメーがその重てえ腰を上げて、俺に向かって口を開くその時だ。後で何を言われようが、テメーが必要だと思うことなら、何であろうとやってやる。
 最後ってのは、まあ、最後だな。この命尽きるまで、ってやつだ」
 ありがちなセリフだがな、とプロシュートの唇が悪戯めいた笑みを浮かべる。
 鏡越しに合った瞳は、笑ってなど居なかった。
「……」
 返す言葉は無かった。
 重く息を吐いて、快適とは言い難いシートの背もたれに身を沈める。
 何時から気づいていたのか、というのは、おそらく野暮な質問なのだろう。ソルベとジェラートの死を知ったあの時、それまでずっと耐え続け、拳を握り睨み続けた境界線を越えてしまったのは、俺だけではなかったという、それだけの話なのだから。
「……どうしてそんなことを言うんだ」
 俺は今、どんな表情をしているのだろう。
 腹の底から笑いたいようでいて、胸の内は固まった一つの決意に冷たく静まっている。そんな不思議な気分だった。

「なに、俺がどれだけテメーを愛しているのか、教えてやりたい気分だったんだ」

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