「……よくここがわかったな」
 ついさっきまでは苛立ってばかりだったのに、窓の外で壁に寄りかかって立つヤツの頭を見つけた時には、怒りよりもむしろ呆れの方が勝って、皮肉よりも先にため息が出た。
「テメーには教えてなかった筈なんだがな」
「先月末からお前が此処に住んでいる女と関係を持っていたのは知っていた。この家に来るのは不定期だが、毎回近くの花屋でプレゼントを買っているな。今回は薔薇か?」
「……ストーカーは犯罪だぜ」
「今更だろう」
 そういうことじゃねーだろと思いながら窓枠に腰掛ける。傍らに飾られた花瓶に挿しこまれた一本の薔薇は確かに俺が買って家主に送ったものだが、一応、この男には訂正しておかなきゃならないことがあった。喧嘩の原因となった一昨日の夜のことを忘れたわけではないが、正直こうして外で俺が現れるのを待っていたリゾットの姿を見た瞬間から色々と馬鹿馬鹿しくなっていた。
「言っとくが、テメーが考えてるような仲じゃあねえからな。向こうは最初そのつもりだったらしいけどよ、男と寝てるっつったらあっさり諦めたぜ」
「じゃあどういう仲なんだ」
「さあな。時々飯を食わせてもらってる」
「付き合ってないのにか」
「付き合ってないのにだ。『観賞用』なんだとよ。俺は。花瓶に飾った花みたいに毎日眺められたらいいのにって言われたぜ」
「……やばいんじゃないのかそれ」
「……飯はうまいぜ」
 多少変な所があるものの、ここ家主は話も面白いし、いい女だ。
 なによりもいいのは、俺がいつ来ようと何も聞かずに迎え入れてくれる事で、いざという時の『避難所』としては最適なのだと、この男が気づいているかどうかは五分五分と言った所か。
「……機嫌は直ったか」
 愛想のない台詞だが、こちらの様子を窺うような声音で、リゾットは言った。
「どうだろうなァ。まあしかし、そろそろ帰らねえと仕事に響くな」
 言いながら、窓辺からリゾットの隣に降り立つ。別に「もう怒ってない」と口にしてもいいのだが、それではつまらない。反省しているようなら、からかいたいのだ。ただ、俺が楽しんでいることぐらいすぐわかってしまうだろうから、今度はこの男が機嫌を損ねる番になる。案の定、こちらを見るリゾットの瞳は不服そうだった。
「怒るなよ」
「……」
 こみ上げる笑いを堪えつつ歩き出す。
 ふいに、リゾットが思い立ったように振り返り、窓辺の花瓶を引き寄せると、飾られた薔薇を引き抜いた。
「それどうすんだよ。持って帰るのか?」
「……ああ。俺の部屋に飾ろうと思う」
 ずっとここに置いておくわけにはいかないからなと、リゾットは手にした薔薇を見下ろし呟いた。

back

- ナノ -