目を開けた時、俺は砂浜に立っていた。
 何故か靴を履いていない足を、柔らかな夜の砂が包み込んでいる。指を意味もなくぐにゃぐにゃと開閉して隙間に砂が入り込む感覚を何度か確かめてから、俺は歩き出した。
 自分が何故砂浜に居るのか。そんな当然の疑問を忘れて、行き先も無いまま砂浜を歩き続ける。
 寄せては返す波に打ち上げられた物たちが砂にまみれて転がっている。流木、タイヤ、ブリキ缶。
 海を越えてこの砂浜にやってきた為にボロボロになってしまったそれらは、色あせて、錆びて、元の姿は見る影もない。一体何処から来たのか。そんな彼らを修復してやれば、ひょっとしたらその出自がわかるかもしれないなんて、馬鹿なことを考えたりして。
 ふいに俺は足を止めた。
 爪先にぶつかった小さな空き瓶。空っぽの硝子の中に閉じ込められた夜空は、満天の星空だった。

 ――。

 名前を呼ばれたような気がして、俺は海へと視線を向けた。
 気が付かなかった。
 あの人は俺に背を向け、海の中に立っていた。
 白いコートの裾が波に取られているのをまるで気にすることなく、もはや癖になっているのだろう、帽子のつばに触れる仕草をしながら、あの人は海の向こうを見つめていた。
 いずれ、太陽が昇る方向だ。
 遠い、遠い、地平線の向こう側。そこにあの人にとってのどんなものがあるのかを、俺はなんとなく理解している。

 夜が開けて、地平線の向こうが白み始めた時。あの人の姿は変わらずあるのだろうか。

 俺は走った。
 砂に足を取られ、へたくそなバタフライのように手は空を掻いてバランスをとって。それでも一度膝を付いて、砂まみれになった学生服は白っぽく汚れてしまった。かっこ悪い。情けねェ。
 それでも俺は、あの人の傍に居たいと思った。
 あの人が居ないと寂しくて堪らない、未熟でガキな俺だから。そして願わくば、傍にいることであの人の心の置き場所を、ほんの少しでも分けてもらえるのなら。

「――――!!」

 冷たい波を蹴って、俺はあの人の肩を掴んだ。
 行き成り背後から飛びついて、きっと驚いたに違いない。
 それでいい。
 これは俺の、若さゆえの特権ってやつだ。
 精神的にも実年齢的にも俺より上で、男としても俺よりもはるかにカッコいい。そんな甥に、これからも変わりなくぶつけていく予定の、俺渾身の馬鹿正直だ。

「――――承太郎さん!!」

 周囲の風景がスローになる。弾けた飛沫。傾く水平線。ゆっくりと、俺たちは倒れ込む。
 目も眩むような星空の溶け込む海に沈む前、少しだけ、承太郎さんが笑ったような気がした。

20130315up

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