奴の唇を見るとキスがしたくなる。 肉が少なめで、体温も低い薄い唇が触れる感触は、幾度も繰り返してきた行為のせいで俺の記憶に染みついている。連想するのは、息をするのと同じくらい容易いことだ。 しかし俺が熱を込めた視線を向け続けていた所で、この男は顔を上げすらしないだろう。デスクの上には、奴が大好きな仕事の為の書類やファイルが広げられているのだから。 だから俺は何も言わずに、デスクの上に乗り上げる。 自分の座るスペースを確保するように見せて、意図的に邪魔な書類共をデスクの上から退かしていく。 物に嫉妬なんて馬鹿馬鹿しいにも程があるが、そんな自分を楽しく思っているのも事実だ。 漸く顔を上げたリゾットの、咎めるような視線を鼻で笑う。 自分で言うのもなんだが、俺は正直な人間だ。自分に対して。欲望に対して。 そして仏頂面がどうにもアホ臭い恋人に対しても。 遠慮なく口づける。 時々かぶりつく。 どんなキスであろうと奴は拒まない。 初めは困惑していた瞳にも、一呼吸飲み込んでしまえば、俺が引く気は無いのだと理解したのだろう、諦めの色が浮かび、そして、奥底に、獣のような欲を孕む。 この瞬間が楽しくてたまらない。自分の思った通りになるということは、人間に大きな喜びを与えてくれるのだと実感する。 だが、それもひと時の事だった。 思う存分に味わった後、奴が見せるからかい交じりの笑みを向けられると、立場は一変する。 奴はただ、好きにさせていただけ。 俺の立場はまるで檻に入れたライオンのようだ。飼い馴らすために、ただひたすら「与えられていた」のだという事実。 憎らしい。 テメーだって、仕事そっちのけで楽しんでいた癖に。 睨みつければ、リゾットは否定せずに、笑う。そうだなと、伸ばした指先で頬を撫でてくる。 ふいに、ついさっきまでの無邪気な触れ合いに濡れた唇が目に入って。 俺はまた、 (無限ループ)20130202up back |