(イルーゾォとギアッチョがアレッシーされました)

 初めの頃は怯えっぱなしで、同じく子供になってしまったギアッチョにくっついてばかりだったイルーゾォも、ようやく心を開いてくれたらしい。最近になってやっと笑顔を見せてくれるようになった。
 元の姿を知っている分なんだか複雑な気分だが、喋り方もまだ拙いような子供に素直に甘えられるというのは、案外悪くねえもんだ。なんというか癒される。普段殺伐とした生活を送っている反動なのかもしれない。そんな自分に少々驚きつつも、机に向かって一生懸命にクレヨンを動かす姿を穏やかな気持ちで見つめていると、視線を感じたのか小さなイルーゾォは顔をあげてはにかみ笑顔を見せた。くそ、可愛いぞこいつ。にやけちまうのも癪だから子供っぽい黒々とした髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった。
(ガキの頃ってのは誰でも可愛いもんなんだなぁ……)
「うわ、ぷろしゅーと、やめろよ」
「おーおーわりいな」
 適当に謝って髪を直してやる。なんだよもぉ、とイルーゾォはふくれた。


 それからしばらくたって。
 お絵かきに飽きてしまったらしい。イルーゾォは握っていた赤色のクレヨンを机の上に投げ出した。
「ねーぷろしゅーと」
「なんだ」
「りーだーはどうしてはだかなの?」
 飲んでたカッフェを吹きそうになった。
「……一応、裸じゃあないよな、アレ。上に着てるだろ」
「そうじゃなくて、えぇっと、どうしてはだかのうえに、こーと?なの?」
「……んー」
 くりりと丸い目をまっすぐに向けられて言い淀む。……どう答えればいいか。つうか知らねえよんなモン。
 ちらりと視線をずらした先、キッチンのカウンターテーブルで黙々と新聞を読んでいたリゾットだったが、ちびっこの無邪気な問いはどうやらその耳に届いてしまったらしい。凄く微妙な顔をしている。
 テメーが説明しろ、と目で訴えたら、リゾットは無言のまま新聞を持ち上げて顔を隠した。んだよ、話したくねぇってか。
「なんでなんで?」
 どうしても気になるのかイルーゾォは丸っこい小さな手でくいくいと袖を引いてくる。……仕方が無ぇ。
「……ありゃな、水陸両用なんだ」
「?すいり?」
「水着なんだよ。あの服」
「!!?」
 ガサリと紙のすれる音がしたが知ったこっちゃない。なんだか面白くなってきた俺は構わず続けた。
「アイツはな、いつ川に落ちても大丈夫なように、ふつうの服に見せかけた水着を着てんだよ。あんな風にいい体してんのはな、日々の水泳訓練の賜物なんだぜ」
「へえええ」
「近所に川があるだろ?あそこで毎日10キロ泳いでんだ。そんな感じで鍛えまくってるからな、やろうと思えばあいつ、半日で山まで遡れるぜ。おかげでここいらじゃ、イタリア版スーパーマンだってすっかり有名人だ」
「えーすごおい!かっこいい!!」
 俺のウソをあっさりと丸のみしたイルーゾォは目を輝かせてリゾットの方を振り返る。純真無垢ってのも問題だな。まあガキはこれくらいがちょうどいいんだろうが。俺はニヤリと笑った。
「イルーゾォもな、今から鍛えれば、将来はリゾットリーダーみたくなれるかもしれねえぜ?」
「ほんと!?」
 ぽん、とちいせえ頭に手を乗せて確信犯の笑みを浮かべる俺と、向けられるイルーゾォの純粋な尊敬の眼差しに、リゾットの表情は苦り切っている。
「こんどおれもおよぎにつれてってよ、ねえ、りーだー!」
「……」
 言葉に詰まったリゾットは責めるような視線を俺に向けた。
「そんな顔したって俺は知らねえぞ。変な質問を押し付けたてめーが悪い」
 鼻で笑ってやるとリゾットはここ数年間見ない程に情けない顔になって、俺はとうとう声を上げてわらった。

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