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▼ summer parade

(兄貴視点)

 日差しが暑い。肌の露出した部分がじりじりと痛むのを感じる。
 夏とはいえここまで暑い日は久しぶりだった。
 通りにあふれかえる人々もすっかり夏仕様で、開放的で賑やかだ。しかし暑さにやられた脳にとってはその喧騒すらも煩わしくて、思わず舌打ちする。両手いっぱいに買い物袋を抱えていることもその苛立ちを助長していた。重たいそれらを早々に投げ捨ててそこら辺にあるカフェにでも避難したい所だが、余計な出費はしたくはない。俺は冷えたコーヒーの誘惑を切り捨てて足を速めた。

 アジトの生活用品や食品の買い出しは主に俺が担当していた。
 初めは買い出しも料理や掃除と同様に当番制だったが、チームのメンバーはどいつもこいつも揃っていい加減な奴ばかりで、任せればオシャレ着洗剤と普通の洗剤の区別がつかなかったり、袋で買えば安く済むものをわざわざバラ売りのものを山ほど買ってきたりと、散々だった。いつだったか糞ったれのホモカップルによって夕飯の材料の代わりに大量の菓子類がテーブルに積まれたのを見た時は怒りのままグレイトフル・デットを発動させた。乾涸びた二人とわざと巻き込んでやったその他野郎どもで死屍累々なアジトを見て青ざめたペッシが許してほしいと泣きついてきたのでその場は仕方なく許してやったが、思い出すと未だに腹が立ってくる。ともかくそういったあれこれで任せてられないと判断した俺が、チームの買い出し担当となった訳である。
 今回は食料だけの買い出しとはいえ、やはり九人分というのはかなりの量になる。本来ならば荷物持ちにペッシを同行させる所だが、今日は珍しく俺の休日とスケジュールがずれていたらしく、今朝顔を合わせた時はひどく申し訳なさそうな顔をしていた。任務があるならば仕方がない。いつまでもうじうじと鬱陶しいマンモーニをアジトから蹴り出した後に他のメンバーをあたってみたが、イルーゾォとギアッチョは同じく任務で外出中だった。散歩にでも出かけたのかホルマジオの姿もなく、リビングに居たのは変態のメローネと始終べったりのホモカップルだった。正直つれて歩きたくない。そうなれば残りは自室で寝こけているであろうリゾットだが、普段のオーバーワーク振りを考えて声をかけるのは止めた。あの男はまずあの慢性的な目の隈を無くすべきなのだ。たまの休みの日くらいは思う存分眠ればいい。
 手の痛みを緩和させるために時々荷物を持ちかえつつ、日を避けるように通りを進む。
 ごろつきの多い路地裏を有名スーパーの大袋を三つも抱えて闊歩する男というのは妙に目を引くらしく、たむろっていた青臭いチンピラ共に野次を飛ばされたりもした。鬱陶しい。殺気を込めてガンを飛ばせば蜘蛛の子のように散って行った。賢明な判断だ。気温の高い今日、加減が狂ってうっかり寿命を全うさせかねない。
 路地裏を抜け、再び広い通りに出た。
 この辺りは富裕な人間が多く住んでいるところで、やたらと庭の広い家が多く、道幅があることもあって他の路地よりもどこか広々としている。人通りも無くて静かだった。これ幸いと一度日陰で荷物を置いて、額から流れる汗をぬぐう。開いたシャツの襟を掴んで空気を取り込むようにパタパタさせれば首元がひんやりとして気持ちがいい。生ぬるい風が頬を撫で、石畳にかかる木漏れ日が揺れた。
 ここまで来ればアジトまで一本道。緩やかなな坂道を下って行けば到着だ。とはいえ容赦なく降り注ぐ日光に照らされ目を焼くように眩しい通りは見ているだけでうんざりする。一度足を止めてしまったことも手伝って、一歩たりとも日陰から動きたくない怠け心が足を重くする。しかしアジトに居る連中をあまり待たせてしまうのも悪い。この荷物の中には今日の昼食の材料も入っているのだ。
「……あ?」
 頭のなかであーだこーだとしていると、ふと視界に現れたものに俺は思わず声を上げた。
 じりじりと揺れる陽炎の向こう。日光を反射してまぶしい視界に穴が開いたように、黒い人影がある。次第に近づいてくるそれに目を凝らす。そしてそれが誰かがわかった途端、俺は思わず噴き出した。
「?……なにを笑っているんだ、プロシュート」
 目の前までやってきた全体的に黒っぽいの男、リゾットは、笑う俺に怪訝そうに首を傾げた。そんなリゾットが乗っているものを見て、堪えきれずに再び噴き出す。
「だ、だってよぉ、ぷはっ」
「?」
 リゾットが乗っていたのは、モスグリーンのボディに金属製の籠、後ろに荷台のついたいわゆるママチャリというやつだった。一方のリゾットは相変わらずの暑いんだか涼しんだか判断の付きにくいいつもの恰好で、ものものしいそれと一般的な自転車がひどくミスマッチだ。加えて相変わらずの仏頂面が余計にツボにはまる。これを笑わずして何を笑えってんだ。
「に、似合わねぇえええええ」
 おかしすぎてひいひい言っている俺に漸く合点がいったらしい。リゾットは首の後ろに手を当て、疲れたようにため息をついた。
「……せっかく迎えに来てやったというのに、ひどい言い草だな」
「へ、へへっ、それはありがとよ。随分甲斐甲斐しいじゃねぇか。それで、そのチャリはどっからパクって来たんだ?」
「ホルマジオのものだ。ちゃんと断って借りてきた」
「へぇ〜……ふふ、やっぱ駄目だ。笑っちまう。なんでいつもの恰好で来ちまうんだよ……くくく」
「夕方からまた仕事だからな……二度着替えるのも面倒だと思ったんだ」
 だからって不審者丸出しの仕事着で来るやつがあるだろうか。この男はいつも妙なところで抜けている。
 しかし、久々の休眠を中断して俺を迎えに来てくれたことはまあ、正直嬉しい。こっちがわざわざ気を使ってやったのを無駄にされたと考えれば少しムカつくが。
「はっ……まったく可愛いやつだぜ、てめーはよぉ」
 未だに納まらない笑いを堪えつつ、見るからに暑苦しいリゾットの頭巾を奪って荷物の一つとともに籠に放り込んだ。
 蒸れていたらしく少し湿った銀髪が現れる。全身黒ずくめよりはこっちの方が大分マシだ。乱れたそれを手で直してやってから、俺は残りの荷物を手に後ろの荷台に腰を下ろした。
 二ケツをするとは思っていなかったらしいリゾットは僅かに驚いた顔をした。
「お前も乗るのか」
「紐も無いんじゃあ荷物固定できないだろうが。俺が袋を持つから、てめえは俺ごと運べばいいんだよ。それともなにか?重くて進めやしないってか?デカい荷物抱えてクソッたれの野郎どもの為に死ぬ気で歩いてきた俺を、この炎天下に置いて行くってか?」
「……そうは言わないが」
「だろ。分かったならさっさと進めって。今頃腹を空かせたマンモーニどもが、フォーク咥えて俺の帰りを待ってるんだからよ」
 後ろを向いて、急かすように背中を押しつける。体格のいいリゾットの大きな背はなかなか心地がいい。
「落ちないように気を付けるんだぞ」
「わーってるよ」
 大量の荷物に大の男二人を乗せて、スタートこそ頼りなくよろめいたものの、強い日差しを反射させながら自転車は緩やかに坂道を下り始めた。





 BGMは夏/色/で。20120910up

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