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▼ 黒い小さい

 そこらへんに落ちていたファッション雑誌を適当にめくりつつ、遠く東の国、ジャポーネに古くから伝わる四十八手の芸術性という全く関係のない事柄に思いを馳せていたメローネは、とどのつまり暇であった。
 なんの変哲もない平日の昼下がり。不定期な仕事を担う暗殺チームとしては珍しくメンバーのほとんどが任務で出払っているアジトのリビングはひどく閑散としていた。そのど真ん中、メンバー全員の給料二割を犠牲にして買った大画面液晶テレビの前でソファーに寝そべるメローネの姿を説明するならば、それは怠惰の一言に尽きる。この場を例えばチームリーダーであるリゾットが見れば間違いなく苦言の一つも漏らしただろうし、普段からメローネに対し冷ややかな視線を向けているギアッチョならば蹴りの一つでも食らわせたかもしれない。しかしその両者もまた今朝方アジトを出て行ったばかりだ。アジトに居るのはメローネだけ。所謂『お留守番』という奴だった。
 とはいえ別にメローネがアジトに残らなければならない理由は無い。仕事上重要な書類はリゾットの部屋で厳重に管理されているし、戸締りだけして外に出てしまってもなんら問題は無いのだ。だがしかし、そもそも外にも用事が無い。――ああ暇だ暇だ暇だ。結局まともに目を通すことのなかった雑誌をそこら辺に投げ捨てた時、背後からガチャリと扉の開く音が聞こえた。
「――だからさっきからそう言って……あぁ!?それくらい自分で確認しろこのマンモーニが!」
 どうやらプロシュートが帰ってきたようだ。
 いつもとは違う無地の黒スーツ姿で現れたプロシュートは、一方の手で携帯を持ちつつもう一方の手でやりにくそうに上着を脱ぎながらカツカツとやってくると、寝そべるメローネにちらりと視線を向けた後、向かい側に置かれたソファ腰掛けた。
 かっちりと締めた襟が慣れないのか高級そうなネクタイを乱暴に引き抜きながら、プロシュートは携帯電話に大声でがなりたてている。話の内容を聞くにどうやら会話の相手はペッシで、暗殺の後処理を任されていたのだが、死体の片づけ方にミスがあったらしい。
 ひとしきり吠えたプロシュートは乱暴に携帯を閉じて脇に抱えていた新聞をテーブルに広げると、険しい顔で記事に目を通し始めた。状況確認をしているのだろう。
 メローネはそんなプロシュートの一連の動作を、構ってオーラを醸し出しつつ、じっと見つめていたが、しかしそんな視線を余所に、プロシュートは忙しなく記事に目を走らせ、再び携帯を開き番号を打ち込み始めた。
 話しかけるタイミングを失ったメローネは、暇つぶしの相手が居なくなってつまらなそうに、ソファと同じ赤色のクッションにぼすんと顔を埋めた。
「――リゾットか。昨日の任務なんだが、ペッシがミスっちまって……」
 耳に入ってくる会話を聞きながらメローネはしばらく顔にあたるもふもふを楽しんでいたが、やっぱり暇なのでちらりと顔をずらし、忙しそうなプロシュートを再び観察することにした。
 ネクタイを取るだけでは飽き足らず胸元のボタンを三つほど外したプロシュートは、不機嫌そうに眉を寄せて愛用の万年筆で苛立たしげに肩を叩いている。何時もは完璧にセットされている髪がわずかに乱れているあたり、可愛いペッシの尻拭いでそれなりの苦労をしたようだ。睡眠時間を犠牲にしたのか時々欠伸をかみ殺しながら目頭を揉んでいる。
 そんなプロシュートの様子に、電話の向こうに居るリゾットが気が付いたらしい。
「……大丈夫だ。これが終ったら、ゆっくり休ませてもらうからよ」
 そういって笑むプロシュートの瞳の、まあ実に穏やかなこと。
(結構表情に出るんだよなあ。プロシュートって)
 基本的に正直な男なのだ。怒りたいときは怒って、笑いたいときは笑って。自分を偽るということ、飾るということを知らない。プロシュートのそんなところをメローネはわりと好ましく思っていた。電話の向こうの男もきっとそうに違いない。
 電話越しに心配だと告げるリーダーの仏頂面を想像して、メローネは小さく笑った。
(仲良きことは美しきかな。なんちゃって)
「……ま、とりあえず今回のことは何とかなったみてえだから。てめえも寄り道せずにさっさと帰ってこいよ。じゃあな」
 報告は終わったようだ。
 携帯を切ったプロシュートは背もたれに体を押し付けて伸びをした後、その反動でぐったりと前にうなだれた。首の後ろが露わになったのが目に入って、ふとメローネはそこにある発見をした。
(小さいけど、ほくろが一つ)
 きっとプロシュート自身は気付いていないだろう位置に、染みのような小さい点があった。
 些細な発見に、メローネは少し楽しい気持ちになる。ふと、リゾットは知っているだろうか、という些細な疑問が浮上した。
(……いや、知ってるだろうな。リーダーなんかフェチっぽいし。背後からこう、舐めたりとかして)
 本人に聞かれれば問答無用でメタリカの刑に処せられそうなことを考えていると、ふいに顔を上げたプロシュートと目があった。
「……さっきから何見てんだテメエ」
「あ、ばれた」
「気付かねえわけねえだろうが始終ガン見しやがって。鬱陶しいんだよ」
 そういってプロシュートは睨みつけてきたが、その表情には普段ほどの覇気は無く、出来る事なら今すぐにでもベッドにダイブしたいというような顔をしている。わかってはいるが知ったこっちゃないメローネは、漸くできた話し相手の顔を楽しげに覗き込んだ。
「なんだよ、随分お疲れみたいじゃないか。可愛い可愛いペッシの尻拭いで、一晩中駆けずり回ってたって感じか?」
「……今回の任務は死体を完璧に処理しなけりゃならなかった。サツにはもちろん、野良犬の一匹にも嗅ぎつけられねえようにな。だのにあのマンモーニ、潮の流れも考えず適当に海に放り込みやがって。……ったく、未だに俺たちの仕事ってのをわかっちゃいねえ」
 やれやれだと額に手を当てるプロシュートに、これはペッシ、お説教コース決定だな、とメローネは頬杖をついてニヤニヤと笑った。暴力という名の容赦ない愛のムチをぶつけるプロシュートと、やめてくれよ兄貴いいい、と情けない悲鳴を上げるペッシという、アジトでは見慣れた光景が目に浮かぶ。ある者はそれを可哀そうだといい、ある者は呆れてため息をつき、あるものは何故か微笑ましげに目を細めるなどチームでの反応は様々だが、メローネはと言うといつもその光景を傍観して面白おかしく楽しんでいるクチである。蹴られてみたい、なんて考えたりもしている。
 機嫌よさげに話しかけてくるメローネに対し、余程疲れているのか、プロシュートは始終うなだれたままだった。会話すらも億劫になってきたらしく、次第に口数も少なくなっていく。しばらくしてプロシュートは、重たい体を起こすようにゆっくりと立ち上がった。
「……糞眠い。疲れた。部屋行くから、他の奴らが帰ってきたら絶対に近寄んなって言っとけ」
「ええーもう行っちゃうのかよ。もう少しお喋りしようよ暇なんだよおお」
「こちとらねみーんだよ構ってられっか。テメエはそこでずっとグダってろ」
 そんなぁぁぁー。とソファから身を乗り出し服を掴むメローネをどうにか引きはがそうとするも引きはがれずプロシュートは青筋を立てたが、ふと何かを理解したような顔をして動きを止めた。そして溜息をつく。
「……ああわかったわかった。寂しかったんだな?寂しかったんだよな?構ってチャンのメローネ君は、一人ぼっちのお留守番が辛くて辛くて仕方がなかったんだよな?」
 唐突に早口で捲くし立てられる。メローネは怪訝そうに眉を寄せた。
「なんだよそれ。意味わかんないぜ」
「ああ皆まで言わずともいいさ。わかってる。そんなクソッたれのマンモーニに、この俺が良いモンをやろう」
 そういってプロシュートはポケットから何かを取り出すと、小さく開いたメローネの口に素早く突っ込んだ。
 突然のことにしばしきょとん、としたメローネだったが、突き出た棒を摘まんでそれを取り出す。
 それはよく見る子供向けの棒付きキャンディーだった。中途半端に剥がされた透明のフィルムには茶目っ気たっぷりに舌を出した可愛らしい少女のイラストがプリントされている。
「これでも食いながら野郎どもの帰りを待ってるんだな」
 そういって片眉を上げる男からの意外すぎるプレゼントに、メローネはからかう様な視線を向けた。
「可愛いじゃんこれ。笑える。いつも持ってるの」
「んなわけあるか。偶々だ」
 うんざりしたように言い捨てて、プロシュートは部屋を出て行った。
 ばたん、と扉が音を立てて、リビングにはメローネ一人。
「あ。……飴で誤魔化された」
 結局一人になってしまったメローネは、仕方なくもらったキャンディーを口に咥え、再びソファに倒れ込んだ。
 ゆっくりと唾液に溶けたイチゴ味が重力に従って喉の奥に流れ込んでくる。甘い甘いそれと、去り際のプロシュートの不機嫌な顔に笑みが込み上げてきて、メローネは一人小さく笑った。
 ふうと息を吐いて目を閉じると、チラリと見えた白く綺麗な首筋が浮かぶ。控えめな、それでいて妙に色気を放つ小さな黒点。悪戯したくなるなあれ、と心の中でつぶやく。
 まあそんなことをすればメタリカだけどなと苦笑いした所で、ふとこれまでの経験上、割に言いなれた戯言が口をついた。
「『ホクロの数まで知ってる仲』じゃん……ねぇ?」





↓ちょっとおまけ&あとがき


「……今なんて言ったメローネ。言ってみろ」
「あれ、リーダーいつからあいたたたtt」


 リーダーは基本間が悪い。20120910up/20120917修正

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