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▼ さざめごと

「どういうことだ、承太郎」
「……」
「説明してくれ。でなければ、僕はここをどかない」
 日が沈み、暗闇に落ちた砂漠。
 冷え切った外気を遮る木戸によりかかって、花京院は押し黙る承太郎を睨みつけた。
 旅の最中、ようやく得られたホテルでの休息。費用の節約と年が近いからという理由で宛がわれた二人部屋を、重い沈黙が支配する。カリカリと、夜行性の生き物が屋根裏を駆け回る音が聞こえてくる。
「……夜の街に一人で出て行くなんて自殺行為、言われなくてもするつもりはないぜ」
「わかってるさ。ポルナレフの部屋にでも行くんだろう。そして、僕が眠りにつくまで帰ってこないつもりだ」
 花京院には確信があった。ジョセフに同室を言い渡された時の、承太郎の顔。普段のポーカーフェイスの中に僅かに見えた、「厄介だな」という表情。
「何故僕を避ける?」
 頑なに出口を遮っていた花京院がゆっくりと承太郎に歩み寄る。それを避けるように、承太郎は視線を逸らした。うつむき気味で、その表情を学生帽が遮っている。ここ最近よく目にする仕草だ。思わず出かけた舌打ちに顔を顰めつつ、承太郎の一歩手前で、花京院は歩みを止めた。
「……僕が君にキスしたからか?」
 答えは無い。
 黙る承太郎に、花京院は苛立ったようにその腕をつかんだ。驚いた承太郎に払いのけられそうになったのを無理やり捻じ伏せて、床の上に押し倒す。思ったよりもあっさりと、承太郎は拘束された。
 思わず骨が軋むほど強く握ってしまっていた手首に気が付いて、花京院は僅かに手の力を緩めた。骨ばった指の下で学生服は皺になっていた。その下の皮膚にはきっと跡が残っているに違いないと、花京院は頭の片隅で考える。その顔には苛立ちと、困惑と、ほんの少し、泣きそうな風があった。
「……認めてくれたと思った」
「……」
「君に触れた時、君は何も言わなかった。やめろとも、頭がおかしいとも言わないで、ただ受け入れてくれた。僕の気持ちを、何のフィルターにもかけないで、そのまま受け取ってくれたんだと思った。……君ならそうしてくれるかもしれないって、ずっと思っていたから」
「……」
「でも、やっぱりダメなのかい。……僕じゃ、君の隣にはいられないのかい」
 互いの吐息が触れるような距離。整った造形に埋め込まれた異国の色の瞳が、真っ直ぐに花京院を見つめている。その瞳に映る実に情けない顔をした自分を見て、花京院は自嘲的な笑みを浮かべた。
 幼い頃、花京院は周囲の人間を拒絶していた。スタンドが見える自分と見えない彼らとでは分かり合えないだろうと思ったからだ。
 見えている物、見えている光景が違えば、人と人の間には、何かはわからないが絶対的な齟齬が出来る。そして形成される、『自分が異常で自分以外が正常であると言われる』世界。
 花京院は思った。自分を取り巻く状況はいわば、いつか見たSF映画の主人公のように、異星人だらけの惑星に一人取り残されてしまったようなものだと。
 間違った考えであると成長した頭では分かる。スタンド云々に関わらず人は誰でも他人と共有出来ない事柄を持っているし、だからこそただ跳ね除けているばかりではいけないと理解はしている。
 しかし幼い花京院にとって、自分が異端であるという壁は大きかった。そしてその考え方は今も猶、心に根をはっている。
 そんな花京院の世界に、突如現れた例外があった。
 空条承太郎。
 彼の目には、常に真実が映っている。彼は人の上辺ではなく、心を見ている。スタンドで誤魔化されようと、演技で覆い隠されようと、碧色の瞳に間違いはなかった。証拠に、彼はどんな苦境に立たされようと、正しい選択肢を選び続けている。
 同じスタンドの使い手だということ抜きでも、承太郎は花京院にとって特別だった。
 彼ならば、たとえスタンドが見えないただの人間であったとしても、『本当の僕』を理解してくれるのではないかと思った。
 そして、いつの間にか宿してしまった思いを、間違いであると言わず、狂気の沙汰であるとも言わず、受け入れてくれるのではと思った。思ってしまった。
(けれど承太郎は、)
 ジョセフやアヴドゥル、ポルナレフは気付いていないかもしれないが、承太郎は間違いなく花京院を避けていた。目が合えば必ず逸らす。常に誰かと一緒に居て、花京院と二人きりになることは決して無い。一人の時に近づこうとすれば何も言わずに姿を消した。露骨なのに他の仲間が誰一人として気が付かないのは、完全に花京院を拒絶しているわけではないからだ。表面上だけ、うまく取り繕っている。それが何よりも花京院の心を傷つけたのを、突き立てた腕の中にいるこの男は知らない。
(けれど承太郎は、この男は、)
 幼子が母の胸に縋り付くように、承太郎の首筋へと顔を埋める花京院の髪を、ぎこちなく梳く手のひらがあった。
(優しいのだ。憎らしいほどに)
 一度受け入れてくれたのは、承太郎の優しさだったのかもしれないと、今になって思う。今は危険な旅の途中だ。もし喧嘩でもして仲間割れなんてことになれば、ジョセフ達にも迷惑がかかる。
 そう、迷惑なのだ。
(……僕はただ、一人で浮かれていただけなんだ)
 無情な結論に至るや否や、頭に冷や水を浴びるような感覚に陥る。
 思わず震えだしそうになる自分を心の中で嘲りながら、花京院はゆっくりと承太郎の上から退き、そのまま床に座り込んだ。
「……すまない、承太郎」
「……」
「この間のことも……そうだな、少し、他人に甘えたくなっただけなのかもしれない。……なんて」
「……」
「……外で少し頭を冷やしてから休むことにするよ。君もそろそろ寝たらどうだい」
 笑ったつもりだが、可笑しな顔にはならなかっただろうか。気になったが、承太郎の顔を見ることが出来ない。俯いたまま花京院は立ち上がり出口へと身を翻した。思わず足早になる。早く立ち去ってしまいたかった。
 飛びつくように花京院の手がドアノブに掛けられた時、
「……悩んでんのはテメーだけじゃねえんだよ」
 聞きなれた低い声が、花京院の足を止めた。
「……え?」
 振り返った先、床に倒れたままの承太郎が、顔を隠すように腕で目を覆う。はあ、とため息が一つ。
「俺はテメーを、いいやつだと思う」
「……」
「強いだけじゃなくて頭も回る。正義の心を持った、気のいい男だ。尊敬すらた。……なのによぉ」
「承太郎」
「いきなりとんでもねえこと仕掛けてきやがって。……おかげで頭ン中がぐっちゃぐちゃだ。テメーの顔を見るたびなんか避けちまう。ジジイ達に勘ぐられるのも面倒だから、気を使わなきゃならねぇし」
「承太ろ、」
「ずっと、テメーのことが気になって仕方がなかった」
 ポツリと零れた言葉に、花京院は目を見開いた。
「……テメーには言いてえことが山ほどある。が、まずは、やたらと疲れる数日間をどうも有難うってところだな」
 むくりと起き上った承太郎が、ごく自然な動作でベッドに腰掛けた。木の軋む音が、やけに大きく耳に響いた。
「大体よ、あんなことしでかしておいて普通にしてる神経が信じらんねえぜ。男同士だぞ?驚かないほうがおかしいだろ」
「……僕は君が相手なら、平気なんだ」
「そうなんだろうな」
 呆気にとられたままの花京院に承太郎がにやりと口元を歪める。それは、普段の他愛もない会話の中で見られる、彼らしさに満ちたからかいの笑みだった。
 思わず苦笑が零れた。
「……君には負けるよ」
「……頭は冷えたか」
「おかげさまでね」
 割り当てられた自分のベッドにどさりと倒れこむ。
 妙にくすぐったい気持ちを抑え込むように、決して柔らかいとは言えない安宿の枕に顔を埋める。けれどどうも、収まりそうになかった。
「……好きだ」
「……」
「好きなんだ、承太郎。君のことが、」
「……知ってる」
「君は?」
「……言うのか」
「言ってくれ。……頼むから」
「……やれやれだぜ」
 視線を合わせて、笑う。
 密やかに交わされる睦言。砂漠での夜は、穏やかに過ぎていった。


20120911up

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