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▼ 愛が痛いな

(リーダー視点)

 細い手首、柔らかい肌、僅かに丸みを帯びた腰のライン。
「…………」
「……黙ってないでなんか言えよ」居心地が悪いのか、プロシュートは首筋を掻く。「おい、リゾット」
 窺うようにこちらを見る瞳が普段よりも幾分か甘みを帯びて見えるのは、俺の隠しきれない心の動揺が見せた錯覚かもしれない。

 動揺しないわけがない。プロシュートがまさか、女になってしまうとは。

「スタンド攻撃?」
「なんとも言えねえな。少なくとも、スタンド使いに襲われた記憶はねぇ」
 言いながらふらふらと以前よりも小さくなった手のひらを振るプロシュートを、イルーゾォはしげしげと眺めた。
 プロシュートの身体の異変に気付いたのは今朝のことだった。その時の出来事は、まさに事件と呼ぶにふさわしい。
 皆がそれぞれに過ごしていたリビングに突然、プロシュートが飛び込んできた。慌てていたらしく髪は下したままだったが、服装はいつも通りだったために、初めは「少し背が縮んだかな」くらいの違和感しかなかった。
 だがしかし、異変はすぐに発覚した。……なによりの問題が、プロシュートの服の着こなし方だったからである。
 見慣れたいつもの黒いスーツはいい。問題は、大きく開いた胸元だった。その体が男のものならばなんの問題もなかった。だが女である。
 誰もが予想外の光景に固まっている中、プロシュートは極め付けと言わんばかりに「おいコレ見ろよッ!!」と胸ぐらを開いた。
 阿鼻叫喚、というのは言い過ぎだが、少なくともホルマジオはコーヒーを吹いた。ギアッチョは皿を割った。イルーゾォは叫んだ。ペッシは愕然とした。メローネは大興奮だった。
 ソルベとジェラートなどは突然現れたプロシュート似の痴女を不審人物と判断して臨戦態勢に入っていたが、凶器を向けられたプロシュートはと言えば自分の身体の変化に誰よりも混乱していた為に、事情を説明しようとしたのかさらに服を脱ぎだそうとして、穏やかだったはずの朝は歓声と悲鳴の入り混じる混沌の渦と化した。
 収束不可能と思われた状況を収めたのは俺のメタリカだったのは言うまでもない。厄介者しかいないこのチームをまとめる為に必要なことは、ある程度の馬鹿を許すことと、過ぎた馬鹿をねじ伏せる力技だ。
 結局、物理的に血の気を引かせた連中を床の上に転がした後、女の姿をしたプロシュートを問いただし、現在に至った訳なのだが。
「しっかし、本当に女になってるんだな」
 そう言ってイルーゾォが何気なく伸ばした腕の先が本来ないはずの胸のふくらみであることに気が付き、プロシュートは素早くそれを叩き落とした。
「おいなにすんだ変態」
「中身は男な訳だし、触ってもいいかなと」
「男だろうが女だろうがいきなり胸揉まれたら気持ちわりいだろうが」
「あーなるほどそりゃそうだよな。触っていい?」
「駄目にきまってんだろ」
 残念そうなイルーゾォにプロシュートが半眼になる。
「女の形してりゃなんでもいいのかテメーはよォ。あァ?」
「いや、触りたい気持ちも無くはないけど、どっちかと言うと本物かどうか確かめたかったというか。だっていきなり女になるとか信じられないだろ。スタンド攻撃にしたって意味わかんないし」
 確かにそうだと心のなかで同意した。
 女になることのデメリットと言われて、ぱっと思い浮かぶのは体格が変わったり筋力が落ちることだろうか。しかし仮に敵を女にして弱体化させるのが狙いの攻撃だったとしたら、随分遠回りな方法だ。女になったからと言って全く戦えなくなるわけではない。プロシュート曰くスタンドの発現には全く影響はないというし、そういう点ではグレイトフルデッドやリトルフィートの方が遥かに優秀だった。
 何故プロシュートが女になったのか。その原因も、目的も不明。とりあえず万が一を考えてプロシュートと一緒に護衛としてイルーゾォをアジトに残し、他のメンバーに調査を任せているが、有力な情報が見つからないのか、誰からの連絡も無い今の状態では打つ手が無かった。
「元に戻ればいいんだがな……」
「ずっとこのままとか、冗談じゃねえ」
 グッと空を掴むプロシュートの拳が震える。見えない敵に対する怒りに燃えている様だったが、その小さな拳を見下ろす瞳には、僅かに不安の色が浮かんでいた。
 スタンドが使えるとはいえ、変化は大きい。仕事に何かしらの支障が出るのは間違いのないことだろう。
 俺達には、良くも悪くも『暗殺』しかない。
 それでも堂々と己を誇っていたプロシュートだが、今回の異変でその強さを支えていた何かが揺らいでしまったのかもしれない。普段とは違う高さの声に、力の無い体に、一番の違和感を覚えているのはプロシュートなのだ。
「ま、案外女の身体も悪くないんじゃない?似合ってるし」
 からかいのつもりだったのだろう。イルーゾォのその一言に、プロシュートの肩が小さく揺れた。
「……そりゃあどういう意味だ?なァ、イルーゾォ君よォ?」
 イルーゾォの顔を下から抉るように覗き込んだプロシュートの表情はわからないが、その声音は元々誰よりも男らしい男だったことを痛烈に思い出させる、地を這うような低音だった。
 至近距離から向けられる熱線のような視線を手のひらでガードしたイルーゾォは、だってさあ、と言葉を濁し、ちらりと俺を見た。――ああ、それは墓穴を掘る行為だぞ、イルーゾォ。
 案の定威力を増した熱線に耐えきれられなくなったらしい。イルーゾォは「お、俺、外で見張りする!」とプロシュートを振り切ると慌てた様子で部屋を出て行ってしまった。

「…………」
「…………」

 沈黙の後、脱力したプロシュートはソファにどかりと座った。
 立ったままでいた俺は見下ろす形となり、ふと露出した胸元が目に入る。
 俺の視線に気が付いたプロシュートは気まずげに目を逸らすと、背もたれに載せていた両腕を静かに下ろして、膝に手を当てた。……プロシュートとの付き合いは長いが、こんな姿を見ることになるとは思わなかった。
「……やりにくいぜ」
「……全くだ」
 疲れの滲む呟きに同意すると、顔を上げたプロシュートと目があって、不意に腕を掴まれた。
 無理やりソファに座らされた俺の上にプロシュートが跨り、唇が触れ合う。
 顔を挟んで引き寄せる指のか弱さに少し戸惑った。それを感じ取ったのか、誘うように寄せられた腰が体に触れる。促されるままに手を添えてキスに答えると、伏せられた瞼が僅かに震えた。
「……恋人が女になった感想は?」
 小さな音を立てて離れて行った唇が問う。からかうように擦れ合った鼻先がくすぐったい。
「女の俺を抱けるか?リゾット」
 真直ぐにこちらを見つめるプロシュートだが、その瞳は微かに揺れていた。
「……正直に言っていいか」
「ああ」
「引くなよ」
「ああ」
「絶対にだぞ」
「しつけぇ」
 なんとなく焦らしてみると案の定睨まれた。苦笑する。
「…………普通に抱けるな」
 抱き寄せると腕が余る小さな体に、違和感と少しの物足りなさを感じたのは事実だった。だが、首筋から漂う香りも、誘うように頬を摺り寄せる癖も、普段と変わりのないプロシュートのものだ。
「だからこそ戸惑うんだ。かつて他人に対する興味を失っていた俺が、男のお前に惹かれたことにさえ驚いたのに、女のお前まで愛せるとなると、つまり俺はバイだということになる。勿論、誰かれ構わず好きになるという意味ではないが、それにしたって無関心人間が随分な変わりようだ。……お前といると驚きばかりだな、プロシュート」
 嘘偽りの無い告白だった。その上で問うてみる。
「感想は?」
「……テメーが俺を、死ぬほど愛してるってのは分かった」
 絞り出すような掠れ声が愛おしい。
 思わずこみ上げる笑みを堪えつつ、ほのかに染まった耳を戯れに啄む。背中を軽く殴られた。



20131106up
一周年企画のリクエストでした。かなり難産。

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