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▼ doziness

 死んだように眠る男だな、と呆れつつ、狭いベッドに腰掛ける。
 深夜の暗闇を走る寝台列車の固いベッドにも、騒音にも、リゾットは構わず熟睡のようだ。余程疲れているのだろうかと思ったが、リゾットのスタンドは俺のと同様、激しく体力を消耗するようなタイプではない。眠れるときに寝溜めをしようという考えなのかもしれない。睡眠は溜まるものではないというのに。
 久しぶりの遠出だった。フランスの片田舎まで徒歩と鉄道で往復十数時間、滞在半日。つくづく仕事の為だけに来たのだと思い知らされるスケジュール。観光なんてする暇は勿論ない。
 遠くまで来たな、となんとなく外の景色を見ようと手を伸ばしてカーテンの隙間を覗けば、見知らぬ土地の見知らぬ木々が風にざわめきながら流れていった。
 ぐっすり夢の中なリゾットに対し俺の方はといえば妙に目が冴えて眠りたくても眠れず、仕方が無く退屈な時間を持て余していた。
 薄白んだ外光は明かりにするには役不足で、退屈凌ぎに買った雑誌に目を通すこともできない。暇だ、と小さくこぼす。枕が違うと眠れない、なんて繊細さは微塵も持ち合わせているつもりはないのだが、一体どうしたというのか。
 まあしかしこういう日もあるのだろうと諦め、腹立たしいことに一人でさっさと眠りについた男を眺めて、俺は暇つぶしをしていた。
 手を伸ばして、軽く頬を撫でてみた。低く呻いただけで、目覚める様子はない。暗殺者としてどうなんだそれは。
 遊び半分でそのまま鼻先から額にかけて、二本の指を歩かせる。反応なし。普段は頭巾から覗いているだけの短い前髪を弄ぶと、寝返りを打たれた。流石にしつこかったか。
 こちらに背を向けたリゾットの表情はわからない。
 いつものあの黒衣を脱ぎ、上半身をさらけ出したその背中にはいくつかの傷跡がある。戯れに、白く膨らんだケロイドに爪を立てると、ほんのわずかだが、無防備な体が跳ねたのが見て取れた。
 起きたな、と思ったが、俺は構わずにリゾットの体に触れて回った。項、背筋、わき腹の傷。擽るように指先を滑らせる。段々と遠慮を無くしていく指先にも、リゾットはそのまま動かず俺の好きにさせていた。構ってられないと言わんばかりの態度だ。
「おい」
「…………」
 反応なし。
 ……あぁわかったぜ。テメーがそのつもりなら、良いだろう。強硬手段だ。
 無防備な首筋に伸ばした手に重なるようにして、グレイトフルデットが顕現する。
 紫煙を纏わせた指先がゆっくりと近づき、リゾットの首にかかった。
 と同時に、骨が軋むような力に引かれ、視界が反転した。
「!いってぇ」
 強い衝撃に、背中が鈍く痛む。固いマットレスは緩衝材としては働かないらしい。これだから安ベッドは嫌なんだ。悪態をつく俺を、無表情に呆れを滲ませたリゾットが見下ろしていた。
「なにをしてる、プロシュート」
「こっちのセリフだ間抜け野郎。寝たふりなんざしやがって」
「構ってほしいなら素直にそう言えばいいだろう。殺す気か」
「殺す気じゃなきゃそのまま二度寝直行だっただろうが」
 幾ら気が緩んでいたとはいえ、流石に本気の殺気を向けられて寝こけていられるほど愚かな男ではないのは承知済みだ。半分覚醒した状態に突然の殺気はさぞ刺激的だっただろう。うまくいっただろ、と笑えば、思わずメタリカを発動しそうになったぞ、とリゾットは眉を顰めた。確かにそれは笑えねえ。
 よくよくみればリゾットの左肩に一匹、妙に愛らしいヤツのスタンドが顔を出している。主人思いなのは結構だが体の内側から切り裂かれてはかなわない。つまんで放れば特に抵抗は無く「ロロォ〜」と間抜けな声を上げて床の上に転がった。
 その様子をなんとも言えない顔で見送ったリゾットはため息をついた後、俺を拘束する腕を緩め、力なくベットに伏せた。二人分に重なった体温が地味に暑い。そして重い。
「おい」
「寝かせてくれ。プロシュート」
「それはテメー、俺が何のために起こしたのかわかったうえで言ってンだな」
「お前も寝ればいい」
「それが出来ねえからこんなことになってんだろうが」
「目を瞑って黙っていればそのうち眠れる」
 隣に位置をずらしたリゾットの腕が俺の首に掛かりベッドに拘束する。文句を言おうと口を開くと、ぽんぽんとやる気のない手のひらに数度顔を叩かれた。
「いいから寝ろ。寝つけずぐずるのは子供のすることだ」
 瞼を上から押さえつけられ否が応でも視界が閉ざされる。テメーも大して歳変わらねえだろうが、と文句を言おうとして、やめた。確かに俺の行動の幼稚さは認めざるおえなかった。
 眠れない俺を尻目にぐっすり寝こけてやがったリゾットの顔を見ていた時。コノヤロウと憎らしく思う一方で、一抹の寂しさのようなものを、俺は胸の片隅で感じていたのだ。この男が、手を伸ばせば届くほど近くにいるというのに、一人で天井を眺め続ける夜は俺には長すぎた。
 降ろした髪が項をくすぐる。身じろぐと、何を思ったのかリゾットは俺の背に腕を回して抱えなおした。唯でさえ狭いベッドの上でさらに身動きが取れなくなる。しかしヤツの腕の中は体格差もあってか納まりがよく、心地よさを感じてようやく俺にも睡魔が訪れつつあった。
 しかしただ一つだけ不満がある。
「暑い」
 俺の文句にリゾットが薄く瞼をあげた。
「お前も脱げばいいんじゃないか」
 無意識の回答だったらしい。リゾットはハッとして口をつぐんだ。体に回る腕が躊躇うように緩む。「……やっぱりやめてくれ」
 その苦りきった声に俺はこらえきれず噴き出した。
「ナルホドな。その手があったか」
「おい」
「冗談だ」
 寝ようぜ、とリゾットの瞼に手を乗せる。お返しだ。すると手首を掴まれ、そのまま軽く口づけられた。似合わないキザな仕草を可笑しく思いながら、温くなった暗闇に思考を預けた。


20130820up

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