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▼ 通り雨

 いつの間にか暗く陰った重たい空。
 予告も無く降り出した雨に、二人して人気のない路地の、幅の無い屋根の下に逃げ込む。
 記憶の中の、出がけにチラリと見た天気予報は、今日一日晴れ模様を伝えていたはずだ。ツイてねぇ。プロシュートは舌打ちした。
 ふと、干しっぱなしにしていた洗濯物のことを思い出す。確か今日アジトにはペッシが居た筈だが、片づけてくれただろうか……と考えた所で、プロシュートは小さく首を振った。
 昨日の夜、ペッシは任務だったのだ。今頃は部屋でぐっすり眠っていることだろう。ほかの奴らが気付くのを期待するしかない。自分がアジトに戻った頃、野郎どもの一張羅が雨でずぶ濡れになっていたとすれば、それはペッシのせいではなく、勿論自分のせいでもない。今頃アジトで思い思いに好きなことをしているであろう気の利かない野郎どものせいなのだ。
 プロシュートの思案を余所に、傍らに立つリゾットは、濡れないようにその大柄な体を壁に預けながら、降ってしまってはどうしようもないな、と呟いて空を見上げた。
 間もなく雨は勢いを増した。
 テレビの天気予報をまんまと信じた二人が傘など持っているはずも無く、そのまま通り雨が過ぎるのを待つ。
 つい先ほどまでは人通りもそこそこだった住宅街の路地も、皆雨宿りに走ってしまったのか、人の姿は一切無い。静まりかえった街に、二三言葉を交わしていた二人もまた自然と沈黙した。
 狭く薄暗い路地の壁を、激しい雨音が反響する。
 手持無沙汰になったプロシュートはその音に耳を傾けた。
 路地の壁を伝う雨どいから、ざあざあと溜まった水が勢いよく流れ出している。時折、向こうの道路を走る車が水溜りを叩き、飛沫を飛ばして通り過ぎる。すると往来はまた静まって、後はただひたすら地面に叩き付けるような雨が、落ちては砕けて散って行く音。
 まるでそれ以外の全ての音が飲み込まれるようだと、プロシュートは思った。
 雨の世界は絶え間なく騒がしい。それでも何故か、まるでヘッドホンを耳に宛てた時のような、周囲の全てが遠のいていくような感覚がする。
 プロシュートは普段、音楽機器を携帯しない。
 音楽自体は嫌いでは無い。仕事柄か、周囲の音を遮断してまで音楽を聴くことに余り魅力を感じなかったというのもあるが、なによりヘッドホンやイヤホンを耳に付けた時の閉塞感、そして、音が遠のく感覚が苦手だった。どうも落ち着かない。
 ギアッチョが最近新調したという音楽プレーヤーを鳴らしながら読書に耽っているのを見た時は、驚くというよりもむしろよくじっとしていられるなと感心したものだった。自分ならば、考えられない。
 ただぼんやりと立ち続けて、時間だけが過ぎて行く。
 雨は未だやまない。
 隣に立つリゾットにちらりと視線を向ける。仕事のことでも考えているのだろう。何処というでもなく視線を固定したまま、口を閉ざしている。
 なんか喋れよ、と思わないこともなかったが、不思議とプロシュート自身も会話をする気分ではなかった。
 厚い雨雲に太陽はすっかり隠され、暗く陰った街は昼間だというのに少し青みを帯びている。
 姿を変えた、見慣れていたはずの光景は、どこか淡白で、冷たく感じた。実際、少し肌寒いのもあるのかもしれないが。
(……って、何考えてんだ俺は)
 いつの間にか思考に耽る自分に気がつき、プロシュートは隣にいるリゾットにわからないように、小さく首を振った。無意識とはいえ、自分の思考のセンチメンタルさにぞっとする。
(だから雨は好きじゃねえんだ。……調子が狂う)
 気を紛らわそうと、ポケットの中に手を入れる。目的の煙草はあったものの、何故か一緒に入れていたはずのライターが無い。出がけにオイルが切れているのに気が付いて、アジトに置いてきたのを思い出した。
 リゾットに借りられれば良かったのだか、この男は仕事中は煙草を吸わない。「砂鉄で姿は消せても、臭いは消せないからな」というのが理由らしい。
 臭いなんて分かるような距離まで近づかなくても人を殺せる癖に、何故そこまで徹底するのだろうか。
 そういう男だからだと、プロシュートはとうの昔に結論を出している。
 ともあれリゾットがライターを持っていないのは確実だ。近くに売っていそうな店は無いし、雨が止むまではお預け確定。舌打ちしたいのを堪えて煙草を乱暴にポケットに突っ込む。
 ふと、リゾットがこちらを向いた。
 なんだよ、とプロシュートが口を開きかけた時、ふいに頬に宛がわれた大きな手のひらに促され、引き寄せられる。
 唐突に塞がれた唇に、プロシュートは不意を突かれた。
 見開いた瞼を閉じるのも忘れ、間近に迫るリゾットの顔を、らしくもなく茫然と見つめる。
 しかし驚いたのは僅かの間で、次第に落ち着きを取り戻し、意外とこいつ睫あるな、とどうでもいい方向に逸れだしたプロシュートの思考に勘づいたのか、それとも無遠慮に自分を見つめる視線に気が付いたのか、ゆっくりと開いたリゾットの瞳が、覗き見をする子供を戒めるように細められる。
 その様子がおかしくて笑い出しそうになるのを堪えながら、プロシュートはリゾットの口付けに答えた。
 戯れのような触れ合いを繰り返して、そっと離れる。
 互いの鼻が触れるような距離で見下ろされるのを、プロシュートは静かに見つめ返した。
「何だよ、急に」
「いや、機嫌が悪そうだったからな」
 予想外の理由に、プロシュートは少々面食らった。
「あぁ?別に普通だっての。それにテメエ、キスすりゃ俺の機嫌が直ると思ってんのかよ。犬に骨やるんじゃあるまいし」
 自分で言っておいて犬という表現が気に食わないのか、自信家が、馬鹿にしてんのか、と怒ったような顔をするプロシュートに、リゾットは小さく笑って、
「実際、少しは良くなったんじゃないか?」
「うるせえ。大体よぉ、キスはテメエがしたかっただけだろ」
「まあ、否定はしないが」
 そう素直に返されればどう答えればいいのかわからず、プロシュートは言葉に詰まった。
 出来るだけそっけなく、そうかよ、と吐き捨てる。背中に回されたリゾットの腕がどうにもむず痒いのを気付かない振りをして、プロシュートはされるがままに身を寄せた。
 腕の中で、こうして触れ合うのも久々だな、とふと思う。
 途端苦みを帯びた表情を隠すように、プロシュートはリゾットの暖かな懐に顔を押し付けた。
 口ではああ反論したものの、
(……本当の所、間違って無いってのがむかつくんだよ)
 憂鬱な雨も、こうして二人になれるなら悪くないと思えてしまう、そんな調子のいい自分が居る。
 末期だ。心の中で呟いて、プロシュートは大人しく瞼を伏せた。
 雨はまだ降りやまない。
 それが自分にとって幸なのか不幸なのか。結論を出すのはやめておいた。


(寂しそうに見えたと言ったら、怒るんだろうお前は)20130104up/20130201修正

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