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▼ 服装について

 その日、アジトのリビングには偶々多くのメンバーが集まっていた。
 相変わらず多忙なリゾットと、休日を利用して二人っきりのプライベートを満喫しているであろうソルベ、ジェラートを除いた六人である。
 ソファに座るホルマジオは、何処から連れてきたのか暴れる子猫を撫でまわしつつ、膝の上に置いた雑誌を器用に覗いている。その隣、胡坐をかいてリモコンをポチポチやっているギアッチョは、面白い番組が見つからないのか退屈そうにテレビを眺めていて、その後方、キッチンで六人分の飲み物を用意していたペッシは唐突に絡んできたメローネに大層戸惑っており、見かねたプロシュートが颯爽と現れてメローネに鉄拳制裁を下した。
 それらに背を向けて自分専用の出入り口である姿見を磨いていたイルーゾォは、耳に届いたメローネの悲鳴に、よくやるなあ、と溜息をついた。怒られるとわかっているくせにペッシにちょっかいを出すメローネにも、お前はオカンかとつっこみたくなるほどペッシに過保護なプロシュートに対してもだ。
 仮にも殺しのプロが二人そろっての争いは物騒なことこの上ないが、こんな光景もアジトでは日常茶飯事で、普段通りだ。その証拠に、リビングに居る誰もが頭を殴る鈍い音を耳にしているはずなのに、自分がしていることをやめたりはしない。
 しかし今日は少しだけ様子が違った。
「いい加減にしろよこの変態野郎!!!」
 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。
 リビングに響く一際大きなプロシュートの怒声に、テレビの前の二人がなんだなんだと振り返った。
「いつもいつもいつもペッシの邪魔しやがって!やめろっつってんのによぉ、テメエのその学習能力のねぇ脳ミソ、ドロドロに溶けてんじゃねえのかあっ!?」
「あ、兄貴、熱くなり過ぎっすよ」
「ちょっとからかっただけだろ!!プロシュートはペッシに甘すぎなんだよ!!マードレかよ!!!」
「め、メローネも、そんな大声出さないで」
 罵倒の真ん中でおろおろと哀れなペッシを余所に二人は加速する。
「なにより!!」
 突然、メローネがばっと手を振り上げたかと思えば、フィクションノベルの探偵よろしく、ピシリと伸ばした人差し指が振り下ろされる。
 その先には何故か、一人我関せずのイルーゾォがいて、

「俺が変態なら、イルーゾォだって変態だ!!」

「……え?」
 ピタリと動きを止めて振り向いたイルーゾォに、四対の目が一斉に向けられた。
「は、え?俺?」
 まさかの変態告発を受け目を白黒させるイルーゾォに、いつになく真剣な顔をしたメローネがつかつかと歩み寄る。かと思うとイルーゾォの首をがっちりとホールドして、露出した腹部を指差した。
「ほら!!イルーゾォだって結構肌出してる!!肌色だ!!変態だ!!!」
「……露出してるから変態ってか?確かにお前も肌出しまくってるけどよ……流石にそれは言いがかりなんじゃねえの」
 ハン、とプロシュートが鼻で笑う。
 他の面々もこいつ何言ってんだと言わんばかりに怪訝な顔をする中で、メローネはいいやと力強く首を振った。
「見ろよこの割れた腹筋!動いたときに僅かにできる服の隙間!これをエロと言わずして、何がエロだって言うんだ!!」
「お前俺のことそんな目で見てたのかよ……」
 どん引きするイルーゾォにメローネは逃がさないとばかりに空いた方の手を伸ばして、露出した腹部を撫でる。
 その意味深かつねちっこいその触り方に、イルーゾォは全身に鳥肌が立つのを感じて身を捩った。
「ちょ、お前マジでやめろよ!触んな!!」
「んふふふ。よいではないかよいではないか」
「どこのオダイカンサマだ――っておい、何手突っ込んでんだよ!!ベルトに手を掛けるな!!セクハラは許可しないィィィィッ!!」
 なんだかコントのようなやりとりが始まって、ギアッチョは下らねえ、と舌打ちをしてテレビの方に向き直った。ホルマジオもやれやれと首を竦めて笑っている。
 何故かプロシュートの手のひらによって視界を遮られたペッシは、兄貴の突然の行動に戸惑いつつも、とりあえず血を見る惨事は回避したとわかってほっと胸を撫で下ろした。
 だがほんの少しだけ、メローネの言葉に引っかかるものがあって、
「ホルマジオは……?」
 ペッシの呟きに、プロシュートはああん?とホルマジオを見遣った。
 普段から見慣れているためかそれほど気にしていなかったが、ホルマジオの服装はかなり露出が激しい。目を引く赤色のジャケットの下、素肌を這う網目は、なんというかもはや衣服の意味を成していない。スケスケもいいところだ。しかも腹部は丸出しで、日々の暮らしで鍛え上げられた肉体が惜しみも無くさらされている。イルーゾォなどとはもはや比べ物にならない露出である。
「メローネの基準で言うなら、ホルマジオはド変態ってことになるよなあ……」
 プロシュートの呟きが聞こえたらしく、ホルマジオは弄り倒した子猫を解放してから、困ったようにかぶりを振った。
「おいおい、そりゃ無えだろ。まあ俺も男だから、多少は認めなくちゃあならない所はあるかもしれないが……それでも肌を見られて快感、なんて趣味は無いし、この服もわりと一般的な範囲だと思ってるぜ。メローネと一緒にされるのはごめんだ」
 服装が果たして一般的と言えるかどうかはともかくとして、ホルマジオは変人だらけのチームの中でも比較的常識人であることはプロシュートも認める所である。
 まあそうだよな、と頷くと、お前の方はどうなんだよ、と指を指された。
 プロシュートと言えば、言わずもがなざっくり開いた胸元である。
 確かに立派な露出だろうが十分オシャレの範囲に収まると言えるし、ホルマジオに比べれば大人しいものだ。プロシュートは話にならないとでも言いたげに鼻で笑うだけだった。
「あ、プロシュートの胸元はいいよね!!ディ・モールト・ベネ!」
「テメエは二度と俺を視界に入れるな、変態野郎」
 床に押し倒され半泣きのイルーゾォに馬乗りになりながら実に良い笑顔で振り返ったメローネを、プロシュートは養豚場の豚を見るような目で見た。
 それにしても、こうして振り返ってみればこのチームはどいつもこいつも露出が高いな、と改めてプロシュートは頷いた。だからどうしたと言われればそれまでの、実に些細で馬鹿馬鹿しい発見だが。
「……くだらねえ」
 ぼそりと呟いたのはギアッチョだった。
 たかが服装のことで馬鹿騒ぎをするメローネ達への感想だったのだろう。喧しくて堪らないとでも言いたげに仏頂面で、行儀悪く組んだ足に頬杖をついてる。
「そういえば……お前は結構かっちりしてるよな」
 言いながらホルマジオはギアッチョをまじまじと見た。
 ホルマジオの言うように、ギアッチョは腹を出していなければ両手足共にしっかりと服が覆っている。ペッシですら腕を出していることを考えれば、露出皆無のギアッチョの服装は今この場にいるメンツの中では異色と言えた。
 向けられる視線に、ギアッチョは不機嫌そうに睨み返した。
「んだよ」
「いや、改めて見たらそうだなあと思っただけだけどよ。……寒いのか?」
「はあ?別に……って、なんで肌出すのが当たり前みたいになってんだよ!フツーに好きな恰好してるだけで、何も可笑しくはないだろうが」
「そうだよなぁ……お前のスタンド、ぬくぬくだもんなぁ」
「だからそういう問題じゃねえ!」
 冗談か本気か一人納得するホルマジオにギアッチョはすかさず突っ込む。すると、
「なんで露出しないの?」
「っ!?いきなり湧いてくんな!!」
 何時の間にか移動してきたらしいメローネが、にゅ、と二人の間に顔を突っ込んできて、ギアッチョは身を仰け反らせた。
 ちなみにメローネの強襲から漸く解放されたイルーゾォはというと、泣き顔で肌蹴たジャケットを抑えつつ鏡の世界へ逃げ込んでいる所だった。「汚された……」という、悲痛な嘆きが聞こえてきたような気がしないでも無い。ホルマジオは哀愁漂うその背中に同情の視線を送った。
 一方、悪びれもなくケロっとしたメローネは無遠慮にじろじろと舐めるようにギアッチョを眺めている。
 ふと、その瞳が怪しげに閃いたのを見て、ギアッチョは反射的に逃げ出そうとした。
 が、その腕を、逃がさないとばかりに身を乗り出したメローネが掴む。
「……ね、ギアッチョも脱いでみない?俺さ、ギアッチョの隠された肉体美とそのチラリズムに多大な関心があるんだけど」
「は、はぁ!?きめえこと言ってんじゃねえよ!!離せ!!」
「そんなこと言わずにさぁ。今更恥ずかしがるなよ。初めてじゃあるまいし」
「え、ギアッチョ、えぇ」
「んな誤解を招くような言い方すんじゃねーよ!!ホルマジオ、テメーも変な方に取るんじゃねえ!!」
 何を想像したのか奇妙な表情のホルマジオを押しのけるように、ソファに侵入してきたメローネがギアッチョに覆いかぶさった。
 本能レベルで身の危険を感じたギアッチョはスタンドを出さんばかりの必死さで暴れたが、欲望が味方するのかメローネはびくともしない。
 視界の端で、プロシュートがこちらを見ながらニヤニヤと笑っている。隣のペッシは心配そうにしているものの、暴走するメローネを止める度胸は無いのか、あわあわとその場で狼狽えるばかりだった。ちなみにホルマジオはメローネと暴れるギアッチョに足蹴にされソファから落ちそうになっている。
「だあああもう離れやがれええええええ」
 ギアッチョの絶叫が木霊した時、ガチャリ、とドアノブが回される音がした。

「どうした」

 現れたのは我らがリーダー、リゾットだった。
 ソファでめちゃくちゃになっている三人に、キッチンの二人、そしてもう一度ソファに視線を戻して、怪訝そうな顔をする。その手には、仕事関係のものと思われる書類と、昼食の入ったレジ袋が握られていた。そこから覗くパーティーサイズのチョコレート菓子は、アジトで暇をしているだろう連中へのプレゼントのつもりだったのだろう。そんなメンバーに対するささやかな気遣いは、リゾットがチームリーダーとしてメンバーから慕われる理由の一つなのかもしれない。

 だがしかし、リビングの面々の視線が向けられたのはそこでは無かった。


 黒のバンドが十字を切る、露出した胸元。

 これでもかとばかりに発達した筋肉。

 極め付けはその上に顔をのぞかせる、二つの、




「「「「「……………………」」」」」



「なんだ」




 無音の空間に、リゾットの声だけが響く。




 以降数か月の間、チームにおけるリゾットのあだ名は『むっつり』になった。




 余談である。
 不幸にも不名誉なレッテルを張られてしまった男、リゾット・ネエロ。アジトでは誰かとすれ違うたびにむっつりと呼ばれ、訳が分からず首をかしげるその背後では、体を折り曲げ必死に笑いを堪えるプロシュートの姿が見られたとかそうでなかったとか。
 アジトは今日も平和である。



20121031up

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