▼ 無題
男は力のまま壁を殴りつけた。
二度、三度と、男はただ殴り続ける。
その行動は彼なりの整理の仕方なのかもしれないと、俺はその時初めて思った。どうしようもない矛盾、どうしようもない現実、どうしようもない無力を責め、彼は破壊する。その拳は絶えず傷つけられる。
最後に一度壁を殴った手をぐったりと降ろして、荒く息をしながら、男は俺の方にゆっくりと振り返った。
怒りかもしれない、悔しさかもしれない、それ以外の何かかもしれない激しい感情を瞳に湛え、男は俺を睨みつけた。
「……あいつらの覚悟が、ほんの僅かでも俺の覚悟を上回った。それは認めてやる。だが、それがなんだ?この戦いはまだ続いてる。俺達はまだ、何も手にしちゃいねえんだ」
言いながら男が俺の肩を掴む。グッと押され、俺は壁に押し付けられた。
「こんなとこでグダってる場合じゃねぇだろ」
振り返るな。
男の言葉に、俺は僅かに息を呑んだ。
肩を掴んでいた手を外す。その瞳にはもう体を突き動かすような激しい感情は無く、男はただ静かに、俺が去るのを待っていた。
走り出した俺を、男は何も言わずに見送った。
最後に一度だけ振り返った時、男はこちらに背を向けたまま、左手の中指を天に向かって突き立てていた。
(だからこっち見んなっつっただろーが)20121022up
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