Wアンカー 乗車編 | ナノ



仕事が仕事なだけに朝は早く、夜は埃まみれになりながらも帰宅する日々に不満はない。給料面も問題なく、今の仕事が充実していると言えるからだ。

グローバルハイリンクの企画により、ここ最近駅員と作業員は常に走り回って居るのを見かける。書類やファイルやらを山のように積み上げ、あちこちの業者と連絡を交わしているのを毎日見かける。
その理由はWi-Fi線の駅ホーム整備の為だ。
新しいトンネルを作りその一部にWi-Fi線を…って言うのではなく、過去に閉鎖されたホームを再利用する計画だと聞いた。
清掃員も忙しいかと思われたが、そうでもない。
再利用するホームは改築専門の業者へと依頼し、線路導入と共に最新の機材入れ替えに構内点検強化などを行うと聞く。
今平和と言えるのは清掃員位だろう。


そんなギアステーションの状況は今後ないだろう。と、踏んだ清掃部署の主任は平和な今のうちに飲みに行こうと提案。
普段朝早い清掃員達だが、Wi-Fi線開通までは普段の出勤時間より遅めになっている。
これは、朝一番にやってくる改築工事と機器を導入する業者達と通路内でぶつからない為である。
互いが専用の機材や道具を持ち動き回るが、ギアステーション裏方の廊下はそれほど広くはない。

機材同士がぶつかり作業の邪魔とならない為にとジンが決めた事だ。

勿論、遅くに出勤すればその分上がる時間もズレる。
そこは残業として給料明細に記載される。と言う話に珍しく誰一人として反対の声は出なかった。
時間帯がずれれば夜勤手当てとして給料額にいくらか上乗せされ、更に残業代もつくのだ。一時的とは言ったが普段より多い給料が貰えるのだ誰も文句は言うはずが無かった。
勿論、自身の家庭を思い早めに上がる従業員を止めようともしなかった。早く上がればその分の稼ぎは減るが、後日に回し取り返すかのように働けば問題ない。そう提案したのもやはりジンだった。

怒声しか出していないジンをイメージする従業員達だが、意外と細かい配慮まで気を配っていた事に誰もが驚いたのは事実だ。
いや、それ以前によくもこんな案をトレイン協会は承諾したものだと、酒が交わる席で清掃員達は話していたのは今から二時間前の話だった。

こうやって仲間で飲みに行ける機会なんてそうそうない。もしかしたらこれが最後となる可能性もあるな。と笑い飛ばす清掃部署主任の言葉が脳裏をよぎった。

二日酔いにならない程度に飲み明かした今の時間は深夜の3時。勿論終電なんてない彼らはポケモンかタクシーを捕まえて帰るしかない。

清掃員の中にはそらを飛ぶの秘伝マシンを使えるジムバッチを持っている者も居るが、残念ながら彼はバッチを持っていない。つまりそらを飛んでの帰宅は出来ないのだ。
まぁ、酔い覚めには丁度いいかも知れない。と、ミネズミをボールから出しゆっくり歩き始めた。

人工的な光で埋め尽くされた街の中に、自然の唯一無二である月夜の光が入り込む隙はない。
人工灯に照らされた歩道をゆっくりと歩けば、あちらこちらから手招きする声を聞き流す。

深夜となれば昼間には開かない店が顔を現す。勿論中にはいかがわしい店も多く、子供には見せられない世界ばかり。しかし、そう言った店が開く時間帯にしか、彼等はゆっくり酒を飲むことが出来ない。
今日は少しばかり飲みすぎたようだ。

途中でポケモンセンターに寄って店内のショップで水でも買って……


『必要ない。と言った筈だ』

「!」

聞き覚えのあるものだった。
ポケモンセンターへと向かう筈のその足はピタリと止まり、視線はぐるりと周りを見渡す。が、思い描いた人物の姿はどこにも見えない。
気のせいだったか?と首を傾げれば、幻聴ではないと言うかのようにそれは続いた。


「ごちゃごちゃ五月蝿いっての!お金は頂いて居るんだから貰える物は貰いなさい!」

『冷蔵庫をゴミ箱にしたくないって言ってんだよ!誰が調理すると思ってんだ!』

「そう言うと思って、ちゃんと加工済みのやつ入れといたんだよこのお馬鹿さん!あんたがちゃんと食べなきゃ私に仕事が回って来ないって察しなさい!!」

一瞬痴話喧嘩かと思った彼だが、内容に耳を傾ければまるで親子喧嘩にも聞こえる。が、そんな事はどうでもいい。
今の声は明らかにーー。


「上への連絡をごまかしてやってるんだよ。そろそろあんたが此処に来たって電話一本入れなきゃ、怪しまれるのは私じゃなくあんただよ」

『………』

「いらなきゃあんたの旦那様にでも処分して貰いなさいよーこっちだって仕入れだけじゃなく、長期保存させるのも大変なんだから」

『っち』

物陰から僅かに顔を出した駅員。言い争いしていたであろう相手から物を受け取ったのは同時で、ふてくされた様子で包みを抱えたのは想像していた通りの人物ジンだ。

ダッフルコートを羽織っており、首に巻かれるマフラーは口元を隠すかのようだ。ギアステーションでは見ることのないジンの私服は酷く珍しく、駅員はついつい釘付けとなる。変わらない箇所と言えば、駅には不釣り合いなブーツを履いている事ぐらいだろう。サブウェイトレーナーであるバックパッカーの話しでは、ミリタリーと呼ばれるブーツでありわざわざロングにする辺りオーダーメイドではないかとボヤいてのを覚えてーー


『来月、またくる』


「私的には毎週来てもらえば助かるんだけど」

『色を付けてやってるんだ。文句言うな』

「わざわざ仕入れ伝票までいじっている此方の身にもなってよねー」


腰元に巻かれる黒いエプロンの存在により、その人物がコックで有ることが分かる。
迫力ある声量は隠れている駅員の元へと届いている事から、きっと厨房を指揮する立場にいる人だろう。エプロンにはお店の名前であろうロゴが彫られており、彼の思考と視線を奪い取っていた。


「(Ro、u…?ログキューブ?)」

人工灯が僅かに照らす僅かな光を頼りに得た情報。シンプルなデザインロゴがはいるエプロンに彼はん?と引っかかる何かに気付く。

ログキューブ?
どこかで聞いたことのある響きだ。

腕を組みうん?と最近の出来事を思い出すも肝心のそれがなかなか出て来ない。
僅かにチラつくそれは紙の束で、何かの雑誌だっただろうかと思うもストンと落ちる物を感じない。
違うか?
もう一度、記憶の隅々探し回る。


「来月、絶対来てよね。たんまり準備して料金ふんだくってやるんだから」

『ざけんな。私より高給取りが1人居んだろうが?アレから徴収しろ』

「あなたと違って定期的に来てくれてるのよ?しかも、わざわざ電話までしてくれるなんて!どこの誰かさんにも見習って欲しいものよねー?」

語尾を伸ばしちらりと見上げた先の人物は既に背中を向けており、エプロンを身に付けている彼女の話を一切聞いている様子はなかった。

ちょっとー!と腕を組むもいつの間にかボールを取り出していたジンは片手でひらりと返すのみだ。暗闇の中で吐かれた儚い息は、ネオン外へと溶け込んでいく寸前だ。


『何かあったら連絡しろ』


ボールを投げ出した瞬間、粒子を帯びたポケモンが姿を現す。が、それは鳴き声をあげる事なく暗闇へと羽ばたく。
どんなポケモンなのか?
駅員の居る位置からは見える筈のポケモンは何処にも居らず、視野を変えた所で結果は同じ。

居ない?
そんな筈は……

視界の隅で何かが跳ねた。
跳ねた。ではなく、正確には飛んだである。

影に塗りつぶされたジンが地上から離れたのが見えた。
いつの間に!と驚いた時既に遅かったらしい。既にそこにはジンの姿はなく、端の欠けた月と厚くなり始めた雲の群れだけだ。

夜空を見渡せどやはりジンとポケモンは見えないままで、彼はただひたすらなにもない空を見上げるだけだ。

と、何かが視界に飛び込んでくる。

反射的に動いた首と視線の先には、不規則で且つ不安定なそれが揺らめいている。
目を凝らす。しかし風に煽られた雲が不格好な月を隠し光を遮る。残されたのは人工的に作られた煌びやかな光しかなく、なかなかその姿を捉える事ができない。

だが、その動きに彼は見覚えがあった。
野外でバトルをした時、相手のポケモンが空に舞った瞬間に落ちてくるそれに。



「白い、羽?」





傍らに控えていたミネズミが彼の袖を引っ張る。
それでも彼の思考は現実へと戻って来なかった。









140621




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