Wアンカー 乗車編 | ナノ



右から左へ、左から右へ。
目的地へと向かう為に通過点として多くの人がギアステーションを利用する。その中で行き交う人の波にのまれまいと、設けられたベンチに腰掛けたトレーナーの姿があった。小柄なアーケンを抱えたそれは明らかにトレーナーでは有るが、男女の区別がつかないものである。
その理由は、そのトレーナーがポケモンのお面を着けている為、男女が区別できないからだ。
身長体格共に明らかに子供であり、着ている服装からして少年ではないかと推測出来る。

アーケンを抱える小さなトレーナーの姿。一見すれば変わった子だと認識するものの、ギアステーションのすぐ近くには大きな遊園地がある。故に遊園地帰りのトレーナーと認識は切り替わるだろう。

様々な思いを抱く人々の視線を浴びるも、お面を着ける小さなトレーナーの態度は変わらなかった。微動だにせずベンチに腰掛けるだけ。

だが、お面のトレーナーは何もしていなかった訳ではない。
アーケンと共にステーション内の天井を見上げている。否、設置されている巨大スクリーンを見上げていた。

今日は自身の保護者となっている人物が、此処に勤めている為迎えに来ただけ。もう少しで行くと言う連絡を受けた矢先、バトルサブウェイスーパートレイン最終車両映像公開のアナウンスにお面のトレーナーは急いで此処へと移動。保護者が来るまでの間、映像を見ようと決めた。

タイミングが良かったようだ。
今までノーマル戦の映像しか見たことのなかったお面のトレーナーだが、偶々迎えにきた時間帯にスーパートレインの最終車両にたどり着いたトレーナーがいた様子。そのトレーナーはバトル映像公開を承認したらしく、なかなかスーパートレインのバトルが見れない事もあり多くのトレーナーが集まっていた。

スクリーンにはLIVEの文字が表示され、画面端からモンスターボールが転がって来る。後を追うようにエモンガが飛んできてはボールを小突き更に三回、四回転した所でボールが開かれた。画面が真っ白に塗りつぶされエモンガが嬉しそうに鳴き声を上げた同時に集まったトレーナー達は歓声を上げ、バトル開始のコールの波を生み出した。

真っ白画面の真ん中にはギアステーションのロゴが浮かび上がり、真っ二つに割れ左右に別れる。画面表示は2つに分かれ右にはチャレンジャーのトレーナー、左には制帽をかぶり直すジンの姿が映し出された。

チャレンジャーを応援する者も居れば、ジンの勝ちを願う者も居る。
あちらこちらから湧き上がる声援は激しいものの、閉鎖的空間で立ち向かう二人のトレーナーには届いていない。



《『この車両までたどり着くその実力、大変素晴らしいものです』》

スピーカー越しに伝わるジンの言葉に、歓声をあげていたトレーナー達の事声がピタリと止んだ。唾を飲み込む音がし、辺りは静まり返る。


《『この車両へとたどり着くトレーナーは早々におりません。あなたの実力は相当素晴らしいものでしょう』》

しかし、

《『これ以上の連勝。失礼ながらここで断ち切らせて頂きます』》

ジンがボールを構えた瞬間、チャレンジャーも同様ボールに手を当てた。


《「悪いけど、勝たせて貰うよ!」》

《『全力で阻止させて頂きます』》


ブザーが鳴り響いた。
同時にボールから繰り出されたチャレンジャーとジンのポケモンに、モニター越しに声援が上がった。

チャレンジャーが最初に繰り出したのはムーランド。
ボールから飛び出したと同時にジンを威嚇する声を上げる。車内へと響き渡る声はボールから飛び出てるポケモンにもヒットし、着地した瞬間その体をよろめかせた。

が、それは一瞬でしかない。


「で、でかい!」


ムーランドの特性を振り払う様に立ち上がった巨体に、チャレンジャー巨体とパートナー共々目を見開きその視線をゆっくりゆっくりと上へとあげてゆく。

バトルの為にと広く作られたバトル車両の半分近く埋め尽くした巨体に、バトルを観戦していたトレーナー達の声が一気に湧き上がった瞬間でもある。


「…………」


ジンが繰り出したポケモンは鳴き声を上げる事はなかった。しかし、鍛えられた二本の剛腕を自身の足元へと叩きつければ、巨体を中心にグルグルと白い粒子舞う。
足元を激しく揺らした振動にチャレンジャーは声をあげてしまう。
刹那、剛腕が車両の天井へと振り上げれば、白い何かは逸れる事なくまっすぐに天井へ登りぶつかった。

パチン!と車両の蛍光灯に当たり、光を遮る様に雨雲が瞬く間に天井全体を覆う。
再び剛腕が動く。
チャレンジャーに向けて指を向け、パチンと指を鳴らしたと同時に天井から何かが降ってきた。

一粒、二粒から始まり数を数え始めようとする暇もなく、車両に降り注いだ粒にチャレンジャーは声を上げた。


「ユキノオー!霰パか!!」


車内マイクによって拾われた声はモニター越しに伝わる。
それは、観戦者の興奮を更に湧き出たせる引き金に過ぎなかった。

ジンが最初の一体目にと出したのはユキノオー。
特性、雪降らしにより車内には無数の霰が降り注ぎ、チャレンジャーを惑わす。
予想していなかったジンのポケモンに、チャレンジャーが苦渋の色をみせた。どうやって突破するかを考えているのだろう。対してジンは表情一つ変えず、チャレンジャーと対峙する。


「凄い!ユキノオーだ!」

初めてみるその巨体にお面のトレーナーは声を上げるが、周りのトレーナー達の声援により呆気なくかき消されてしまった。
それでも高ぶる気持ちは抑えきれず、凄い凄いと連呼する。

と、腕の中いるアーケンがお面のトレーナーの胸を叩く。
モニターを見上げていたお面のトレーナーだったが、アーケンが何かを訴えてした事に気付きどうしたの?と首を傾げた。



「君が、クダリくん。ですよね」


突然トン、と肩を叩かれた事に驚いてお面のトレーナーもといクダリは、ピャ!とおかしな悲鳴をあげてしまった。
慌てて振り返ると、そこには帽子を目深く被る少年が一人立っている。帽子により顔ははっきりしないものの声のトーンからして男の子だろう。赤白のボールが腰に着けられており、ついでにその人物がトレーナーである事も告げる。

歳は自身と変わらないだろうと察するが、記憶にない人物であると抱いた瞬間にクダリの顔色がどんどん悪くなっていく。

どくりと波打つ胸の鼓動と共に、脳内では赤色ランプが点滅し警報を知らせる。
クダリは覚えのない人物に恐怖を抱く。自身がこうやってお面をつけなければならない最大の理由。

まずい。
もしかして父さんの、と額に汗をかき後ろに一歩下がった所で目の前のトレーナーは慌てて手を振る。


「あああ!ごめんね!いきなりびっくりさせちゃったよね!あのね!僕君のストーカーとかじゃないから!」

あと不審者でもない!と、慌てふためく姿は可笑しいものだ。

「僕、リンカーなんだ!ハイリンクでこの世界にきたんだよ!」

「リンカー?」

「あ、れ?もしかしてこっちの世界じゃそれほど有名じゃない…?」


リンカー、と言う単語に脳の中から様々な単語の引き出しを開ける。
ハイリンク、ハイリンク、ハイリンク…。


「もしかして、君渡り鳥??」

「渡り鳥??」

「うん、ハイリンクしてきたトレーナーを渡り鳥ってみんな言ってる。グローバルハイリンク社が仕切ってる小さな島から来たんだよね?」

「そうそう!こっちにもグローバルハイリンク社が有るんだね!しかもこっちはリンカーじゃなく渡り鳥って言うんだー」

異世界ってやっぱり面白いね!
帽子の向こう側でクスクス笑う少年に、クダリも釣られて笑ってしまう。

異世界からやってきたトレーナー。
こちらの世界ではハイリンク出来るトレーナーは少なく、未だにハイリンクした事のないクダリからすれば未知の塊であり興味が沸いた。

「君、名前は?」

「僕は…あー、そういえばそうだったね。うーん何にしようかな?」

「???」

「ああ、ごめんね。僕のいる世界のハイリンクルールでは本名は答えれないんだ」

こっちにもグローバルハイリンク社のルールにない?
そう問われたクダリだが、彼はまだハイリンクをした事はない。むしろハイリンクをしてみたいと言う考えは今まで一度も抱いた事はなかった。

「ごめんね、僕まだハイリンクした事ないから」

「そうなんだ。なんか悪いね」

「ううん、それよりもーー」


僕に声をかけて来たって事は、ハイリンクミッションだよね?
その問いに目の前の少年はそうだよ!と笑みを浮かべ自身の鞄を漁り始めた。


「君にアイテムを売るミッションだよ!因みに物はスーパーボール、値段は100円ね」

「安すぎ」


確かこの辺りに、と鞄の中身を探すもなかなか見つからないらしく、少年は首を傾げながら更に奥へ奥へとその手を伸ばす。その姿はよくバトルする他のトレーナー達と変わらず、目の前の少年が本当に異世界から来たのか疑いたくなる。
ふと、少年の後ろを行き来する人の波に気付く。
ジンのスーパートレインバトルを観戦しに来たトレーナーは多く、モニターへと駆け寄ってくる人の数はやまない。そこである事に疑問を抱いた。


「ねぇ、君はーーえっと」

「うーん?あ、そういえば名前言ってないよね。アガリでいいよ」

「それじゃアガリ、この人の中でよくミッション相手の僕が分かったね」

「そりゃクダリがランプ持ちでもあるからさ」

「…ランプ持ち??」

「あ、あったあった」

ほら、これだよ。と手のひらサイズに収まるのは市販品のスーパーボール。
鞄の中に入りやすいサイズに縮小されている為か、今にも手の中から落ちそうだ。


「アガリ、ランプ持ちって?」

「僕達リンカー、此方では渡り鳥だっけ?が、ハイリンクしてきた際、色んなミッションが与えられる。その中で対象者と接触するミッションで、相手を探さなければならない場合が有るんだ」

その場合、今回のクダリの様に人ごみの中に場合がある。
その中からミッション相手一人を見つけ出すのは難しい。其処でハイリンクしてきたトレーナーにはある事が施される。


「僕の場合はクダリを見つけやすい様に、君以外のもの全ての色がモノクロに見えるようになってるんだ」

「モノクロ?!」

「対象者を特定しやすいようにそうなるんだって。詳しくは知らないけど。」


ハイリンクの森を抜けた瞬間、アガリの瞳に映る色の世界はモノクロ。
森、空、海、太陽だけじゃなく、建物に人そしてポケモンまでもがモノクロ。
そんな世界の中色鮮やかなトレーナー(対象者だけが普段通りの色を纏う)が居れば、それはミッション相手となる。

渡り鳥が自身への道を照らす。

「つまりクダリはミッション対象者であり、僕達リン…渡り鳥のに居場所を教える為の光、ランプを持ってる…、ランプ持ちって呼ばれてるんだ」

「でも僕、ランプなんて持ってないよ?」

「物なんて無くて当たり前だよ。あくまでも目印って意味だからさーー誰がつけた名前かは知らないけどね」


初めて聞く単語が多く、未だに理解しきれないクダリは首を傾げたままだ。
君もそのうちハイリンク出来るようになるさ。と笑ったアガリは、スーパーボールを持っていない片方の手をクダリへと差し出す。

「え?」

「スーパーボールを破格の値段で売るミッションだって言ったでしょ?」

ほらほら早く!
急かされたクダリはアーケンを静かに置いてから、慌てて財布を取り出す。
アーケンはクダリの腕の中に戻りたいのか、アー、アーとその足にしがみつく。
クダリもアーケンゲットしてるんだね。やっぱり面白いねー、と呟いていたアガリだが、ふと見上げた先に映る何かにより、考えていた思いが打ち消された。

「あれ…?あの人も渡り鳥なんだ!」


スーパーボールを空中へと投げ、落下してきた所で再びキャッチすると言う動作を繰り返していたアガリの言葉。
100円が見つけ顔を上げるも、アガリの言うあの人?と言う単語に周囲を見渡した。

「他の渡り鳥もわかるの」

「こっちのシステムかな?渡り鳥同士だと色が若干淡いんだね」

「アガリの他にも渡り鳥がいるの?どこ」

「ほら、あれ」


アガリが指差した先には巨大なモニターが設置されている。

霰が降り続ける中で巨体が後ろへと倒れ込む。ガッツポーズを決め何かを叫ぶチャレンジャーとムーランド、そしてユキノオーをボールに戻し新たなポケモンを繰り出すジンの姿が映し出されている。

「あの右側のトレーナー?」

「違う違う。制帽被ってる男の人だよ」

あの人臨時で来た人かなにか?

その単語に違和感を抱く。
臨時で来た?
何故そんな言葉が出てきたのだろうかと気になるも、クダリが握っていた筈の100円はなく変わりにスーパーボールを掴んでいた。


「あ、アガリ!」

「悪いねクダリ!タイムリミットもそうだけど、早く向こうに戻らないと弟が騒ぎ出すかもしれないから行くよ」

「アガリ、僕まだ聞きたい事がーー」


深く被っていた帽子が上がる。
露わになった少年の素顔にクダリは目を見開く。


「大切に使ってよね!まぁ、きっと意味は無くなるんだけどね」


自分に瓜二つの顔。
まるで鏡合わせかのようなその姿形に、クダリはなんで…?とつい零してしまう。アガリの体が半透明となり、クダリへと手を振る。

待って、と手を伸ばすも数秒後にはアガリの姿は消え、少年が立っていたであろう場所には四角い半透明のパネルが浮かび上がる。

恐る恐る近寄りパネルを覗き込む。

[ミッションコンプリート。ノーデータ]

の文字が打ち込まれている。そしてすぐさま空気に溶けるかのようにパネルは消失。初めからそこには何もなかったかのような空気が押し寄せた。


「……アガリ」


偽名ではあるがアガリと名乗った少年。何故自身にそっくりなのかはわからない。ただ似ているにしては度が過ぎており、まるで鏡の中の自分が現実世界へとやってきたと思える程にそっくりだった。

兄弟?と浮かび上がるも、父親から聞いていた過去の話しによりそれはまずないと抱く。
ならばアガリのあの顔は………?


「……………」

アー!アー!!


ズボンを引っ張り爪をかけたその痛みにより、現実へと戻ってきたクダリの思考。
慌ててアーケンを抱き抱えれば、安心したらしく鳴き声はピタリと止み身を寄せてきた。
アーケンを片手で抱え、アガリから買ったスーパーボールに視線を移す。
どこにでもあるスーパーボールで、これと言って特長は無い。

アガリ自身の事も気になるが、彼が言った沢山の言葉も気になって仕方なかった。
偽名、ランプ持ち、タイムリミットそして

「意味は無くなる」

スーパーボールを渡された時に言っていた台詞がどうしても気になるのだ。
確かに他のスーパーボールと変わらないが、これの意味は無くなる。と言う組み合わせが何故か引っかかったまま。

興味を抱き、気になる事がまた一つ増えた。



「クダリ、ここに居たのかい」

「あ!!」


聞き覚えのある声により、今更になって自分が此処に来た理由を思い出す。
人の波をかき分け現れたのは自分が迎えに来た筈の保護者、清掃員のカマナリの姿だった。


「おじいちゃんごめんなさい!あの、僕っーー、」

「ジンさんのスーパートレインのバトルライブがあるって聞いたからな、此処ら辺りにいる事位予想ついたさ」


クダリの視線と合わせるようにしゃがみこんだカマナリは、アーケンの首筋をさすれば次は頬だと言わんばかりに自分で首を傾げる向きを変える。


「あの、ごめんなさい……」

「別に怒ってらんさ。次気をつければいい」

「うん」

「ジンさんのバトルを見ていたのか?」

巨大モニターを見上げるカマナリ。
一体目のムーランドに続き二体目を倒し、最後の一体まで追い込んだジンの姿が映し出される。
激しく降り続ける霰の中で、ユキメノコが悠然とした態度を見せていた。


「バトルをみにきたんだけど、ちょっとだけ違う」

「ん?」

バトルを見に来たのは確かだ。だがそれとは異なる何かが、つい先ほど起きた。バトルも気になる。が、それとは別の事に頭がいっぱいいっぱいだった。


「ねぇおじいちゃんはハイリンクした事ある?」

「旅をしていた時に何度か……」

「あのねハイリンクの事で聞きたい事がーーー」



歓声が一気に上がる。
中継された巨大スクリーンにはチャレンジャーが3体目を出す瞬間が映し出されていた。
しかし、クダリの興味は見上げる巨大スクリーンから、別の事へと向けられている。
少年の言葉が歓声にのまれた。
しかし、目の前にいる清掃員の耳にはしっかりと届いており、少年の言葉を理解した彼は曖昧だがな?とその問いに対し笑顔で返した。








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