Wアンカー 乗車編 | ナノ




見上げた先の天辺が見える筈なんてなく、建ち並ぶビルとビルの間を縫う様に行き交う人の波。
大都市ヒウンシティ。
IT企業だけではなく、大手百貨店やスーパー等も数多く存在する。数え切れない程のテナントが詰め込まれたビルの一つ。一人の山男と少年が綺麗に並べられたリュックを見上げていた。
スポーツ用品専門ショップ『リス』
顔見知りの店員と言葉を交わしながら山男は一つのリュックを手に取り、自身の後ろに隠れる少年へと渡す。目深く被るキャップの奥では瞳が輝いている事に、店員と山男は笑いあい、ほら、ほら、と急かし始める。
背負い慣れてないリュックを背中に感じ、くるりと一回転。山男の言葉により、軽く飛び跳ねてみせる。
どう?
と首を傾げれば、答えるように小さく頷く。再び山男が笑みを浮かべ、これお願いするわ。の一言に、店員は安くしとくわね。と語尾にハートがつく口調で二人から離れていった。少年からはゲンゴロウ、と呼ばれ、山男からはノボリ、と呼ばれる二人。
ゲンゴロウの元へやってきたノボリは、彼と共に買い物へと出ていた。スポーツ用品と言われるだけに幅広い商品が並んでいる。
その中の一つ、ハイカー向け商品コーナーでキャップを目深く被るノボリが花を咲かせていた。
お目当ての商品をやっと買う事ができたのか、咲きっぱなしである。

二人がここへきた目的は、ノボリがハイカー用のリュックを買いに行きたい。と言う一言から始まった。

旅用かと思われるが、残念ながら、と言えよう。山男、ゲンゴロウの真似と言える。少年はハイカーになりたいと、彼に相談したのがきっかけである。その為の基礎を準備をそして必要な物を教えて欲しいといったのだ。

本来ノボリの年齢、詳しく言えばポケモン協会の規定による二十歳以下の子供であれば旅に出ても問題はないものの、旅には必ず親族の許可証が必要となる。しかし、ノボリには許可証を出してくれる親族がいない。
否、居なくなった、が正解だ。
当然許可証が無ければ旅に出る事は出来ない彼は、街を転々としイッシュ地方一周。と言う事が不可能となる。が、それば旅゙を示しているだけの事。
特定の場所へ一人で向かう場合は旅ではなぐ用事゙叉ば趣味゙として分けられる為、ノボリ一人で他の街へと向かう事が出来るのだ。だが、その為にはポケモンセンターでルートと宿泊予定地予定等の書類を揃え提出しなければならない。
これは、もしもの場合警察の職務質問にあった時、親族の許可証無しで旅をしていると勘違いされない為だ。

子供が隣街までお使い、なんて事はよくある。旅に出す為の練習としてイッシュではよくやっている方法だ。勿論ノボリも書類の出し方は既に理解済み。後は、目的地へと向かう為の準備をするだけだ。

旅に出てみたい。

と言う思いはそれ程強くなかった。
しかし、彼、ゲンゴロウと共に過ごす内に彼の言う外と言う遠い存在に、夢を抱き始めるのは時間の問題だったようだ。
だが、自身一人ではここから離れる事は不可能。
そこでノボリはゲンゴロウに相談した所、ハイカーになればいい。の一言に全てが始まった。

ハイカーとは自然の中を周り歩くトレーナーだ。

旅をするトレーナーと異なり、自然だけを見る人を指す。活動範囲は地域によるが、主な活動場所は登山ルート、森林内だ。(海に囲まれた街は海上が主である)その為自然保護活動を行うレンジャーと遭遇する確率が高く、彼らと共に行動する者や自然保護活動の手伝いをする者が多い。

では、ゲンゴロウもハイカーなのかと問われれば答えはNO。彼は山男と答えるだろう。ゲンゴロウがハイカーではなく山男と言われているのは、彼が街から街へ転々とする旅に出ているからだ。旅に出たトレーナーはハイカーとは呼ばれない。(因みに山男と呼ばれるのはただ単に、山を中心に活動するトレーナーを示しているからだ)

これは旅に出れないトレーナーと旅に出るトレーナーを区別つける為だ。

と言っても、ハイカー皆がそう言った目的で街を出る訳ではない。事情により親族から証明書を貰えない人間もいる。旅に出れないトレーナーが協会の規定を破り、罰が下る。と言う流れは勿論誰も望まないもの。ならば、一時的に提出した特定の場所へ出ても大丈夫(条件付きだが)。と言う話を作ってしまえば、警察が走り回る事や規定を破りうんぬんかんぬ。なんて事がなくなる。
要は建て前でしかないのだ。

許可証が貰えないノボリは旅には出れない。しかし、ハイカーになる事は出来る。ハイカーになれば旅に出るトレーナーと同様のサービス、つまりポケモンセンタートレーナー専用施設やフレンドリーショップ割引等各地で受ける事が出来る。二十歳になれば親族の証明書なんて必要なくなる。旅に出れなかったハイカーは、好きな地域へと行ける。旅が出来るようになるのだ。

しかしノボリ自身旅に出ようなんて考えはない。否、旅なんて行ける筈がないと思っていたのだ。
だが今回は旅と言うものと比較すれば距離は違えど、まだみない世界を見る事が出来る。

楽しみで仕方ないのだ。


リュックを買うお金はノボリ自身の支払いだ。勿論、ゲンゴロウが内緒で買って驚かせようともしたが、どうやら知らない所でファイトマネーを稼いでいたらしい。バトルが上手く出来ない為、負け回数を日々増やすばかりだ。が、ノボリはまだ成人していない。ファイトマネーの規定により二十歳以下の子供の最低所持金を下回る事はない。勝てばファイトマネーは入り、負け続けても最低金額を下回るなんて事は発生しない。
ファイトマネーの救済処置である。

ノボリは一生懸命稼いだのだろう。ゲンゴロウが予想していた以上のファイトマネーの数字。この日の為に苦手なバトルを繰り返してきたのだと理解出来る。

ノボリの足元には荷物が沢山詰め込まれたカゴが一つ。全てハイカー用品だ。
いくら行ける距離と範囲が決まっているとは言え、自然の中、外へと行くのだ。準備はしっかりとしなくてはならない。


ふと、視界に止まったそれ。
手に取れば小さな鎖がジャラリとなる。ポップには軽アイゼンと書かれている。
これは何?
隣にいるゲンゴロウへと聞こうとした時だ。彼のライブキャスターが軽やかなメロディーを鳴らす。ゲンゴロウはちょっと待ってね。とウィンクを飛ばせば、ノボリに背を向け通話画面を開く。画面上に浮かび上がる小さなスクリーンには通話相手の顔が映り込み、その隣にゲンゴロウの顔が並んだ。


「ハイハイ。皆さんのアイドルゲンゴロウさんよ?」

《お休み中すみません。明日のバトルサブウェイ、トレーナー配置トレイン変更の件でご連絡しました。明日ゲンゴロウさんは午前ダブルトレイン17車両目待機との事っす》

「あら?確か私はノーマルトレイン、午後から11車両目で待機だった筈だけど……」

《先ほどダブルトレインでチャレンジャーとバトルしたサブウェイトレーナーが怪我しまして…。他のトレーナーで代理と考えはしましたが、厳選休暇申請してるのでライモンに居るトレーナーが居ないんです。んで、丁度、ゲンゴロウさんが午後からトレイン乗車っての気付いて時間をずらしたんす。なので明日は午前からお願いします。午後は早めに上がっても大丈夫だとジンさんから許可も貰いました》

「分かったわ。じゃあ、明日は午前からって事で」

《宜しくお願いします》



通話ボタンを押せば、通話時間を一瞬だけ映し出すもスクリーン映像が消える。
振り向けばノボリがこちらを見上げていた。
ごめんなさい。要件は済んだわ。と笑みを浮かべるも、なにやら口ごもる少年に気づき目線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「あの、サブウェイトレーナーって…」

「うん?」

「普通のポケモントレーナーじゃないの?」

「うーん、旅をするトレーナーとはちょっと違うわね」


棚に並べられたグローボトルを手に取る。色のバリエーションが豊富な為、何色にするかと迷うに違いない。


「サブウェイトレーナーはバトルサブウェイに正式に雇われたトレーナーよ」

「雇われたトレーナー??」

「ポケモンジムに行くとジムリーダーに会う前に、何人かのトレーナーとバトルするでしょ?」

「う、うん」

「あのトレーナーはジムトレーナーと言って、チャレンジャーがジムリーダーに挑戦出来る実力を持っているかを確認するテストなの」

ポケモンを鍛え技に磨きのかかったトレーナーならば、ジムトレーナーなんて直ぐに倒す事は可能だ。何より、ジムリーダー戦に向けてチャレンジャーのポケモンのウォーミングアップも兼ねている。
ジムリーダーに挑戦し完膚無きまでに負かされ、心が折れるトレーナーも少なくはない。その為にまずはジムトレーナー戦で自信をつけ、同時にそのジムのポケモンのタイプを見極め対策をとらせる。と言う事だ。

「私達サブウェイトレーナーもそれと同じよ。
ジンちゃんの居る車両まで私達がチャレンジャーのポケモンのウォーミングアップバトルを行い、同時にたどり着く為の実力が有るかを確認する」


実力が無ければたどり着く前にサブウェイトレーナーによって止められる。しかし、連勝を重ねれば重ねる程、BPを多く貰えホームに待機する駅員や清掃員から特殊なアイテムを貰う事もあるらしい。
そこでふと少年は気付いた。
ゲンゴロウが雇われたトレーナーだと言うが、彼はよくノボリと共に行動している。バトルでの上手い立ち回り方や、タイプの相性等を指導してくれていた。だが、正式に雇われている。と言う事は、働いていると言う事。しかしゲンゴロウは仕事に行ってくる。なんて一言も言った事はない。むしろ、今日は挑戦するわよ!と張り切っていた事もあった。


「あれ…でも、それって……」

「フフ、気付いた?」


サブウェイトレーナーは雇われてると同時に、バトルサブウェイに挑戦できるチャレンジャーでもあるのよ。

持っていたボトルを棚へと戻す。
その隣に、フックにかけられている資料を捲れば、ハイカーに必需品とも言えるグッズ一覧が分かりやすく載せられていた。


「私達だって所詮はトレーナー。
ジンちゃんとバトルしたいって気持ちは抑えれないわよ」


サブウェイトレーナーとしてトレインに乗車する日は、午前と午後で分かれているの。私達トレーナーのスケジュールに合わせてくれてるわ。トレイン乗車しない日は一人のチャレンジャーとしてトレインに乗れる。勿論、負ければ下車だけどね!


資料を閉じ、時計を見上げれば丁度昼時である事に気付く。

「さて、買い物を済ませましょ!そろそろ店員さんも戻ってくるだろうからーー」


ノボリちゃん?と顔を覗き込むも、キャップが邪魔でその表情を見ることが出来ない。



「…サブウェイトレーナー」

「なぁに?」

「あ!いや、何でもない!」


慌てて向き直った少年。
タイミングよく店員が戻ってきた。
カウンターにて既に袋へと詰め終わったらしい。他の買い物は有るか?と言う問いにゲンゴロウは、後ろへと振り返る。
其処にはグッズがいっぱい詰まったカゴを引っ張る少年の姿があった。










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