Wアンカー 乗車編 | ナノ



初めて足を踏み入れた空間は薄暗く、外と言う世界を拒み逃げ隠れるかのような世界。出口が見えず人によっては出れないのではないかと恐怖心を抱くものの、少年にはそういったものは一切存在しない。

実際にこうやって足を踏み入れたのは初めてで、外との空気の違いに目を輝かせたのは数分前の事。手元の地図を開きながら、ここで合っていると先の見えない空洞を瞳に映せば胸の底から湧き上がる何かに顔がムズムズした。顔だけではない。指先が早く触れたいと落ちつかず、暗闇が続く迷路を駆け抜けたいと足がそわそわした。

わかっている。
きっとこうなるだろう。と友達の山男は言っていたのを思い出す。

焦った気持ちで洞窟に入り込めば道に迷い、下手をすれば一生出ることができない。なんて言われている。
気を引き締めて進まなければならない。

教えられた通りの道を進めば、フキヨセシティに出ると聞いている。一部ネジ山へと出る箇所もあると聞いたが、地図通りに進めば問題なく目的地へと出る筈。

電気石の洞穴にて、少年ノボリは気持ちを入れ直す為に、自身の頬を叩いた。

ハイカーとしての申請を済ませたノボリは、洞穴内部の入り口付近にいた。旅に出るわけでもない為、ハイカー用のリュックは旅用のリュックに比べれば一回り程小さい。広げていた地図を何度か織り込み、赤ペンで書き込まれたページを上にし厚手のジャケットのポケットにしまう。
続けてポシェットからボールを取り出す。開閉スイッチを押し込めば、輝く何かがノボリの目の前に現れた。

ヤブクロンだ。

ヤブクロンは生まれて初めて見た洞穴に驚き、すぐさまノボリの元へと飛んできては裾を掴みパートナーの顔を見上げる。

「ヤブクロン、ここはゲンゴロウが言っていた電気石の洞穴だよ!」

ほら、あそこ。
と指を指した先。
其処にはパチリと音を上げ小さな岩が浮遊する。
洞窟内に蓄積された磁力を含む成分が内部を固める岩へと影響し、一部の岩を浮遊させていると聞いている。詳しくまでは分からないが、岩が浮く不思議な洞窟だと覚えている。
磁力の関係か定かではないが、洞穴内に浮かぶ岩は日によって場所を変えると言う。同時にそれは衝撃に弱く子供でも軽く触れた岩は、流れに逆らう事なく触れた反対側へと吹き飛ぶと言う。
静電気に似た痛みを感じる程度で、身体に対する異常が無い事からトレーナーの出入りを許可された場所でもある。
勿論、トレーナーであれば出入り出来る為、フキヨセシティへ向かうルートの一つとして今回選んだ。
昨日話をしていた電気石の洞穴。

その単語を聞いた途端、怯えていたヤブクロンは少年の足元から離れ、先ほどまでしがみついていた裾を掴み奥へと進もうとする。
ヤブクロンも此処を楽しみにしていたのだ。先に行きたくて仕方ないのだろう。

「わかってるよヤブクロン。でも、俺との約束事は守るんだよ?」

しゃがみこみ、小さなパートナーと目線を合わせる。

人差し指を差し出せば、目を輝かせていたヤブクロンの表情が引き締まる。

1.僕から離れない事。

2.むやみやたらと洞窟内の物には触れない事。

3.此方から洞穴内のポケモンにバトルを仕掛けない事。

大丈夫?との問いにヤブクロンは小さく手を使い敬礼ポーズを見せた。友人の山男のポケモン達がしていた所を見たに違いない。
真似をする小さなパートナーに、よし!と膝を叩き張り切って立ち上がった少年。
はぐれないようにと最後に一言添え、目深くキャップを被り直し更に上からフードを被る。
顔の半分をすっぽりと隠してしまうスタイルだが、ノボリにはこれくらいが丁度良いのだ。自分を見つめる視線を気にする事なく、尚且つあまり好きではない世界を全て映し出す事はない。
今までキャスケット帽を目深く被っていたが、あれよりも深い安心感を抱く。友人のゲンゴロウの案は、ノボリの心を更に安心させたようだ。

さて、出発しよう。

もしかしたら洞穴内で他のトレーナーとすれ違うだろう。その時はこんにちはと挨拶し、バトルを挑まれたら今日初めてハイカーとして来たと伝え、断るようにしよう。

言葉を詰まらせないように今まで練習してきたのだ。きっとうまくいく。

小さく準備運動をするヤブクロンの後ろで深呼吸を一つ。
独特の空気を吸い込んで、這いだし一歩踏み出した。



「ああ!人が居た!!」

突如として洞穴内に響き渡った声。
縦横無尽に反響する声は軽やかに跳ね、踏み出したノボリの身体に当たる。勿論それは本人の耳にも届き、まさかポケモンではなく人の声が飛び出してくるとは思わなかった影はびくりと肩を揺らした。

ひぎゃ!と可笑しな悲鳴が上がってしまうが、それは隣を歩くヤブクロンにしか聞こえなかったらしい。
変な悲鳴により驚き振り向くパートナーに、何でもないよと苦笑いするしかなかった。

そんな一人と一匹のやり取りを気にする事なく、それは走ってくる。
僅かに浮遊する石を押しのけ、現れたのはマフラーを首もとに巻きデンチュラのお面をつけた子供だった。


「……え?」


確かに此処は色んなトレーナーが通る。山男にエリートトレーナーそしてハイカーも。勿論格好は様々だが、今まで見てきたトレーナーの中でも、走ってきた彼の様な姿は今まで見たことがない。

と言うか、彼はトレーナーなのだろうか?
たじろぐノボリをよそにお面をつける少年は目の前までやってきて足を止める。薄いお面越しにゼェハァと荒い息づかいに、つけているそれを外してしまえば解決するのではと抱いてしまう。が、決して口には出さない。

「君、洞穴の外から来たんだよね!」

「あ、うっ……ん」

「って事は、この先が出口か!」


声がこもってしまうのはお面のせいだろう。いくらか明るい声とノボリと同じ背丈から見て歳が近いのかも知れない。

顔をすっぽりと隠しているお面のせいで、素顔はわからないものの自分と同じ色をした瞳がくり貫かれた2つの穴から真っ直ぐ向けられる。


「洞穴の奥まで進んで道がわからない所でタウンマップをひらいたんだ。だけど入り口でこうしんするの忘れてたのに気付いて、道に迷ってたんだ!」

「タウンマップ?」

「そそ!ライブキャスターの中にあるやつの!君も持ってるでしょ?」


そう言っては、自身の手首に巻くライブキャスターを見せる。画面タッチ操作すれば小さなホログラム式の何かが浮かび上がる。が、半透明の立体キューブは砂嵐を描き、ノーデータの文字が映し出されすぐさま消えてしまう。


「ごめん、ね。俺、ライブキャス、ター持ってな…いからよくわ、からない」

「ええ?!じゃあ、どうやって洞穴を抜けるつもりだったの?」

こっちの地図でーー、と、取り出したのはコンパクトに折られた紙の地図。データでの物ではないそれにお面の少年は身を乗り出す。

「これが地図?」

「う、ん。山男の友達がくれた、の」

防水性がある為雨で使えなくなる心配はない。一々取り出しては折り変えてと言う手前はかかるが、万が一タウンマップのデータが消えた時のトラブルに比べればまだマシである。

「へー、そんなものがあるのか」

そんなもの?
少年の言葉に引っかかりを抱く。
ノボリは目の前の存在を静かに盗み取る。
季節外れのお面に首もとに巻く厚手のマフラー。子供用のサイズではないらしく巻ききれずに余った部分は、首の後ろできれいに結ばされる。
鞄は小さくハイカーや旅用の物ではないと明らかで、何より着込む上着は汚れの一つもない白いコート。動きやすい格好では無いのは一目瞭然。
もしや、この子は…?


「ね、ねぇ」

「んー?」

「きみ、ハイカーではない、でしょ?」


大げさに揺れた肩。地図を覗き込んでいたお面の少年は慌ててノボリから身をひくも、ま、まさかーと声が裏返る。やっぱり。

ここ電気石の洞穴へと来るには、まずホドモエシティを通り六番道路を過ぎなければならない。しかし六番道路はポケモン生息地区である事から、民家を建てる事は許されていない。
小さな研究所と休息の為の山小屋があるだけで、大概の人はフキヨセシティへと向かうルートの一つとして使用する。しかし、ポケモンの生息地区としている為に、ハイカーや旅をするトレーナーしか通れない場所となっているのもまた事実。
洞穴の向こう側、つまりフキヨセシティから此方からやってきたと言う仮説はまずない。
友人の山男曰わく、洞穴にしろ洞窟にしろ服には沢山の汚れがつく。綺麗なまま洞穴を抜ける事は出来ない。
目の前の少年は汚れ一つもない白いコートを着ている。つまり、向こう側から来たと言う事はないのだ。つまり、ノボリが何を言いたいか?


「もしかして、申請し、ないで…来たの?」

ハイカーとしての申請をせず、無断で隣町に行こうとした。警察にバレてしまえば裁判沙汰となり、下手をすれば手持ちのポケモン達をとられてしまう可能性だってある。誰でも分かり切っている事で、お面の少年の反応からみて尚更だ。


「きみ……」
「あああ!違う違う!フキヨセシティに行くつもりはなかったんだよ!」

慌てふためく少年に、帽子越しから怪しいと言わんばかりの視線を受ける。

ビシビシと肌に感じる視線にうろたえる少年だが、わざとらしく咳払いしてはノボリへと向き直った。


「フキヨセシティに行くつもりはなかったよ。洞穴には石を探しに来たんだ。」

「石?」

「僕のランプラーが進化する為の石」


此処にあるって聞いたから、探しに来たの。洞穴を抜けるつもりはないんだ。そう言いながら赤白ボールを取り出せば、間をあける事なくランプラーが姿を現した。

右に二回転したランプラーは薄暗い洞穴を見回しては、ゆっくりとお面の少年の元へゆく。


「ランプ、ラーが進化する為、って事はシャン…デラになる為」

「それそれ!シャンデラになる為に必要なの!」

入り口付近を見て回っていたつもりが、気がついたら洞穴の奥まで足をのばしていたらしい。
進みすぎた事に気がつき、引き返そうにも道は分からずあちこちを廻っていたと言う。


「でも、結局石は見つけられなかったからさ。僕はもう帰るよ」
この先を真っ直ぐ行けば六番道路に出るよね?
ノボリの後ろへと指を指す。その先には太陽の日差しが洞穴へと差し込む様子が見て取れる。

「うん」

「ありがとう!これでやっと出れるよ!」

良かったな!ランプラー!
お面の少年に答えるようにランプラーが鳴く。所々汚れているのを見ると、野生のポケモンとバトルしたのだと分かる。いや、それよりもーーー。


「ねぇ、さっき言ってた石って……」

「進化に必要なやつの?」

「それ、ランプ…ラーに使、う石、名前分かる?」

「うーん、名前は何だろう。紫色だって事しか聞いた事ないや!」

何で、そんな事聞くの?

首を傾げたお面の少年へ、答えるかの様にノボリがボールを取り出す。
開閉スイッチを押し込めば、勢い良く飛び出したヒトモシが鳴く。

「俺、も。シャンデラに進化、させたいから」

ヒトモシの登場により少年の背中に廻っていたランプラーが反応する。ヒトモシもランプラーの存在に気づいたのか、元気よく挨拶をすればランプラーが顔を覗かせる。
ヒトモシがもう一鳴きする。
すると、おずおずとランプラーが現れてはヒトモシの頭上へとやってきた。ヒトモシに手を引かれて出て来たのはノボリのヤブクロンで、ランプラーそしてヤブクロンと交互に何かを話しかける様子が見てわかる。


「君もヒトモシ持ってるんだ!」

「う、うん。懐かれちゃって…」

「お揃いだね!僕のランプラーはね!ヒトモシの時にお父さんから……」


身を乗り出していた少年の言葉がピタリと止まった。その言葉ど同時に反応したのは少年のランプラーだが、ノボリがそれに気づく事はない。静かにどうしたの?と首を傾げただけで、お面をつける少年は一歩下がりなんでもない。と答えた。

薄っぺらいお面により少年の表情は伺えない。
しかし、彼が纏う雰囲気が僅かに揺れ、声のトーンが変わった事にノボリが目を細める。
何かあったの?
ノボリ唇から言葉が出かけるものの、お面の少年は遮るかのようにランプラーの名前を呼んだ。


「僕、そろそろ行くね。おじいちゃんとお姉ちゃんが心配しちゃうから」

「え?あ、あの」

「洞穴の奥気をつけてね?道間違えちゃうとネジ山出ちゃうからさ!」


んじゃ、僕行くね!ノボリの隣を横切った彼は、ポンと肩を叩きランプラーを連れ走る。
慌てて振り返ったノボリだが、足が早いのかその後ろ姿はどんどんと小さくなってゆく。顔を僅かに覗かせていた洞穴に住むポケモン達だが、横切る白い風に驚き慌てて顔を引っ込める様が見えた。


「あ、あの!!」

お面の少年が振り返る。走ることを止めるも今すぐ駆け出す事が出来るように、足はその場でパタパタと動かしたまま。
先ほど言いかけた言葉がなぜか喉の真ん中で留まる。ぐっと出かけた言葉は、ノボリが言い掛けていたものと違う物が出てしまう。


「帰り道、気を、つけてね!!」

洞穴内に響き渡った言葉はじわりじわりと伝い、お面の少年の元へ届く。
一瞬だけその足が止まるも、すぐさま再開し片手を上げる。

君も気をつけてね!


入り口側からノボリへと言葉が投げられる。
そしてお面の少年は走ることを再開。パタパタと慌ただしく洞穴の入り口へと走って行ってしまった。
嵐のように賑やかな少年の姿は、白い光の中へと消えて行く。


しばらくして、洞穴は静粛を取り戻す。
ポツンと佇むノボリだったが、入り口から洞穴の奥へと視線を戻す。
目の前にはランプラーがいなくなった事が寂しいのか、落ち込むヒトモシとヤブクロンの姿があった。
ノボリはしゃがみこんでは二匹の頬を撫でる。


「大丈夫。きっと、また会えるよ」


短距離の旅だがハイカーとしての申請は出来る。
ハイカーとしてあちこちの街を歩き回って居れば、きっと先ほどの変わった少年と再会出来るだろう。

だから、大丈夫だよ!

そう勇気づければ二匹はそれぞれ声を上げる。

それは気合いが入ったもので、こちらを見上げる視線は力強いものを感じる。



「よし!行こう!」


目指せ、フキヨセシティ!
ハイカー初心者ノボリと、そのパートナーヒトモシとヤブクロンは共に奥を目指し歩き始めた。











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