Wアンカー 乗車編 | ナノ




「ありがとうございました!バトルとても参考になりました!」

『此方こそ。素晴らしいバトルをありがとうございます』

これがスーパーシングルトレインへの乗車券となります。

おなじトレインに乗っていた駅員トトメスは、サブウェイトレーナー達と一緒に降りている途中で2人のトレーナーの姿に気付く。
乗車券を渡すジンと今回ノーマルシングルに乗り込んだ女性チャレンジャーだ。
20代前半だろうか?
若い見た目に反して落ち着いた格好をするチャレンジャーは、どこか大人びており物静かな印象を感じる。だが、バトルでは性格は一変しまるでジンを想像するかのような、豪快な技を次々と繰り出していたのを思い出す。

普段ならば指示された通りトレインを降り、サブウェイトレーナー達のポケモンの体調をチェック等やらなければならない。その途中で彼トトメスの耳に届いたのは先の2人の声。その足は無意識に止まっていた。

乗車券を受け取ったチャレンジャーの傍らには一匹のハハコモリの姿。スーパーへの乗車券を無事取る事が出来たのが嬉しいらしい。チャレンジャーへと抱き付いては嬉しそうに声を上げる。
しかし、当の本人の顔色は優れない。


『どうされましたか?』

「その……」

鬱いでいた顔が上がる。見上げた先の隻眼と目が合うも、すぐさま逸らされ自身の足元へと注がれた。

「今回は運良く勝てましたが、スーパーでジンさんのいる車両までいけるか不安で……」


乗車券を眺めるチャレンジャー。異変に気付いたハハコモリは、どうしたの?と言うかの様にチャレンジャーの背中を撫で顔を覗き込む。
ハハコモリの温もりに気付いた彼女は苦笑しパートナーの頭をゆっくりと撫でてやる。


「今回のパーティー、実は今まで一緒に旅をしてきた子達なんです。でも、スーパーになったらきっとこの子達ではジンさんに辿り着けないって、なんとなくですけど分かる感じがして……」

『…………』

「勿論この子たちでスーパーへ行く気はあります。でも、さっきこのトレインに乗る時、スーパートレインから降りた他のトレーナーの言葉が忘れないんです」

『なんと?』

「厳選のし直しだって」


厳選。

色んな景色を見て回りたいと、旅を続けるトレーナーには無縁と言える言葉だ。
だが、逆にバトルをメインとするトレーナーには必要不可能な言葉である。
彼女はどう見ても旅をメインとするトレーナーだ。いくらバトルが得意とは言え、個体値、厳選、と言う言葉で渦巻くスーパーで上手く立ち回る事などできない。
ましてや、公式のバトルフィールドとは違うトレイン型フィールド。スーパーには強力な技を連続で出してくるトレーナーだけではなく、技の余波もノーマルとは比べものにならないのは当たり前な話し。故にそのバトルに対するスタイルが変わってくるのは必然的でノーマルで苦戦した彼女が、スーパートレインのバトルで戦い慣れている相手に勝てるのかと言う不安。
そして、何よりも厳選。

ポケモンにも人間同様個性があり個体値が存在する。個体にもよるが得意不得意は存在しており、トレーナーはそれを見極め理解した上でバトルを進めなくてはならない。
厳選はそれ程簡単なものでは無い。自身が描くバトルに対するポケモンを欲し、卵を孵化させる。
ポケモン協会の規定によりむやみやたらに卵を孵化させる事はできないだけでなく、自身が望む特性の子となかなか巡り会えない。根気と忍耐そしてトレーナー自身の運が必要となる。
だが、彼女はこの先ずっと旅を続けるだろう。まだ見ない新たな土地を目指し見たことのないポケモンと出会う為に進むだろう。

厳選をすると言う事はバトルに釣り合うポケモンと、出会う為に育て屋に通いつめる日々が始まる。つまりそれは留まる。と言う事。

彼女の旅が止まってしまう。

旅は続けたい。
しかし、今まで旅を共にしてきた仲間達では明らかにスーパートレインの先にいるジンへとたどり着く事は出来ない。
スーパーとノーマルの壁をチャレンジャーは感じた。今の仲間達ではたどり着く所か半分すら進むのは不可能だと。
バトルをしていく内に気付いた。このままではいけない。このままでは進む事は出来ない。と。

チャレンジャーの視界に映り込むのは履き慣れたスニーカー。旅に出てから変える事の無いずっとずっと、使い続けてきたスニーカーだ。
スニーカーだけでは無い。自身がいま履いているパンツだってよくよく見れば糸が解れ、汚れているのが見える。
一つまた一つと見つかっていく今まで見えなかった自分の今の姿、この時になって彼女自身なんて小汚い格好をしているのだろうかと気付く。こんな汚れた格好で、今日初めて出会ったばかりのトレーナーと、愚痴しか言わない女なんかと話すジン。
チャレンジャーは自身がしでかした事の大きさに今更気づき、顔が真っ赤になった。
考え出した脳内は彼女自身の小汚い格好ばかり考えたてしまい、先ほど相談していた厳選の話し所ではない。

「あ!…ごめんなさひぃっ!わた…わたし、ーー」

『失礼、幾つかお聞きします』


目を見開く。
真っ赤になった顔。頬が熱を帯びたように熱く、だが同時に視界を潤す水が本来の姿を正確に映し出してはくれない。
そんな中、降りかかった言葉にチャレンジャーは息を飲み、顔を上げた。
見上げた先には表情の変わらない隻眼。目の前の彼女ではなく、違う方向へと見つめる先が気になった。視線の先を辿れば先ほど自身とジンが下車したばかりのトレインの姿。


『スーパートレインに乗らなければならない、絶対な事情があるので?』

「い、いえ。特にはーー」

『あなたはイッシュの出身ではないでしょう?』

「はい、カントーのタマムシシティから」

『イッシュにはいつから?』

「3ヶ月前からです。先週ライモンジムのバッジを取る事が出来ましたが……」

『旅に出て何年目ですか?』

「……五年、目です」


あのジンさん、それが何か?

眉を下げ戸惑って居るのが遠くからでも分かる。

トレインから下車したサブウェイトレーナー達と入れ違いで、トレインへと乗り込むのは白い作業服を纏う清掃員の集団。車両事に仕事を分担するその手際を眺めるジンに再び名を呼ぶ。


『あなたは今の旅が楽しいですか?』

「えっと、…はい」

『野宿だけではなく、激しく乱れる天候の中を進むのは辛いでしょうに』

「それはまぁ、言われて見ればそうですけど……」

『旅は疲れるでしょう?1日横になった程度で疲労はとれないかと思いますが?』

「でも、それでも次の街に行き着けばセンターもありますし、柔らかいベッドにご飯も頂けますから特にはー」

『野生のポケモンに襲われる事もしばしば?』

「知らない内に縄張りに入った時にはよくありますね」

『道中のトレーナーも、皆優しい訳ではない』

「はい、用心していないとボールを盗られる事もあります」

『そんな旅やめたいと思わないのですか?』


息を飲み込んだ。
嫌な汗が額に浮かんで居るのが分かる。


『新たな土地、新たなポケモン、まだみないトレーナー達と出会う感動は素晴らしいものでしょう』

しかしーー

『あなた様を迎える全ての人間が優しい訳ではないのは、それは既に経験済みでしょうに?』

ジンの言う通りだった。
誕生日を迎え10歳を越えればただの子供からポケモントレーナーになり、長期の旅に出て大丈夫だと許可が下りる。
だが、同時に危険な道のりであり旅の最中行方不明になるトレーナーも少なくはない。ポケモンに襲われたのかはたまた、人間の手によるものかわからない。
新聞やニュースでたまに載せられる情報には、行方不明者リストの名前一覧。
いつか自分も其処に載るかも知れない。
しかし、

それでも、


『それでも、あなた様は』








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