捧げ小説 | ナノ



触れる指先が撫でたその行方がどこに向かうかなんて分からない。
触れられたそれは、初めなんだと体を動かすも相手が一体誰なのかと理解するや否や持ち上げていた巨体を静かに下ろし目を閉じる。
触れていた指先が辿る描く模様。
くすぐったいと思いながらも、同時に心地好いものらしく小さな声を上げ今の気持ちを意志表示する。

今や持ち上げる事が出来なくなった巨体だが、生い茂る青の中で出会ったあの時は持ち上げる事が出来る位に小さかった。
しかも、本来のサイズより一回り小さな体だったのを覚えている。持ち上げた時の軽さにびっくりして、途端に震えた小さな体に私は怖がらせてしまったと後悔する。
しかし、それは驚きの震えであり、怖いと言った感情はなかったらしい。なんだってその後楽しそうにはしゃぎギュウギュウと抱きつき、もっともっととせがむ様子を片目に開いたCギアにて陽気な性格なのだと知った。
後に特性の毒の棘を受けてしまい、2日間寝込んだ記憶すらも懐かしい。

私は旅をする程の度胸が無い。旅先には出会いも有るが同時に大きな危険もあるのだ。だから私は旅には出ていない。
初めは小さいあのポケモンが自身より大きく成長し、一歩間違えればトレーナーを襲う可能性だってある。世話の仕方によって凶暴にもなんにでもなるポケモン。
勇気が無い私には無理な相手なのだ。
しかし、私は出会った。

町外れの林で蠢く影。本来ならば青々と茂る世界の中に浮かび上がった不自然な桃色。気になった私はポケモンかもしれないと言う思考が顔を覗かせる前に行動に出た。
触れて持ち上げて視界に映し出したのがフシデ。
桃色では無い。寧ろ来い色合いを持つ赤い塊。ではあの桃色は一体何だったのかと描く前に、綺麗な紅色によってかき消されていた。

この出会いにより世界は一変。

偶々拾ったモンスターボールにおとなしく収まったフシデと共に、私の生活は一気に色鮮やかなものへと変わって行った。
ご飯を食べる時も、寝るときも外で遊ぶ時もずっと一緒のフシデ。
共に居る事により楽しい日々を過ごしていた。
朝日と共に起床した後の朝食。太らない為だとマラソンすべく出た筈なのに、何故か近くの裏山で遊んでいる。日が沈む頃には一人と一匹は疲れきった体を押しながらそのまま布団にダイブする日だってあった。変わり映えの無い飽きやすい日常だと言われるかもしれないけど、毎日を異なる世界へと色づかせてくれるフシデ。
それはフシデ自身の陽気な性格からか、飽きもしない楽しい日々が繰り返されている。

そんなある日、変わらず裏山を駆け回っていた時にそれは起きた。

フシデの進化である。
其処で初めて進化と言うものを知った私は慌てふためくしかなかったものの、次の瞬間には一回り大きな姿のフシデ…ううん、ホイーガの姿。
バトルの特訓もしてない。コンテストの練習すらしていないフシデが何故ホイーガに進化したのか?
原因が分からなかった。
病気じゃないかと駆け込んだポケモンセンターでも、通常通りの進化だと告げられ何故こうなったのか分からないままだった。

もしかしたらフシデは進化したくなかったかも知れない。
私がいつの間にか気づかない内に進化させるような事をしてしまったのかも知れない。
そう思うと胸が苦しく、同時にフシデに対し申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

だが、ホイーガへと進化した本人は、まるで気にしていない。寧ろ進化した事に対して喜んでいるらしい。
何故なんだろう?
ポケモンの言葉が分からない自身には、どうする事も出来ない。ポケモンに詳しくない私は、これ以上ホイーガに負担をかけ無いように今までの日常の流れを変えようとした。

でも進化したホイーガにはその意志は伝わらない。逆に外へと私と共に積極的に出たがり、遠くまでへと足を延ばしたがる。出来ればホイーガに負担をかける様な距離を歩きたくなかったのに、ホイーガのストレスがたまらない方法を考えればただ従うしかない。

そう考えていたあの頃の私は本当にわかっていなかったんだと…今になって理解し苦笑する。


「………………」


横たわるペンドラーの巨体。撫でていた手を止め見上げたと同時に吹き出した風が、高らかに花を揺らし舞い上がらせた。

決して人間の足では来れない険しい山道。迷子になるだろう深い森を抜けた先にそれは広がっていた。
視界には収まりきらない広い青と季節を告げる桃色は、息を呑む程見事なコントラストを描き目を釘付けにする。
頬をくすぐる風が髪をかきあげ、同時に左右から駆け抜けた花びら達が青のキャンパスへと孤を描く。
どこまでも遠くどこまでも広い世界に、吸い込まれそうな。そんな感じ。此処を知る人なんて私達しか居ないだろう。
自身達の周りを見渡せば、ペンドラーの巨体にのしかかる小さなフシデにホイーガ達の存在。
きっと此処は彼らの穴場なのだろう。

其処で私はペンドラーと初めて出会ったあの時を思い出す。

桃色の…桜の花びらが着いていた小さな小さなフシデ。
きっとペンドラーの背に乗ってこの穴場に来ていたに違いない。
落ちなかった小さな花びらは、草村に潜んでいたフシデの存在を私へと知らせる。気付いた時には触れていたあの瞬間、知らずに散ったのかも知れない。

フシデやホイーガの体では此処まで来るのに、一苦労する筈。ペンドラーの様にしっかりとした身体が無ければ上がって来れない急斜面もある。
ペンドラーが居なければ来れない、秘密の穴場か…………。










「ペンドラー」

「?」


私の呼びかけに気付いたペンドラーが、何だ?といいたげな顔つきで私を見下ろす。
本当に大きくなったんだと、胸の奥が熱くなった私は逞しくなった友人へと笑いかける。





「今度はお弁当も持ってこようか!」





桃色が色付いた世界で出会い、一周し咲き誇る桃色の木の元で彼は進化した。
再び巡る季節は変わらず一周。
二度目の進化を果たした彼は、美しい桜並木が揺れる中私を担いでいきなり走り出した。
目指すは、春を見渡せる秘密の穴場へ














120510


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