捧げ小説 | ナノ



上司の小言、自身に任された仕事の量など精神スリ削られながらも体に鞭を打ち続け一週間。
やっと頂いた休日。たった1日ながらも頂いた貴重な休日。部屋の掃除をしよう、買い物に行こう、いやいや久々に友人にあって楽しくお喋りをと考えていた予定は、休ませて欲しいと訴える体のだるさ及び筋肉痛故に見事散る。
だめだ。これでは明日の仕事に響く。
今の仕事は楽しいっちゃ楽しいものの、何せ仕事の量も半端なくサービス残業なんて日常茶飯事に近いものもある。何よりプライベートと言える日があまりなく、大好きなポケモンを見て触れる機会が少なくなった。

元々仕事一筋縄に生きていた私は、ポケモンをもっておらず電車に車、タクシーやバスと言った様々な交通の便がよいこの町では移動の為にと必要だと思ってはいなかった。
せめて一匹位と考えるも、見ての通り私は仕事一筋縄の人間。ポケモンの世話をいちいち見ている暇も無ければ、構っている体力もない。
と、言うのは建て前なのだと、あるポケモンを見て私は気が付いた。

女性に人気であるチラーミィにエモンガと言った可愛いポケモン。画面越しに描かれるそれは棒フラグで、今月もチラーミィとエモンガの人気対決がー!なんて台本を読み上げるMCの台詞は右から左へ状態。

うん、確かに可愛いよチラーミィにエモンガ。
でもさ、その子達よりももっともっと可愛い子をなぜ皆知らない!

子供サイズの筈なのに、意外と大きくにょろんとしたボディ。真っ黒真珠がキラキラ光るつぶらな瞳は、まるで遊んで!遊んで!と言っているにしか見えない。
オプションで小さな尻尾がタイルをペチペチ叩き、近くの物を倒そうがお構いなしに見上げてくればなおよし。

イッシュ地方のある特定のエリア、リュウラセンの塔を囲むように揺れる泉。其処に私の大好きなあの子が居ると聞く。
しかし、あの辺りに生息するポケモン達は凶暴で、ある一定数のバッチを持つトレーナーでははいれないようになっている。言わずもがな、バッチ所かポケモンバトル、いやそれ以前にポケモン一匹すら持っていない私がいけるはずもない。

初めてゲットするならその子に!と決めている為、なかなか他のポケモンに手を出せないでいる。
しかも私が欲しいと思っているその子はトレーナーの間では珍しく、サブウェイに通う廃人すらも怯むポケモンだと聞く。

いやいや……。いくらあんな可愛らしい子がなんて思ってしまうのは、ポケモンの知識がにわか程度にしか持っていないから言えるのだろう。そりゃ私だってスクール卒業した身だから、それなりにポケモンの事は学んだよ?(タイプ相性と言った基礎位だけど)
でもね?あの小さな子が廃人達を怯えさせるポケモンにはならないでしょ!

それに、私の友人でそのポケモンに詳しい人が言ってたんだよ?「警戒心は強いけど、人間を好く子は多いかな。懐いてくると側を離れなくなるよ」って!

見た目だけでも破壊光線並みに可愛らしいのに、お前はどこまで私のハートを打ち抜けば気が済むんだ!と言いたくなる。

うん、まぁ勝手に言っているだけで、実際行動へとは移してない訳だけど…。


「うーん、でもやっぱり会いたいよなー」


その子が居れば、疲れなんて吹っ飛んでしまうだろう。何より私の天使様だ。世話が大変かも知れないと言っていたがなんのその!である。


「来週辺りに、ポケモンセンターへ行こう」


ポケモンセンターでは迷子や、トレーナーに捨てられたポケモンなどを預かっているときく。一定期間を過ぎた場合、生息へと戻るために野生で生きる本能の訓練をしてから搬送されるんだって。

まぁ、その中にあの子が居るとは思えないけど。

ダメ元で行ってみようかな?


そうと決まれば、来週の仕事を乗り切らないとね?
と、くたくたになった体を引き吊りながら部屋の電気をつけた。

ただいまー、と誰も居ない部屋へと投げる筈が、私は目の前に飛び込んできたそれに脳内が停止した。



「…………」

「…………」

「…………」


パチリとついた電気。
普段ならば狭い廊下が私を出迎えてくれる筈なのだが、普段居ない筈の何かがそこにあった。


「…………」

「…………」

「…トュ…トュートュー…」

「……リュウ?」

なぜネイティオの鳴き真似した?
いやうんだって、ほら私幻覚かなにか見てるんじゃないかとおもt「リュウ!」ああああ!幻覚じゃなかったぁぁ!
嘘でしょ!うーはー!本物?ものほん?


「………ミニリュウ?」

「リュウ!」

ペチペチ!名前を呼ばれて嬉しいのか、瞑らな瞳がパチンと星飛ばしながらまばたき。いやなにこの小さなアイドル。
いやいやその前に何故ミニリュウが私の家に居る?私は未だにポケモンを持ってもいないし、友人から貰うような約束はしていない筈だが……


「あちゃー、やっぱり見つかったか」

「ワタル?!」

電気の付いていないリビングの扉。軋んだそれを開けながら現れたのは友人であるワタル。
何の仕事をしているかは教えてくれない癖に、ポケモンにしかもドラゴンポケモンに詳しいもんだからきっとドラゴンポケモン専用の専門教授でもしてるんだと勝手に決めつける。いや、そんな事はどうでもいい。


「なんでワタルが私の家に…?」


不法侵入ですよー!と言ってやるも、彼は今日だけは見逃してくれと肩をすくめる。ん?今日だけ?


「すっかり忘れてただろ?今日は君の…無名の………」

日付を数える。
そういえば、先輩達がなにやら言っていた様な…………


「あ」


気付く。
今日と言う日を。ずっと仕事の事ばかり考えていたせいで、一年に一回しかこない特別なある日。私はすっかり忘れていたようだ。そのうち自分が何歳なのかすら忘れてしまいそうで怖いが、こういった風に誰かが教えてくれると私は思い出せるに違いない。


「すっかり忘れてたな」

「仕事熱心なのもいいけどほどほどにな」


いつの間にかワタルに抱えられているミニリュウ。彼はハイ。と私にその子を渡してきた。
よくもわからずとりあえず受け取れば、甘えん坊さんなのか可愛らしい声で鳴き声をあげる。


「君へのプレゼント」

「へ?」

「びっくりさせようと思ったんだけどね、見つかっては意味ないよ」


苦笑しながらミニリュウを撫でるワタル。
プレゼント……?


「ミニリュウが?」

「そう」


欲しいと言っていただろ?だから、用意したんだ。
君の為に。

輝く白い歯を見せ笑うワタル。
あ、なんかこれ胸にじわじわくる。
疲れた心にこのサプライズはヤバい。こう涙腺崩壊並みにじわじわとくるよ。


「実はリビングで準備していてね。君を驚かそうと考えたんだよ。でもね…」


ミニリュウが脱走しているのに気付いて、追いかけたらこのざまだよ。

そう呟くワタルだが、正直其処まで考えてくれただけでも私はすごく嬉しい。
こぼれそうになる涙をこらえる。


「ありがとうワタル」

「ちょっと失敗しちゃったけどね。どう致しまして」


さぁ、リビングに行こう。

私の手を引きリビングへと進む。
私を驚かせようと用意するだなんて、そこまでしなくても…と、照れる顔を隠すようにミニリュウへと抱きつく。
はぁ…幸せすぎる。

が、その幸せは長くも続かなかった。





「みんな、今日の主役が帰ってきたよ」

「みんな?」

他に誰か呼んできているのかと、明るくなったリビングが瞳へと写り込む。

私の登場により向けられたそれ。
黒真珠を連想させるつぶら瞳、つぶら瞳、つぶら瞳、つぶら瞳、つぶらな瞳、つぶらな瞳……ってちょっとまておい。

見渡す限りつぶらな瞳に青いボディ。パチパチと星が飛び散るまばたきの嵐に、私は隣に居るワタルへと詰め寄った。


「ちょっとワタルさん」

「うん?」

「これはなんですか?」

「君への誕生日プレゼントだよ?」

「ミニリュウが?」

「ミニリュウ達が」

驚かせるの範囲がおかしい。
リビングの床を敷き詰めるかのように鮨詰め状態なミニリュウ達。そりゃ一匹位逃げ出したくなるわ。

私が僅かに動けば、後を追うようミニリュウ達が同じ方向へと首を動かす。
なにこれ天使がホラーとか私初めて体験したぞ畜生。

目の前の光景に呆然とするしか無い私。
そんな私を差し置いて、彼はこう言った。





「無名。誕生日おめでとう!」









同時にミニリュウの大群が私に押し寄せる。ジョウト地方の関取を連想させる位の暑苦しさ。
意識が飛びかけるその瞬間、私の脳裏に何かがよぎる。

そういや彼ワタルは頭がぶっ飛んでいる事を、この時になって思い出した。




















120915

大変遅くなりましたが6さんお誕生日おめでとうございます!ハッピーバースデー!


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