Wアンカー 運休編 | ナノ






「あなた、駅員?」


後ろからかけられた言葉。
ああ、お客さんだ。
口元に貼り付けた営業スマイル。すぐさま振り返れば、金髪が眩しい女性が立っていた。
腰元を超える長い髪は艶やかで、分けられた前髪はジンを連想する。雰囲気は凛としており、人を引き寄せないオーラを醸し出す。
見た目の年齢は20代中盤だろう、女性特有の線を描くスタイルは周囲の目を集める。
線を描きやすい黒の洋服に、映える長い髪。一瞬モデルかと思ったのはここだけの話しだ。

迷子だろうか?

地下に設けられた此処ギアステーションには、一日に何百万と言う人間が行き来する。出勤する人や待ち合わせ場所へ向かう人、遊びにいく人などそれぞれ。だが、あまりにも人の波が激しい為自身の位置が分からなくなる事もある。

いくら電工掲示板や、タウンマップなどを見やすくし新しくしようとも迷子になった人間には関係ない。

人によって行き先は色々。
さて、この女性はどこへ行きたいのだろうか。「はい。どちらへ向かうご予定で?」

「電車には乗らないわ。人を呼んで欲しいの」

「人?迷子の子供かなにかで?」

「駅長代理、ジンが居るでしょ?かの………彼を呼んで欲しいの」



勿論、至急で




* * *



『…に配線…が、…くと……も地上…回線…、……題…支、…が出……範囲であ、れ……地…上側…電気……連…をし、……となれ………向こ、………した場合で…………がし…も…………そうなれば、…………に電話…………………』


書類を持った数匹のポケモン達。彼らは独り言を零し続ける一人のトレーナーを遠目に見ていた。
お前がいけ。あんたが先に行きなさいよ。彼らにしか分からない言葉で交わす手持ち達に、ジンは気が付かないでいた。
初めは小さな独り言だった。しかし、時間が経つにつれ呟く時間の長さ、そして背負うオーラが重いものになっていくのに気が付く。流石のポケモン達と言えど、こんなトレーナーには近寄りたく…否、近寄りがたいだろう。
積み重なる白い山は駅員が部屋にくる度に、量を増し終わる気配は無い。
線路に水が入り込んだと言う今回の件は、いままでに無い量の書類と格闘続き。ジンへと渡る書類の波。これを事務員達が陰ながら量を減らそうとしているものの、最終的にジンが目を通し承認&確認済みの判子を押さなくてはならない。
事務員が頑張ったおかげで気持ち少な目な書類は、此方へと渡ってくるものの量なんて見ている暇の無いジンには関係ない。

制帽を脱ぎ垂れる前髪は書類の右端を占領し広がる。万年筆をガリガリと走らせる左手はヤケに力が込められ、右手の支えがない体はグラグラ動く。同時に中身の無い右袖は不安定に揺れる。
まばたきの回数が徐々に減り、書類を凝視する。
怖い。怖すぎる。

早く書類が終わればよい。と、誰もが考える。

と、その時だ。
書類の上に置いていたイヤホンから、聞き慣れた電子音がこぼれる。万年筆を放り投げ乱暴にイヤホンを掴む。
無意識に捉えた6つのボール。何か問題発生した場合に対象出来るようにポケモン達を待機させている。

朝からこの部屋に籠もって以来、これと言った連絡は入って来ない。バトル専用トレインは今や運休中、一般車両は他の駅員達に任せている。そんな中での連絡だ。
何かあったに違いない。

『……私だ』

重みのある声はイヤホン越しの相手の肩を震わす。しかし、急いで来てもらいたいと願う相手は、早口に要件を告げた。と、同時に駅長室の扉をノックする音。


「失礼するで…あんた宛てに最後の書類やって、事務の子が……」

ダン!と、机を叩きつけたジンの姿。ちょうど扉を開き書類を持ち抱えた駅員、クラウドはその様子に目を丸くした。

机を叩きつけた衝撃からか、宙を舞う白い紙切れ。近くにいたポケモン達が酷く怯え、角へと集まり肩を震わせていた。時折上げるか弱い声が鼓膜を震わせる。

イヤホンを左耳に当て、微動だにしないジンの姿にクラウドは唾を飲み込んだ。

ジンが纏う雰囲気が一気に変わった。ちょこちょこと書類を持ってきては、仕上がった山を持って事務所へと往復していた駅員達。事務員も忙しい事から、近くを通りかかった駅員に駅長室へ行き、判子を押された書類を持ってくるようにと頼まれていた。駅員が行き来する度、ジンの様子は…?と話が上がっている。今回は古株の一人クラウドの番。さっさと書類渡して、自身の仕事へ戻らなければ…。ついでにジンの様子を見て来るだけで、駅長代理の心配なんてこれっぽっちも……そんな思いを抱いている時だ。

いきなり机を叩きつけたと思いきや、見えない疾風がクラウドを襲う。
ブワッと吹き抜けた風は彼の帽子を飛ばす。本能的に閉じた瞳だったが、自身の真後ろから響く床を殴りつけた音に意識が引き戻される。

咄嗟に振り向けば、腰元のマントを靡かせた一人のトレーナー。ジンの背中。相変わらず濁った音を上げるそれは、徐々に姿を小さくし角を曲がっては消えた。

「…………なんや?」

パサリと落ちた制帽。
開かれた扉の向こう側。其処には小さく連なる白い山の世界のみだ。と、グイッと何かが制服を引っ張る。何や?と視線を降ろせば落ちた制帽をいつの間にか拾っていたエテボース。
白い歯を浮かべにっかり笑ったエテボースは、軽くジャンプ。クラウドの頭へと適当に制帽を被せれば、疾風が抜けた廊下へとかけだしていく。
あ、おい!
なにが起きたのか頭がついた行けない。
どこにいくんや!
タシタシと廊下を走るエテボースの背中へとかけようとしたセリフは、自身の真横を抜き去った小さな風により打ち消される。
ポワルンだ。
エテボースの背中を追いかけて宙をきる。
呆然としていた彼だったが、慌ただしく出て行ったトレーナーとそのパートナー達。様子からみてただ事じゃないようだ。
彼の脳裏をよぎったのはトラブル事ではないのか?
そう思った瞬間、これ以上面倒事は勘弁だと脳内が告げる。
彼は近くの机へと書類を置いては、一人と二匹が消えた廊下へと翻した。









<<>>戻る
一覧-top
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -