Wアンカー 運休編 | ナノ






『電気管理担当の作業員達には、明日届く部品を使って補強工事をしてもらう。数はホーム分と線路内の……』

ポケモンによって壊された義手。表向きでは骨折だと流しているものの、実際片腕の無い人物を目の前にするとなんとなく気まずくなる。
しかし当の本人はしれっとした表情で、業務をこなしている。他人の目を気にしたりしないのだろうか?

チラリとジンの後ろを見やれば、パタパタと慌ただしく動くポケモン達。流石にエテボースとポワルンだけでは手が足りないのか、トレイン用のポケモン達がチラホラ姿を見せる。
ノーマルトレインシングル&ダブル用のポケモン。砂パメンバーのピクシーと雨パのドクロック。人型に近いポケモン達だ。

彼等は山積みとなるファイルや書類を器用に積み重ねては、あちらこちらと仕分けながら運ぶ。浮かんでいるポワルンはジンのデスク上で体を張っての書類の仕分け作業。
せかせかと動き回る姿は本当に忙しそうで、あと一人誰かが居たらこうまでは忙しくはならないのだろうと抱く。
抱く。それだけで留まる。自分はただの従業員で部門担当者や古株組といった高い地位にいる人間では無い。故に駅長代理と言う高い位置に座るジンのサポートをするのは難しいとも言える。寧ろ駅長代理にしか出来ない仕事ばかりであり、いち従業員の彼が出る幕では無かった。


『おい、聞いているのか』

「うっ!えへい!!」


考え事をしていたせいか、ジンの話を聞いて居なかったらしい。ついこぼれ落ちた間の抜けた返事。駅長代理はなんだその返事は?と言わんばかりな表情で、煙草をミシリと噛み締める。それを間近で聞いてしまった彼はひぃぃ!と冷や汗垂らしながら頭を下げるのだった。

「すみません!大丈夫です!聞いてます!」

本来ならば此処に来るのは自分ではない上の先輩従業員。だったが、前日の水漏れ事件に業務に追われ、ジンの元にいく暇など無かった。変わりにかり出されたのが彼。と言う訳だが………


『しっかり聞いとけ。これでお前がミスをすれば、全体のミスに繋がる』

「っ!はい!本当にすみません!」

こぇぇぇ!

心の中で鼻水垂らしガタガタと震える自分の姿がちらついた。

ジンを苦手とするグループには幾つかの種類の人間が存在する。
まず上司として認めず嫌悪感を抱く人間と、今だけ仮の上司と我慢しほぼ無視状態で仕事をする人間。そして彼のようにただ怯えひたすら新しい上司が来ることを願う人間。

はっきりと言い返す事が出来ない彼は、ただ上司の命令にイエスorはい、で答えるしかない。
自身みたいな平社員がトップにたつ人間と会話する事などないと考えていたが、まさかこんな所でそれを体験するとは思わなかった。
早く帰りたい。そんな思いがぐるぐると脳内を回る中、小さな影がジンの背中から顔を覗かせた。


「……………」

「ラル」

チラーミィまでは行かないが、艶やかな白い毛が特徴的だった。ノーマルタイプかと思えば白から突き抜ける赤い角。流した白い毛から覗く空に近い瞳に、彼は驚いた。


「え?っメラルバ!」


太陽の化身とも言われるメラルバ。今もなお吹き荒れるリゾートデザートの神殿跡地、そこの外壁に刻まれているポケモンで有名。豊富な技能力にメラルバの進化後は廃人御用達の必要不可欠な存在。
だが、未だに生息地は解明されておらずメラルバを育てる場合は、地方のバッチを全て持ちポケモン協会のメラルバ保護公認を貰っているトレーナーから卵を貰う方法しか無い。ポケモン絶滅危惧種保護対象とされており、手持ちにする場合はポケモン協会へと申請書類を送らなければならない。
勿論、手順を踏んで、数ヶ月後に許可証を貰って〜とめんどくさい為、其処までして手持ちにしたいトレーナーは廃人かマニア位だ。

実物を見るのは初めて。


「ルー」

もしょもしょとゆっくり近寄ってきたメラルバはジッと此方を見つめる。メラルバを間近で見れた事に興奮してしまい、ジンの話所では無かった。


「ジンさん!このメラルバどうしたんですか!?」


自身の話を切られたジンの眉間に筋が入る。くわえていた煙草がぐしゃりと噛み締められるも、それに気がつかない彼は興奮しジン越しのメラルバを見つめるだけ。
キラキラと好奇心で溢れる眼差し。
うぜぇ、と言わんばかりに顔を歪ませたジンは、すえなくなった煙草を掴んでは近くの灰皿へと捨てた。

『線路内部で見つけた』

「線路?」

『先日の水漏れ事件。あれで乗客を探している時』


線路内でポケモンが見つかったと言う話は人伝いに聞いていた。駅長代理に知られる前に自分達で片付けようとしたあの件。しかし、結局従業員達では無理だと判断し、渋々ジンへと報告を入れた。後日、一匹のシャンデラを保護し逃がしたもう一匹はまた後ほど捕獲する。と言う話だったが、もしかしたらその一匹はこのメラルバなのかもしれない。


「メラルバが此処に居るって事は協会に申請を既に終えているので?」

『保護申請だけだ。手持ち参加申請はしてねーよ』

「え?!」

『手持ちに加えるつもりはない』

手持ちポケモンは今ので間に合っている。これ以上増やすつもりはない。
と新たな煙草を抜き取ってジンは吐いた。

確かに手持ちに入れる場合は、協会側からの許可証がなければ意味は無い。パーティーに入れない。つまりこのメラルバは預かっている状態での保護申請を行っていると本人は言うがーー。

「バトルメンバーに加えないのですか?」

『今の天候パーティを編成し直す事なんて考えていない』

「でも、進化したら戦力になりますよ?孵化作業もできるし、空移動も……」

『進化後の話しだろうが。お前メラルバの進化がどんなものか知ってるのか?』

メラルバの進化。
メラルバは二種類のタイプを持つ。一つ目は虫タイプ。
虫タイプポケモン成長が早い事は有名な話しであり、初心者トレーナーもパーティーに入れる割合が高い。長期の旅には必需である技を豊富に覚える。
これによってメラルバの成長は早いと思われがちだが、もう一つのタイプがその成長を妨げていた。
炎タイプ。
岩タイプに続いて進化し難いと言われているこのタイプを持つ為、進化する流れが虫タイプと異なるらしい。尚且つ、タイプ相性の悪い炎と虫の2つを持っているためか、進化までの期間はドラゴンポケモンと並ぶとまで言われていた。

トレーナーの腕にも寄るが、最短でも半年はかかる。バトルをし経験を積ませそのポケモンの進化条件を全てクリアする事で彼らは進化する。
ジンは手持ちに入れないと言った。つまり、進化させるつもりは無いと言う事だろう。そもそもこう言ったポケモンはバトルを繰り返す事によって進化へと一歩一歩近付いてゆく。が、経験値が入らなければどれだけバトルしても無意味。仮にメラルバを天候パーティーに組み込ませた所で、進化の糧となる経験値が入らない様にレベル制限をかけているバトルサブウェイでは無意味。
勤務外、プライベートと言われる時間を日々激務に追われるジンがあるとは思えない。

申請やら何やらで手間のかかるメラルバだが、その存在は貴重であり憧れのポケモン。

勿体無い……。
彼はそう小さく零した。

が、それを一言も聞き逃す事なく広い上げた人物が居る。

そんなに欲しいならくれてやるさ。

ハッと顔をあげてみれば、そこには口元を歪めたジンの顔。嫌悪といった歪みではない。まるでいいものが見つかったとにやついた歪みである。
たまたま近くを通りかかっていたピクシーに書類を押し付ければ、一本しかないその左手で後ろにいたメラルバを掴み取った。
効果音のガシリと音を上げて、メラルバの体が宙に浮く。驚くメラルバの声を聞いた次の瞬間彼の視界はブラック一色へ。同時に生暖かい何かが顔面に当たった。


『欲しけりゃ持って行け』

但し申請は自分でやりな。
もだもだと暴れるメラルバを顔から引っ剥がした彼は、暖かいその小さな体を手に持った。
もっちりとした虫ポケモン独特の弾力はフシデを連想させる。じんわりと伝わる温いその温度は、丁度よい熱。特性の炎の体が発揮しているのかこの寒い時期には持って来いだ。

実際にこうやって見るとメラルバって案外小さいんだな……と思っていた矢先だ。持っていたメラルバの体が急激に熱くなる。
初めはじんわりとしたその熱は瞬く間に炎天下に晒されたコンクリートの如く熱を帯びた。予想を超えるメラルバの熱に彼はあちぃ!と悲鳴をあげそれを放り投げてしまう。

しまった!と息を呑んだ時には既に遅く、メラルバが円を描き宙を舞う様を眺めるしかない。近くにいたピクシーやそれを遠目で見ていたドグロッグにポワルンが慌てる。

大変だ!と手を伸ばした彼だったが、それよりも先に何かが動いた。

彼でもないジンでもない。

エテボースだ。

書類整理を手伝っていたエテボースが、すぐさま駆け付け長いその尻尾でメラルバをキャッチした。
安定感を得たメラルバはぱちくりとまばたきしては、なにやらエテボースへと鳴いている。お礼でも言っているのだろうか。
メラルバとエテボースのやりとりに和みながらも、メラルバに酷い事をしてしまったと彼はしゃがみこんだ。

「いきなり投げてしまってごめんなメラルバ」

「ルバ!」

気にするな。タシ。と小さな手足がエテボースの尻尾を叩く。が、すぐさま背を向けたメラルバは近くで煙草をふかすジンへと飛びついた。

「ルバ!バ!」

飛びついた小さな体はもしゃもしゃとわき腹を這い、ジンのジャケットを伝い肩へとその体を預けた。
フンス。と鼻息をたてるその様子は満足。といいたげである。


「ジンさん、熱くないんですか?」

『ああ』

「でも、先ほど僕が触った時凄く熱かったですよ?」

『自身の特性位調整出来るだろう』


メラルバの特性は炎の体。
触れた相手を火傷状態にするこの特性は、炎ポケモンならではの特性だ。同時に卵の孵化作業を促す方法もあるが………。

「ポケモンって特性を調整出来るんですか!?」

『出来るやつと出来ないやつで別れるがな』

ジンの口振りからすればこのメラルバは特性調整出来ると見える。
では何故その特性で彼が熱いと言い、反対にジンは熱くないと答えた。

どう言う意味か?
そのままの意味。

メラルバは彼を避けジンに寄ったと言う訳である。特性調節を出来ているのならば、自身に触れた相手にどうすべきか特性を利用し対処出来る。
つまりそう言うこと。

メラルバはジンに懐いていた。

もしメラルバが少しでも自身に寄って居たならば、遠慮なくこの子を手持ちへと加えているだろう。が、メラルバはそれを望んでは居ない。
珍しいと言う事もあるが何よりここバトルサブウェイで働く社員に取って、メラルバの存在は太陽そのものの如く重宝する存在だ。
メラルバを育ててみたいと言う内なる廃人魂に火がつくものの、メラルバはそんな彼を避ける。無理じはしたくない。
が、それでもメラルバに触れていたいのもまた事実。

「駅長代理!またメラルバに会いに来ていいですか?」


仕事ではない。ポケモンへと会いに来たい。
そう告げれば、ジンの眉間に皺が寄るのが見える。
怒らせてしまった。
この後浴びる言葉が予想出来る。
ああ、すまん我が息子よポケモン好き過ぎて年下の仮上司に叱られる惨めな自分を許しておく『構わん』へ?


顔を上げればニヒルな笑みを浮かべている駅長代理の姿。

『こっちは世話するつもりないからな。お前に懐いてとっとと連れ帰って欲しいからな』


だが、すべき仕事はちゃんとしろ。でないと、他のトレーナーに譲るからな。

まさかのお許し。
あの駅長代理の事だから、なにかしら厳しい言葉と言う棘付き暴球が飛んでくると思っていたがそうではなかったらしい。
それは真逆で、さっさと連れていけと言う。いまの状態でジンからメラルバを預かった所で、大人しくボールに入ってはいないだろう。
懐き落ち着いてきた頃合いを見て譲ってもらうしか方法はない。

本人の許可は出た!後はメラルバとのコミュニケーション次第!

「ありがとうございます!ジンさん!」

自分、仕事に戻りますね!!
自分でも分かる位にこやかな笑みを浮かべ、浮き立つ気持ちを押さえきれない体で駅長室を出た。


パタンと閉められた扉。
残されたジンとその手持ち達。
静まり返る中で誰もが動こうとはしない。

いいの?
と、書類を持ち顔を伺ってきた。

本人はまた来ると言っていた。今回の件でステーション内部はバタバタと慌ただしい。毎日来る事は出来ないだろうが、彼はメラルバに会いにまたやってくる。
やれやれ

苦笑を浮かべたそれは、手持ちに預けていた書類を受け取っては事務作業へと戻ていった。










121104


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