「わかっているジン?何かあったら私のライブキャスターに連絡入れるのよ?基本的にライブキャスターの電源をオンにしているから、いつでも出れる状態なの。ああ、遺跡に潜っている時はなかなか出られないけど、折り返しすぐ連絡するから安心して。
それから冷蔵庫に協会から支給された食材を入れといたからちゃんと食べなさいよ。冷蔵庫勝手に見ちゃったけど、あなたあんな偏りの激しいものばかり食べちゃダメだと昔から言ってるじゃない。どうせ支給品はタダなんだからお金がかからない方にしないと。次にワタル達から連絡来ても絶対に出ちゃダメよ?来年辺りから会合がかかるかもって話を聞いたけど、あなたがどこにいるか?なんて聞いてきたのよ!あんなチート野郎には近づいちゃいけないんだから!次はあなたの義手だけど、メンテナンスだけは怠っちゃダメだから。確かにデンジ君の腕は良いけど、彼もああ見えて一応ジムリーダーだから迷惑かけない事。
それと、煙草の本数減らすようにしなさい。あなた1日に何本吸えば気が済むの?肺ガンになりかねないわ!他にはそうね…あ!そうそう!私、サザナミに別荘が有るから、何かあったらいつでも来てちょうだい?いつも別荘を綺麗にしている執事が居るから、休暇貰ったら好きに使って。私はたまにしか行かないから、久々の客人となれば喜ぶわきっと」
『シロナ、そんな一気に言われてもこまる』
苦笑するジン。
あら、ごめんなさいつい。と釣られて笑みを零した彼女の後ろには、先の見えない海原が広がる。
場所はヒウンシティ。IT企業が盛んな所であり、空へと届きそうな程のビルがあちこちに建ち並ぶ大都市だ。そしてその都市の海沿い。其処には停泊する船が何隻も存在する。
海沿いと言う事もあり、他の地方からやってくる旅行客の為に、沢山の客船が泊まっていた。
遠くに見える小さな漁船も存在するが、漁船と言えるデザインをしていない。外見は酷くシンプルで、クルージング用の船に似た作りをしている。
停泊する船の様子を見れば港町と言うイメージが湧くも、大都市と言う街の雰囲気を壊さない為にそう言った造りにしなかったと聞いたことがある。漁船のシンプルなデザインも、これにそった為らしい。
海が近いと言う事もあり、漁船によって水揚げされた産物は全てホドモエシティのマーケットに並んでいると聞く。観光客がイッシュ地方をアチコチ廻れるようにする為だと、どこぞのお節介爺ジムリーダーが言っていた事を思い出す。
ジンから渡されたキャリーバックを受け取る女性。
長い金髪をひとまとめにするも、潮風がきめ細かく左右に揺らす。白いYシャツに足の長さを強調するかの様な黒のパンツ。そして腰元には6つのボールがベルトホルダーへと装着されていた。
シンオウ地方からやってきた考古学者改め、シンオウ地方チャンピオンである彼女の名前はシロナ。以前、アポ無しでギアステーションにやってきた彼女にジンは驚くしか無かった。
何せ彼女には何も言わずに、勝手に飛び出て数十年も経っている。昔より成長し外見が変わったジンを、よくも一発で分かったものだと驚くしかない。
彼女がギアステーションにやってきたその日から、今日この日までジンの家に暫く滞在していた。ホテルでは宿泊代がかかり、ポケモンセンターでは彼女がチャンピオンと言う事もあり人目の問題が発生する。別荘と言う選択もあったが、ジンの家からの距離を考えれば行き来は大変だ。その為、イッシュ地方に居る間はと、ジンが自身の住む家を進めた。
それからジンとシロナは数十年ぶりの会話を沢山交わす。今まで何をしていたのか、どうして出て行ったのか、どうやって生活してきたのか、なぜ連絡をくれなかったのか。沢山過ぎる質問にジンは一つ一つ丁寧に答えた。
久々の再会にジンよりもシロナが興奮していたのを今でも記憶している。
彼女の話しからすると、ジンが出て行った日以来行きそうな場所や人をあたり回ったと言う。
しかし、シロナにも仕事はある。依頼された遺跡調査にレポート。スクールの講義会や新米トレーナー達へのバトル指導で、思うように捜索出来なかった。
そんなある日、石マニアの友人が、懐かしい友人に化石を譲ったと言う話しに何か違和感を感じた。
その日から地道に調べた先はシッポウ博物館の、化石復元チームに依頼するリスト。その中にジンの名前を見つけ出したのだ。
シロナは確信し、復元チームの担当者とやり取りを交わしたその日に街を飛び出たと言う。
相変わらず行動力があるとジンが笑えば、頬を摘まれ説教を受ける事になった。このタイミングで枷が外れたのだろう。シロナはジンを正座させ説教タイムへと入った。
説教は三時間近く続き、彼女の気が済んだ頃にはジンは足が痺れ立てなくなったのは言うまでもない。
バックを受け取りポケットから客船のチケットを取り出す。出航時間は迫りつつある。シロナはねぇ、ジン。と名を呼べばボールからエテボースを出した瞬間と共に顔を上げる。
「その…髪、もう伸ばさないの?」
『ああ………バトルの時に邪魔かなって』
「………そう」
『シロナ?』
「ごめんなさい。そう…じゃないわ」
一度深く深呼吸。そして、ジンを捉える瞳はまっすぐで、彼女から視線を外すことはない。
「ジン、あなたまたどこかに行く予定ある?」
『いや、今の仕事から離れる訳にはいかないから特に…』
「そう、良かった。またあなたへ会いにイッシュ地方来たら居ませんでした。ってならなきゃ良いわ」
『はは…大丈夫だよ。むしろこのタイミングで今の仕事を離れたら、上からも下からも止められるさ』
「ずっと続ける仕事、じゃないのよね」
ジンを見つめる視線に隻眼が静かに細められる。
『前にも話したが私は代理だ。正式な人間が決まり次第、私はジョウト地方に一度戻らないと』
元々、リニアステーションがある駅で働いていたと聞いた。一旦ジョウト地方に戻り向こうの駅長と今後の事で話しをするに違いない。だが、その後に何をするか決めるのはジン自身だ。駅員としてどこかの駅に配属されるか、はたまた駅員を辞め別の道を歩むかは今は分からない
「ねぇ、ジン」
『ん?』
「もし良かったら、なんだけど。代理が終わったら、私と一緒に来ない?」
潮風が二人の間を縫う。
出航時間がせまっているのか、二人の隣を早足で抜ける人の数が増していく。
『サポートに回れって事?』
「そう…じゃないわ。あなたが何をしたいか決めるまで。でもいいし、私と一緒に同じ仕事をしてもいいし…」
『シロナ言ってる事可笑しくないか』
「ええ。私もそう思うわ」
でもね、ジン。
「あなたにちゃんと、伝えなきゃならない事が沢山あるの」
『今じゃダメなのか?』
「ダメ。勿論メールや電話も。今のあなたは色んな事でいっぱいいっぱいで、私の話し所じゃないわ」
『重い話しならパスだぞ』
「だからよ。全部終わらせて、スッキリしたジンと、私はもう一度話しをしたい」
『……………』
「全部、ちゃんと話しておきたいの」
ジンは答えなかった。腕を組み考え込むその姿を見つめていたシロナだが、出航を告げる汽笛が鳴り響いた。
大変!
キャリーバックを慌てて引きずるシロナ。客船の前には急いで下さいと声を荒げる船員の姿が見えた。
船員の手を借りて、急いで客船へと乗り込む。シロナが最後の乗客だったのか、船と陸を繋ぐ小さな階段は外され、更に大きな音量の汽笛が鳴り響いた。
シロナは振り返る。
陸には客船を見送る人々で賑わっていた。その中に溶け込み此方を見上げる人物の名を呼ぶが、汽笛音が大きな過ぎて伝わらない。
ふと、左手首につけていたライブキャスターからメール通知を知らせるメロディーが鳴る。
こんな時に一体誰?とフォルダーを開けば、返事を聞くことが出来なかった彼女からのもの。
本文にはシンプルな文字。
シロナはライブキャスターから視界を切り替える。
しかし、其処には先ほどまでいた筈の姿が見当たらない。
再びライブキャスターを見つめる。
本文には
『その時になったら、連絡する』
のみ。
どこか寂しい表情を浮かべ、ゆっくりと文字を打ち込み返信する。
『待ってるから』
打ち終えたシロナは再びヒウンシティを見下ろす。
一人一人の顔が認識出来ない位、客船はヒウンシティから離れ初めていた。
ヒウンシティの裏通り。小さな喫茶店があるその入り口で、ジンは懐から小さな箱を取り出す。底をトンと叩いてやれば、一本の真新しい煙草が顔を覗かせる。そのまま唇で挟み込み箱から取り出す。続けてライターを取り出そうとすれば、視界に飛び込む見慣れないデザインのライターと太い指。
眉にシワを寄せ左へと視界を滑らせれば知らない男が立っていた。
「兄ちゃん悪い。火をやるから一本くれないかい?」
黒いジャケットを着たスキンヘッド野郎。ポケットの中にあるライターを小刻みに揺らせば、感じる筈の波がない。オイルが切れているようだ。
ジンは何も言わず目の前のライターを受け取り、同時に箱から一本投げてやればスキンヘッドは下品な笑みを浮かべ、悪いねぇと返してくる。
煙草に火を付け、ライターを返してやれば、煙草ごちそうさん。と残しスキンヘッドは裏通りから姿を消した。
小さな紙の筒を吸い込む。食道を通過し、肺の中でぐるりと渦巻くそれを感じたと同時に外へと吐き出す。むせかえる様な喉を刺激するそれに心地よさを感じつつ、近くのダンボールへと腰掛けた。
シロナがジンの元に訪れる前に、化石を譲ってくれたある人物からはそろそろ連絡を入れた方がいいとは言われたが…まさかこんなにも早く見つかるとは思わなかった。
「……………」
いや、そもそも連絡なんてするつもりは無かった。
シンオウ地方から遥か離れたこのイッシュ地方。ここまでくれば彼女に見つからず、と安心していた。初めはカントー地方に次はジョウトと転々としてきたのだ。ジョウトでは身分を隠し駅員として働いていた。だが、何かが違うと気付き始めた頃にイッシュ地方にあるギアステーションの話しを聞き、間違えて此方に来てしまったかと急いでリニアステーションの駅長に話をした。
ギアステーションに異動したい事を告げれば、今丁度駅長代理を探していると言う事、ジン自身ポケモントレーナーである為良かったら代理としてギアステーションにいって欲しいと言われた。
性別を偽って働いている事を咎める所か、いきなりギアステーションに異動したいと言う理由を深く聞いて来なかった駅長。
戻ってきたらまた話そうと言う約束で異動の許可を頂いた。此方で上手くやっておく。だから、安心して、行ってきなさい。
その台詞に、自身の足はつかないと思い込んでいた。が、実際シロナに見つかってしまった。
『(ダイゴめ余計な事を)』
ポケモン協会会長直々公認トレーナーの一人の顔を思い浮かべる。
君の足跡は僕が上手く消しておく。だけど、何かあった時ように連絡先を教えて欲しいな?
なんて言うもんだから仕方なく教えたが……舌打ちを零す。
ポケモン協会の一部の人間としかコンタクトをとっていなかった(ダイゴと一部の事務員)ジンだが、彼女に居場所を知られてしまった以上ポケモン協会会長の耳にも届いたに違いない。
何せ数十年も行方不明だったトレーナーが見つかったのだ。直ぐに自身の膝元へと戻したがるだろうが、今ジンがついている仕事によりいくらか断る理由になる。
『(ダイゴとポケモン協会にいる事務員の姉さん達に連絡するか)』
もう、自分の事を知らないフリそして足跡を消す作業はしなくていい。と。
ふと、自身へと振り返る彼女…シロナの姿を思い出す。同時に胸の中でぐるりと蠢く感情に、ジンは静かに目を閉じる。
『クソくらいだ』
誰にも拾われる事のない呟き。そして、静かに瞼を開く。
ああ、やることが沢山有りすぎる。
これからの事を考えると、全てを投げ出したくなる気持ち。それを打ち消すように壁へと背を預ければ、小さな影が空から降ってくる。
「エーボ!」
尻尾には小さな箱一つ。壁を上手く移動しジンの前へとやってきたポケモンは、にっかりと晴れた笑顔を咲かせる。
ありがとう。
二本の尻尾から箱を受け取れば、キラキラした眼差しでジンへとしがみつく。
苦笑を浮かべた彼女は箱から一つのアイスを取り出しエテボースへ。もう一つ掴んだと同時に腰元にあるボールを投げつれば、一体のポケモンが姿を現す。
轟々と燃え上がるその炎に目を細め、食べるだろ?とアイスを差し出せば、彼は柔らかな笑みを浮かべアイスを受け取る。
箱に残された最後のアイスを手に取り、吸いかけの煙草を落とさないように近くのドラム缶へと置いたのだった。
了
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