博物館裏館が爆発した。建物を揺るがす振動は外で待機していたパトカーまで震わせる。
ガラスが飛び散る。同時に黒い煙が上がった。外へと避難していた人、騒ぎを聞きつけた群集が悲鳴を上げる。
なんだ!?
爆発?
避難しろ、走れ!
と四方八方から悲鳴があがる。だが、その隙に待機していた警察がポケモンを引き連れ、建物へと一斉になだれ込んだ。ぽっかりとあいた穴。立ち込める黒煙を払いのけ、タブランを引き連れた彼等が声を荒げた。
バタバタと慌ただしい彼等は黒煙にむせながらも、ポケモンへと指示を出す。
「動くなポケモンハンター!我ら警察がお前たちの身柄をーー」
相手の行動に制限をかける。そうしてタブランから放たれたサイコキネスだが、何も掴めずに空を舞う。
なだれ込んだ警察だが、目の前に広がる光景に呆然と立ち尽くす。
爆発が起きた部屋はその衝撃を受けており、部屋としての原型を留めていなかった。割れたガラスの破片は頑丈な壁へとのめり込み、床から天井まで真っ黒に焦げた跡。周辺に横たわる機器は熱く、爆発と熱を浴びたのか酷く歪み一部溶けかかっている。散らばる紙切れは未だに燃えており、メラメラと存在を主張する。
「う…うっ……」
うなり声だ。瓦礫の下から聞こえたそれに、生存者かと警察は慌ただしく動いた。
数匹のタブランを使い、引き上げられた瓦礫。
その下から発見されたのは、ジャケットを着込んだ数人の男達だった。ポケモンの技だろう。何か白いものに拘束された彼は動けず、瓦礫の下敷きと成っていた。
「救急車を!」
無線機を通じて警察が叫ぶ。あわあわと走り回る警察は、あれやこれやと動き回る。
ポケモンハンターを確保!至急、搬送先の病院に連絡しー!おいマスコミを押さえてろ!
飛び交う怒涛。
彼等がせわしなく動く中、激しく軋む一つの扉が開かれた。
「た…助かった」
膝から崩れる様に座り込んだのは一人の研究者。埃をかぶりむせる彼に気付いた警察が、彼に駆け寄った。
「怪我はないですか?」
「た、多分」
埃を吸いすぎたらしい。盛大に咳き込む研究者へと、一人の警察が毛布を被せ背中をさする。
「あなた此処の研究者ですね。他に人は居ますか?」
その問いかけに、彼はびくりと肩を震わせる。
一拍、静かに首を振った彼は、震えながらいいえ。としずかに答えるのだった。
* * *
『此処をまっすぐ行けばシッポウシティに戻れる』
シッポウシティの町並みを見下ろせる丘の上に2つの人影。一人は町を指差し、一人はコクリと小さく頷く。
シッポウ博物館を取り囲む車と人の波。全てが粒の様に見えるこの場所に、気づくものは誰も居ないだろう。
埃を被るジンがコートを叩く。同時に巻き上がるそれに、後ろにいたフライゴンが抗議の声を上げる。目を細めたジンがてめーもだろと投げ捨てた。
同時にハッと自身の身体を見下ろしては、直ぐに全身を震わせる。
「あの……」
風の流れかフライゴンにまとわりつく埃がジンを襲う。鬱陶しそうに手で払う存在に、隣で町を見下ろしていた少年が声をかけた。
「さっきの人追いかけるの」
『……いや』
シッポウシティとは逆の空を、ジンは静かに見上げた。
爆発が起きた直後壁に穴が開いた瞬間、マタドガスを繰り出した彼は黒煙に紛れ飛び出した。すぐさま後を追い掛けようとしたジンだが、何故か少年を持ち抱え研究者の首を掴んだ。
混乱する研究者に何かを伝えては、すぐさま外へ。彼同様に黒煙の中へと飛び込んだのだった。
あの男を追いかけて飛び出た筈なのに、何故かヤグルマ方面へと緩やかに飛ぶフライゴン。そして丘に降り立てば、町へと戻る道を教えてくれる。少年には理解できなかった。
いや、もしかしたら少年を置いた後に彼を追いかけるのかも知れない。
ならば始めっから少年を研究者と共に置き去りにし、一人で後を追えば良かったのでは?
『おい』
「え?」
隣に立っていたジンが、少年の目線に合わせるようしゃがみこむ。ハイライトのない鋭い眼差しが少年を刺し、足元が微かに震えた。
『今回の事件は誰にも言うな』
「え?!」
シッポウ博物館を襲撃した謎の男達、研究資料強奪、そして爆発。これらの事件に巻き込まれた少年。明らかに警察が保護する対象である。保護し同時に現場で起きた出来事を、警察へと話さなければならないのも知っていた。しかし、ジンは誰にも言うな。つまり、話すな。と言ってきた。
どういう事?
『巻き込まれたと言った所でこの事件にお前が関わった事により、警察だけでは無いネタ欲しさに這い回るマスコミが大群でお前を追いかける』
『それだけじゃない、お前を見る周りの目も一変する時だってあるんだ』
『噂は尾鰭を引き、お前にマイナスな印象を抱く者もいる』
そうなればどうなる?
ジンの言葉に少年は身震いした。
学校の友達、先生、近所の人に、それから……お父さん。
だけじゃない、あの子だってもしかしたら……。
少年は息を飲み込んだ。そしてすぐさま首を振り肯定の意をあらわした。
自分を取り囲む周りの目が変わる。
ぞわぞわとした感覚が少年を襲う。
怖い。
無意識に力んだ少年だが、同時に抱き締めていたその鳴き声に思考が引き戻された。
「アー」
アーケンだ。
被されたフードを自身で払いのければ、露わになったその顔に少年の口元が綻んだ。
「ごめんね、苦しかった?」
「ー、アー!」
冷たい風が吹き出した。それに驚いたアーケンは身震いし、再びパーカーの中へ戻ってはひとなきする。
『アーケンに懐かれたな』
「え?」
『そのアーケンは私が化石から復元依頼していたポケモンだ。だが………』
もぞもぞとパーカーが動く。子供ならではの温かい体温がよいらしい。目を閉じて再びアーケンが鳴いた。
『ほら』
渡されたのは赤と白のモンスターボール。静かに立ち上がったジンに、少年はいいの?と首を傾げる。面倒くさそうにジンは首を掻く。
『そのアーケンは復元されたばかりで身体が弱い。ついでに免疫力も弱い、無理なバトルは禁物だ』
「う、うん!」
『わからない事があったら、あの研究者に聞いてこい。話は私からしておく』
「わかった」
フライゴンが鳴いた。埃を払い終えたのか、どこかツヤツヤした身体が羽を広げている。
再び冷たい風が吹く。パーカーの中のアーケンが震えた。
「僕、ポケモンセンターにいく!」
『ああ』
アーケンと倒れたデンチュラを診てもらいにいくのだろう。
此処からシッポウシティまでは人工的な街道が続く。野生のポケモンが出てくる事も無ければ、街道に居座るトレーナーも今頃博物館の事件を見に行っているに違いない。バトルを申し込まれる心配はない。
少年が走り出した。
まっすぐまっすぐ、シッポウシティ方面へと続く街道へと。
ふと、くるりと回る。その場に立ち止まった少年がアーケンを抱えながら叫んだ。
「僕、お前って名前じゃない!」
やまびこを伴う子供独特の声は、ジンとフライゴンへと伝わる。
「僕の名前はクダリ!」
ニット帽を上げ、分厚いメガネが光る。
「いつか、絶対、あんたを倒してやるトレーナーだ!」
まっすぐにジンを指差した。
「名前!覚えててよ!」
それから、
「アーケンありがとう!」
埃を被った少年が遠くで笑った。そしてすぐさまジンへと背を向けては、シッポウシティへと走って行った。
取り残されたジンとフライゴン。
頬を撫でるのはヤグルマの森を吹き抜ける風だ。
『逃がしたのは痛いな…』
「……?」
『そこらへんは後でなんとかするか』
『まぁ、とりあえず、結果オーライだな』
フライゴンが首を傾げる。
同時に腰元につけている一つのボールが揺れた。鮮やかなそれを静かに見送ったジン、コートに両手を突っ込みまだら模様の空を見上げひと息はく。
浮かび上がる息は白く、何故か儚く見えた。
了
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