Wアンカー 運休編 | ナノ





『本人のじゃないのか?』

<ええ、私の弟が前使っていた物を貸したの。あの事故のせいで、無くしたって聞いてたから諦めてたわ>

『ついでに帽子も見つかったぞ』

まぁ、もう使えないだろうがな。
その台詞を聞いた山男の彼は分かってたわよ、と小さく返す。

『どうする?』

<一応取りに行くわ。使えなくなっても"落とし物"には変わりはないもの>

明日、私が行くわ。よろしくねジンちゃん。

通信が終了。黒く塗りつぶされた画面が自身の顔を映し出す。赤とオレンジのラインが入るライブキャスターはジャケットの内側へ。ふと、指先に触れた煙草。無性に吸いたくなるのを我慢した所で、アナウンスが流れ出す。

《チャレンジャー、最終車両に到着しました》

《チャレンジャー7車両目に入ります》


車内へと告げるアナウンス。背を向けていたジンが向き直り、顔を上げた。
同時、鍔越しに隻眼が線を描く。


『物好きなトレーナーだ』

首を傾ければ、コキリと軽い音が生まれる。普段煙草をくわえている唇からはため息がこぼれ、呆れると言う表現を表す。

バトルステージ用にと若干広く作られたトレインの向こう側。其処には鮮やかな色を纏う少年が立っていた。
被っていたフードを外せば、白に近い銀髪。瞳を遮る厚いメガネ越しにジンの姿を捉える。


「ちょーせん!しにきた!」

赤と白のボールを翳した少年に、ジンは目を細めた。
鍔越に少年を見つめるその目つきは、まるで何かを探っているかのようにも見える。

だが、それに誰もが気づかない。
挑戦者の少年も、バトル映像公開撮影班すらも。

撮影用カメラが動く。耳朶に挟む型の小型無線機から、カメラが回る合図が聞こえた。
白い手袋をはめたそれが鍔に触れる。
同時、車内のブザーが鳴り響いた。


《ダブルトレイン!バトル開始!》

車内に鳴り響く合図に、二人のトレーナーがボールを繰り出すのは同時だった。


「デンチュラ!ダブラン!行くよ!」

『ニョロトノ、ドクロッグ!スタンバイ!』

赤と白の2色ボールが2つ
白と青に赤ラインが入るボールが2つ。チャレンジャーと駅長代理のバトルが始まった。
開閉音と共に飛び出してきた影は4体。ボールから出てきたと同時に、相手を威嚇するかのように高らかな声を上げる。
ニョロトノが一鳴き。
途端に、先ほどまでなかった雨雲がトレインの天井を覆い尽くした。ゴロゴロと轟音を含む雨雲は、すぐさま冷たい小粒を生み出す。重力に引っ張られた雫達は一斉に地へ。
トレイン内が一気に水浸しのフィールドへと変貌した。


「ダブランひかりのかべ、デンチュラドクロッグにでんじはだよ!」

『ニョロトノハイパーボイス!ドクロッグ、ダブランにどくどく!』

我先にと先手を打ったのはチャレンジャーのデンチュラだ。デンチュラは小さな前足を動かし、小さく鳴く。刹那、全身の毛を逆立てるかのように体を膨らませ、小さな二本の足を伸ばす。足の間から吹き出されたのは粘り気を含んだ電撃。真っ直ぐに突進してきたドクロッグにヒットするも、その足は止まらない。

電磁波を浴びたドクロッグ。振り上げた左手が赤黒く光り毒々しさを醸し出す。ニタリと笑い、ダブラン目掛け振り落とされた。だが、まるで見切るかのように体を反転。軽やかに回避したようにも見えたが、追撃態勢を取っていたドクロッグの姿に気付いて居なかった。開けた視界と共に映り込んだ世界でニヒルな笑みを浮かべたドクロッグは、再び回避される前にと透明な体に左手を叩き込む。
ぐらりと崩れたダブランが声を上げる。左手を引っ込めたドクロッグが身を屈め、脚力を利用し後退。

ダブラン、早く壁を、と目で追っていた少年がハッと気付く。ドクロッグの影から現れた存在に。

後退したドクロックの真後ろに居たのだろう。腹をパンパンに膨らませたニョロトノが、対立する2体を視界に映す。
ぴょこんと跳ねた触覚が揺れた。
刹那、ニョロトノのハイパーボイスがクリティカルを生み出す。開かれた口から放たれた衝撃波は、避けきる事が出来ず真正面から浴びてしまった。
軽い体のダブランは吹き飛ばされ、車内の壁へと激突。一方のデンチュラは、床へと糸ををはっていたらしく、2、3歩後退する程度で済んだ。
叩きつけられた体を無理やり持ち上げたダブランが鳴く。チラリと少年を見やるもすぐに真正面へと向き直る。小さな手を動かせば淡い色に輝く壁はピシリと音を立てて姿を表す。も、空気に溶けるかのように消えてゆく。


「まだまだいくよ!」


ダブラン、ドクロッグにころがるだよ!

気合いの入った声。
それはカメラを通し、モニターを眺めていたトレーナー達に興奮を与えていた。
ワッと湧き上がる声援は少年には届かない。だが、無線越しに伝わるそれに、ジンは無表情だ。

ダブランの攻撃がドクロッグへヒットする。よろめく体を支えるべく、ダン!と立ち直す。未だに攻撃がやまないダブランを突き飛ばすも、吊革にしがみついていたデンチュラに気づき咄嗟に顔を上げた。


「デンチュラかみなり!」


息苦しい空間に響き渡るのは呻き声。厚い雨雲の隙間から、チラリと覗く輝きにドクロッグは後退した。
だが、フィールドは雨雲。
絶対命中となったかみなりをドクロッグが回避する方法はなかったのだ。

息を飲み込んだ瞬間。
一直線に輝くそれ。視界を奪うかのように眩いかみなりが、ドクロッグに直撃した。



ズドン!!!



激しい地響きと共に鼓膜をつんざく如くの轟音。
挑戦者とモニター越しの観戦者達は耳を塞ぎ、目を閉じる。
激しいかみなりの影響か。備え付けられていたカメラが小刻みに震え、車内のポール等がパチリと火花をあげる。
車内にたち込める灰色の煙。
ドグロッグを中心とした位置から白い煙と共に漂うの何かが焼けた焦げ臭さ。

少年は咳き込みながらも鼻を押さえやった!と声を上げた。
次はダブランに指示を。

ドグロッグを倒したと確信した少年は次なる指示へと入る。だが、バトルとは自身が描くようにそう簡単には行かない。


『ニョロトノ、波乗り!』



雨が降りしきるトレインの中にそれは響き渡る。
立ち込める煙を打ち消すかの如く激流を引き連れた波が現れた。
ニョロトノが操る水の濁流。濁りを帯びた水が、デンチュラとダブランに襲い掛かる。

フィールド全体攻撃となる波乗り。近くのポールにしがみつく少年をも飲み込む。押し寄せる激しい水流に少年は懸命にしがみつく。
だが、今はバトル中である。
デンチュラとダブランが気になった少年は、水の中でうっすらと目を開けた瞬間写り込む光景に驚いた。

ダメージを受け、流されるまいと近くの椅子にしがみつくデンチュラとダブラン。その向こう側。完全に水に浸かっているニョロトノの隣で、ドクロッグが何食わぬ顔で立っていた。
全体攻撃である波乗りにドクロッグは巻き込まれている筈。多少なりともダメージを受けていても可笑しくない所か、かのポケモンは変わらず其処に立つ。否、可笑しい所に気がつく。
先ほどまでデンチュラとダブランから受けていた傷が消えかけている。


どう言う事か。


水が引き、波乗りのダメージをうけたダブランとデンチュラが体についた水を飛ばす。デンチュラはまだ大丈夫だが、進化を未だしてない耐久性の低いダブランはよく持ったほうだと言える。

チャレンジャーの少年、クダリは二匹に目を配る。

まだまだいける!と言わんばかりに気合いの入った二匹の掛け声に少年は再び前を向く。

天候は未だに雨。
狭い車内で降り続ける雫をうけたドクロッグが笑う。
同時にドクロッグの肌へと吸い込まれていく水とともに微少ながら体力が回復。続いて持ち物であるくろいヘドロの効果により傷は全て癒え、バトル開始時の頃のドクロッグが出来上がる。

少年は目を見開く。
何だこのポケモンは。雨で、水で、アイテムで回復するポケモンなんて知らない。
もしかして、このトレーナー、ポケモンに改造を…!と抱いたと同時にそれは言葉を発した。


『チャレンジャー、乾燥肌と言う特性を知らないのか』

「か…ん、乾燥肌?」


初めて聞いたのか困惑と混乱が混じる表情となる。
その空気にジンが舌打ち。これが聞こえたのは通信連絡を取っている従業員にしか聞こえてないだろう。
通信機越しに駅長代理と声がする。

わざわざ返してやる必要なんてない。

苛立ちを打ち消すかのように次なる指示へと出た。






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