Wアンカー 運休編 | ナノ







《キノハ!》


機械から発せられた何か。
聞き覚えのある声だと、画面を見やれば其処にいた従業員達は目を丸くする。麗しいあの女性と、駅長代理が抱き合う姿。誰が操作したのか分からないが、小さかった画面がフルクリーンへと勝手に切り替えられる。
遠巻きに見ていた他の従業員達も、唖然とし監視カメラの映像を見上げていた。

〈たっそ、いゆてさ〉


続けて金髪の女性の声。彼女より頭一つ分デカいジンの身長。枝のように細い手でジンの制服にしがみついた。
流れる様な金髪がジンの左胸に埋まる。それに答えるかの様にジンの頭が下がり、女性の髪へと頬を寄せ目を閉じた。


〈ぶっそらだきせみさおも…わはさおよそ〉

《………ぬやはみ》

金髪の女性とジンの声だ。抱き合う2人の姿は何故か目を引き寄せるかの様な、艶めいた雰囲気を醸し出す。2人だけの世界と言っても良いだろう。画面を見上げていた従業員は頬を染め、中には目をそらしあー、うー、と居心地悪そうな声を上げた。

しかし2人が発する言葉に疑問を抱くものも居た。
いま、あの2人はなんと言った?
隣の従業員と顔を見合わせれば、相手はさぁ?と首を傾げるだけ。


〈何故連絡をくれなかったの?〉

聞き慣れた言語。再び顔を上げれば、お互いが見つめ合う姿が映し出されている。

《悪い。色々あって連絡する暇が無かったんだ。しかし、どうやって此処が?》

〈イッシュ地方にも博物館は有るでしょ?其処からよ〉

《本来、個人情報は流れない様にしている筈だが?》

〈あら?私を誰だと思ってるの?〉

ジンの背中に手をまわしながら、女性は首を傾けながら零した。

《はは。悪い人だ》

和やかな雰囲気が2人を包み込む。

少し離れた2人が笑った。
そう。
笑った。
あのジンが笑ったのだ。
皮肉なものではない。タバコをくわえ嘲笑うものでもない。女性へと向けた柔らかい笑みである。柔らかい、綿菓子の様な笑みを浮かべたのだ。


〈やっと追いついたで…!〉

聞き慣れたコガネ弁。この声は……確か駅員の……と言いかけた所で、フルクリーンが勝手に解除された。いつもの小さなパネルへと切り替われば、今し方ジンがやってきた廊下から二匹のポケモン。そして、一拍置いてから一人の駅員が姿を現れる。金髪の女性に気が付くなり、嬉しそうな声を上げては2人にタックルするエテボースとポワルン。その後ろではゼェゼェと肩を大きく揺らす彼、クラウドが画面へ映されていた。

〈あんた、いきなり走り出してなにがあって……〉


顔を見上げた。
2人の様子を捉えた彼は状況を把握。視線を逸らしては姿勢正しく立ち上がる。

〈お客さんが来てるなら言うて下さい〉

様子から見てジンの客人だと分かる。すぐさま営業モードへと切り替わったクラウドは、疲れた顔を隠すかの様に制帽を深く被り直す。

〈あなた駅員さん?〉

〈はい。バトルサブウェイトレーナーも兼ねております。クラウドいいます〉

〈ふふ。あなたコガネ弁のトーンね〉

〈コガネをご存知で?〉

〈ええ、調査でジョウトへと向かう事があるの〉

ああ、そういえば、自己紹介がまだだったわね。
金髪の女性がジンから離れる。カツンとヒールを鳴らした彼女は、真っ直ぐとクラウドを見つめれば真正面から捉えた彼女の美しさに目を奪われる。


〈私は………〉


プツン。


《…………え?》


従業員達が凝視していた画面に自分達の顔が映り込む。
ブラックアウト。
まるで使われていないかのように、黒で塗りつぶされた画面が彼らを映す。
どういう事だ?
一人のオペレーターがパネル操作をする。次に浮かび上がる透明なキーボードへと文字を打ち込む。が、反応はない。

「ちょ…良いところだったのに!なんで!」

パチパチとパネルを操作する他のオペレーター。画面を見上げていた従業員達も何が何だか分からない状態だ。と、他のパネルを操作していた一人のオペレーターが声を上げた。

「げ!回線が切れてる!」

しかも皆が見ていた監視カメラだけの回線が。
その言葉に司令部からは不満の声が響きわたる。タイミング悪すぎだろ!誰だよ弄ったやつ!
好奇心であふれた彼らを止める事は出来ない。あれやこれやと手を打ち監視カメラの復旧へと回りだした。
その誠意を仕事に回して欲しいと遠巻きにみていた従業員、ふと隣に浮かび上がっていた監視カメラの画面。


「………あ、ジンさん」

刹那、従業員達の視線を集めた。
従業員用の通路監視カメラ。映し出されたのは先ほどの金髪女性とジンの姿。隣に並んでは廊下を進む。その先は誰もが知る駅長室。

2人とは別の何かが廊下を走った。エテボースとポワルン。だけではない。蒼を纏う人型のポケモン、ルカリオだ。
エテボースに手を引かれながらルカリオは廊下を走る。時折、踊るかの様にぐるりと二匹で回っては再び走り出す。釣られてポワルンも回り後を追いかける姿は微笑ましいものである。
このカメラには音声を拾い取る機能はついていない。映像を映し出すだけの機能では、2人がどんな会話をしているのかは分からない。


「あー、惜しかったね」


誰かの声が内部へと響きわたる。
見逃した。大切で一番重要なシーン。
あの女性が誰であり、駅長代理の何なのか?

好奇心でいっぱいな彼らにとって、重大とも言えるシーンを見逃してしまった。
ジンへ聞くにも聞けない。
何せ自分達は監視カメラと言う手段で、ジンのプライベートとも言えるシーンを見ていたのだ。下手したらクビをきられる場合もある。

「でも、何だか意外」

「なにが?」

「駅長代理が笑った事」


深く椅子に腰掛けた従業員。思い出すのは、あの女性へと微笑んだジンの横顔。従業員に対して非道であり容赦ない。人間味のかけらないと言われ続けているジンが、感情を露わにした。しかも、他人が見てわかりやすい感情をだ。


「ちょっとだけ、ジンさんに興味できたかも」

ぼそりと呟いた言葉は誰かに拾われる前に、従業員達の声の中へ紛れ込んでしまう。
そんな最中である、一人の従業員がポツリと零した台詞。
「せめて、クラウドさんに話聞ければな」その瞬間、室内は一気に静まり返った。



「ういーっす!お疲れさんー」


先に休憩へと入っていたグループの一人が帰って来た。後に続くかの様に他の従業員達も続々と室内へと入り込んでくる。背伸びをしさて仕事だと意気込む者も居れば、まだ口内にて食べきれなかった昼食を噛んでいる者もいる。

「おー!ちゃんと全員居るな?よし、残った奴らは休憩に……」

瞬間、残っていた従業員達は一斉に部屋から出て行った。財布を持ち連絡用のインカムを忘れずに、彼等は揃って部屋を後にした。
廊下を慌ただしく走る音。なにやら地響きが聞こえるのは気のせいであって欲しい。

先に休憩へと入っていた従業員は首を傾げる。
アイツ等なんかあったのか?
その問いかけに対して誰一人、答える事が出来ない。

従業員達が出入り口を見送る最中、黒に塗りつぶされていた液晶画面が光り出す。音を立てずに勝手に起動した画面には、先ほどまで3人がいた室内が映り込む。

小さな影が横切った。


しかし、これに気が付く者は誰一人として居なかった。






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