Wアンカー 運休編 | ナノ






「あっ……ボ…クっ…その」


一人の少年がいた。
身を丸め、観葉植物の影にいた少年。ニット帽と分厚い眼鏡の向こう側、怯えた色を浮かべていた。
何故此処に子供が?此処は関係者しかはいれない様になっている筈。受付カウンターにて無関係が入らない様にと入り口を監視しているのだ。もし、人であれポケモンであれ此方側へと入ってきた瞬間、研究者と警備員へと連絡が入るはずだが……

ジンの眉間が更に深まる。同時に長いため息を吐き、お前、めんどくせえ奴だな。と吐き捨てる。
その言葉に少年はびくりと震え、研究者が首を傾げる。
二人の雰囲気からして仲がいいと言う訳では無いらしい。ジンが少年を嫌っているかのような口調、そして少年はジンの様子に怯えている。

お知り合いですか?
チラリと見るもジンからは返事がない。が、座り込む少年を強引に立たせては、研究者へと振り向いた。『あんたはガキ連れて先に行ってろ』

「ジンさんあなたまだそんな事を…!」

『足手まといが二人とか邪魔すぎんだろ』

それとも、あんたポケモンバトルは得意か?
そのセリフに、ジンが何を考えているのがわかった。


「この通路を真っ直ぐ行くと、左壁に緊急避難通路があります。通路は博物館裏手側に続いてます」

何かあったら其方を。

ジンが手を振った。
その姿を確認した研究者は少年の手を取り、通路を駆け抜ける。引っ張られる形で少年も走る。今起きている現状、未だに理解出来ない少年は何か言いかけた刹那遠くで風がふいた。

振り向いた。

悠然とするジンの向こう側。
こじ開けられた扉から現れたのは、厚いベストを着込み黒光りするサングラス。傍らにはポケモンの姿。

ネットの掲示板で噂されている一団とそっくりな格好。もしかして、あの人達ーー。


「まさか……なんで此処にっ!」


ジンと対立する隊のひとりが後ずさる姿を最後に、少年と研究者は隣の階へと移動した。









「此方ポケモン復元チーム担当のキュウです。博物館内にいた方々は大丈夫ですか?」

<はい。警報機が鳴ったと同時に皆様を外に避難させました。研究室にこもっていた研究者も既に避難済みです>
しかし……化石達が


それを聞いた彼は通信機を無言で握りしめた。
建物内のとある一室大きな影と小さな影計二つ、息を殺しながら身を潜めている。
本来であれば非常時に使われる避難用通路を使って外へと出ている筈だが、通じている筈の通路が岩で塞がれていた。
きっと先ほどの彼等が塞いだに違いない。

一時的に別の部屋へと避難していた彼は、外部と連絡をやりとりする。今外で起きている事、来場者や従業員、研究者達は無事に避難出来たか?
ノイズ混じりの無線内容に、研究者は耳を傾ける。

今起きている現状。
謎の犯罪者は幾つかのグループに分かれ、研究ブースへと侵入。彼の的中通りに相手は研究資料及び化石に手を出している事がわかった。
従業員の人数を確認すれば、自身以外皆居るとの事。
警報機が鳴った際、博物館にいた来場者も避難したらしい。


「わかりました。私たちはこのまま隠れています」

何かありましたら、此方からまた連絡します。
そう言って彼は無線のスイッチを切った。

研究室から繋がる小さな小部屋、もとい物置部屋で研究者は息をはいた。
この部屋に入ったが、室内が酷く荒らされていたのだ。脳裏に嫌な予感がよぎりまさかと調べれば案の定、纏めた貴重な資料がごっそり取られた後。

せっかくの研究資料がと肩を落とすものの、彼らには最早用済みな部屋。此処に戻ってくる事は無いと抱いた彼は、この部屋で身を隠す事にした。
小さな子供も居るのだ。下手に動き回れば危険度が増すだけ。事が治まるまで、息を潜める。


「あの」

「ん?ああ、えっとね……とりあえず警察が来るまで待機って事かな。暗く狭い場所だけどおじさんいるから安心し……」

「ジンさん、此処へ何しにきたの」


予想外の質問だった。こんな状況下だ。怯え、親を恋しがっているに違いないと思っていたが……。


「ジンさん?」

「うん、ボク、あの人追いかけてきた」

ジンさんの追っかけだろうか?テレビや雑誌で見ることの無い人物だが、バトルサブウェイ責任者及び駅長代理の職につくトレーナーだ。彼に憧れるトレーナーも少なくはないだろう。
この少年に対してのジンの態度を思い出す。

うん、追っかけだろう。研究者は一人勝手に決め込んだ。
あんまり個人的な情報は言えないが、これくらいの情報なら問題ないだろう。


「化石を復元しに来たんだよ」

「化石?ポケモンの?」

「そう」

化石の展示と同時に、実力あるトレーナーへと託される特別なポケモン。出現場所及び入手ルートがこれと言ってはっきりしていない。

「ジンさんは、あるポケモンの復元依頼をしていたんだ」

「復元!どんな?!」

「えっとね、確か………」



「急いで移動しろ!」

「「?!」」

暗い室内の中、二人は同時に青ざめた。
少年は帽子を押さえ研究者は険しい顔つきで扉を少し開ける。

人影が部屋に入ってきた。ジンでも研究者でもない。ベストを着る彼らだ。

「そのトレーナーに構うな、さっさと逃げてこい!」


無線機片手に叫ぶ男の姿。少し見回せば他の人影も確認とれる。
いつの間に入ってきたのだろうか。研究者は喉を鳴らし、向こうの世界を睨みつける。

「研究資料と化石の回収は完了している。急いでこの場から離脱する!」

そのセリフに研究者の胸が苦しくなる。
やはり、彼等の目的は研究資料と化石達。日々研究に明け暮れ、無事に復元されたポケモン達。喜び合った研究者達の姿が脳裏を過ぎ去る。
自身達が積み上げてきた努力の結晶が、こうもあっさり目の前で奪われていく瞬間に彼は歯を食いしばるしかできない。
研究資料が、古来から現世へと姿あらわした化石達が……。

「!」

小さな温もりが研究者の指を包む。
視線を降ろせば、小さく丸まった少年の帽子。
怖いのだろう。触れる指先が震えている。
わかっている。自身が優先すべきものは研究資料でも未だに眠る化石でもない。

少年を無事に−−−



「アー!アアアーー!!」


波紋は更なる波紋を引き寄せた。


「リーダー!こいつが!」

研究者と少年、そしてベストを着る集団が居る部屋へと、別の人影が飛び込んできた。だが、両手内で激しく暴れ泣き叫ぶそれにより、最後のセリフは打ち消される。


「向こう「アアー!」カプ「アー!!」にいたポケ「アーアー!」んすけど、こいつさっきか「アアア!!」うるせえ!!」

小さなそれが激しく泣き叫ぶ。室内に響き反射する声は、その場に居合わせた彼等の耳を塞ぐ。
耐えきれないと何人かの人影が後退。リーダー格の男が眉を寄せているのが見える。
少年の居る位置からでは見えない。が、研究者がマズいと小さく零す声に、少年は首を傾げた。

部屋へとやってきた彼はリーダー格と思われる男性とやりとりするが、掴み取るそれは変わらず叫び続ける。
未だに泣き続ける鮮やかな何か。

近くに居合わせた彼等もだが、一番の被害者はそれを持ってきた彼だ。

彼はうるせえ!!と怒鳴りあげては、両手で掴んでいた小さな羽を片手へと持ち替え床目掛けてーー


「「!!」」


叩きつけた。

冷たいタイルの上で弾いた何か。泣き叫んでいた声がピタリと止まったと同時、赤い羽毛が宙を舞った。


「商品に傷を付ける奴が居るか!」

「でもよ!こいつ俺の言うこと聞かなくて…!」

「カプセルの中に居たんだろ?復元されたばかりのポケモンだ」

よりによって、すり込みしやすい時期だと言うのに…!

彼等が口論するのが聞こえる。
が、今は彼等の言葉よりもだ。

今度は研究者が震えていた。少年は彼の顔を覗き込めば、色の無い感情を浮かべ涙を浮かべている。

少年は目を丸くした。なにが起きたのか分からない。ここからでは見えないのだ。
どうしたの?

少年は僅かに開かれた扉を覗き込み、言葉を詰まらせた。

床に散らばる黄色い羽毛。未だに宙を舞う羽毛は落ちてくる様子がない。
その中で羽根の抜けたであろう何がいた。小さい小さい何か。
ピクリとも動かないそれは
ポケモン。

ポケットに入れていたボールが震える。
同時に
少年は眩しい世界へと飛び出した。


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