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ゴツゴツとまるでバックパッカーや山男、ポケモンレンジャーの様な音を鳴らしてそれは進む。

本来革靴やローファー等が鳴るであろう其処に、不釣り合いな音にジャッキーはつい眉を寄せてしまう。

駅長代理、ジン。
高いバトルセンスと真面目に取り込む仕事姿勢は高く評価出来るものの、身なり、言動、そして纏う雰囲気に周りの従業員達は一本線を引いていた。

ジョウト、カントー地方で注目されて居るリニアステーション。其処を統括する駅長の御墨付きで派遣されたジンだが、どうもその身なりからして彼方から追い出されたに違いないと言う。

勤務中だと言うのにも関わらず、裏の駅長室では常に煙草をくわえている。流石に禁煙となるステーション内では、くわえる事はしないもののイライラした時に覗く鋭いウィンディ牙にゾッとする。

高い身長も持ち合わせ、そんな駅長代理ジンがホームを歩けば流石にお客様もたじろぐだろう。そう考えるのが普通だった。



「あ!ジンさん!」

高いソプラノの声。それは明らかに女性特有の物であり、カツカツと鳴らすのはヒールに違いない。

近くで電工掲示板の点検を行っていたジャッキーが、バレない様にと視線だけを上げる。すると、同時に横切って行った影に、彼はあれ?と首を傾げ後を追った所でそれが何なのかを理解した。


「ジンさんやっと見つけた!」




グレーのジャケットを羽織り、制帽の唾をつかみ小さく礼をすれば2人の男女がジンの元へと駆け寄って居た。
先に走り寄っていた女性にやっと追い付いた男性が、息を切らして居るのが分かる。
そんな2人を感情の籠もらない眼差しで、小さく首を傾げながらジンは言葉を紡ぐ。


『いかがされました?』


男性にしては高く、しかし女性にしては低い中性的な声はジンの身なりに合っており違和感を感じさせない。
やはりお客様相手なのだろう。普段荒々しいその口調は抑えられ、敬語となっている辺り仕事を放棄しては居ないらしい。

「実は彼と一緒にお礼が言いたくて!」

今、ジンさんの元へ行く途中だったんです!丁度良かった!
と男性が紡げば、隣に並ぶ女性がうんうんと頷く。その言葉に僕は、ああ、またか。と向けていた視線を再び電工掲示板へと戻した。

このギアステーションを多く利用して貰う為には、まずお客様に来てもらわなければならない。
お客様がトレインを利用し満足すれば、また来たいと言う思いが生まれる。同時に自身の周辺の人間へと自然な口コミが呼び、更に利用者が増えると言うもの。
それはバトルトレインだけではなく、主に地下を巡りゆくトレインの利用者に当てはめる。
バトルトレイン利用者は確かに多いが、地下を走るトレインを利用する人の方が一番に多い。ポケモンの技、空を飛ぶを使えないものからすればイッシュ地方全体へと巡るトレインを利用する他ならない。
勿論バスやタクシーに車も有るが、それよりだったらトレインを選ぶ!と言う考えを根付かせなければなら無い。

となれば、先ずはギアステーションの改善。

常日頃ゴミ一つ落ちて居ないステーション。いくつものトレインが走る電工掲示板の見やすさ。休憩所に設けられたら大型テレビに、喫煙者向けの専用ルーム。窓口にはトレイン案内の従業員と共に並ぶ、観光案内専用ガイド員。

今までのサブウェイマスターと駅長達が試行錯誤して築き上げて来た結晶とも言えよう。
お客様を第一に考え、利用する際に困った所や要望等をまとめてはこうやって実践する。それによりお客様の好感度が上がり、また利用者が増えると言う仕組みだ。
電工掲示板の設置、休憩所の喫煙者専用ルーム等も先代達がお客様の声を聞きアイディアを出してできた代物だ。
開設時には利用者も増えたがある物が新設された途端、ギアステーションへと足を運ぶお客様が急激に増えた。それはどの歴代のサブウェイマスターが考えなかった案。

[女性専用車両]

と呼ばれるトレインだ。ここライモンシティはイッシュ地方のド真ん中に位置する場所の為、このトレインを利用して各シティへと向かう利用者が多い。
通勤ラッシュには二分に一回に7両編成のトレインがホームへと入る。人で混み合うトレイン内ではぶつかったりと何かとトラブルが多発する。同時に痴漢行為も……。
トレイン利用者が増えた事に関しては喜ぶべきだが、対して増えるのも不届きな思考を持つ輩。
ラッシュにて人で混み合うトレイン内は、隣の人と体が密着する程に混雑している。それに紛れて痴漢行為へと働く者が存在する。密閉された空間と目的地へと到着する時間。女性はその間耐えるしかない。

どれだけ対策をとっても、一向に減らない痴漢行為。歴代のサブウェイマスターや従業員達は頭を抱える問題だった。
それを解決する案を出したのが[女性専用車両]なのだ。

最後の7車両目を変えたその日から、女性の利用者はぐっと増え同時に安心する、助かった。と多くの声を貰った。

それがギアステーションへと移動し就任したばかりの駅長代理だと知れば、ジンを知らない人々は彼へと憧れの眼差しと尊敬の意を抱く。

ジンの身なりが歴代のサブウェイマスター達と異なる荒々しさ、バトルのカリスマ性に格好からは想像出来ない丁重な言葉使い。
背も高く男性にしては珍しいスラリとした体系に、女性ファンが多かったりする。加えての女性専用車両。

ジンへの好感度は上がる一方。勿論女性客だけでは無い。盲目の人向けの床パネルや点字と呼ばれる文字の設置、車椅子が通れるスペースを設けたりと様々な事をやってのけた。

それはクチコミで広がり、ギアステーションの特集がくまれる位に注目を集めた。

今までに全くない案を次々と考え付き、有言実行してからの成果は大きい。それはギアステーションの利用者、従業員へと影響した。


「女性専用車両の事なんです」


ほら、まただ。あれが新設されてからジンへと声をかける女性客が、急増中であり直接会えないと知ると中には手紙を渡して欲しい。と言うお客様までいる。
一方のジンは当たり前の事をしただけ。と返すのみ。
今日もそれと同じ内容のお客様らしい。


『女性専用車両に何か問題でも?』

「いえ、御礼を言いに来ただけなんです!」


ありがとうございます!
男女は一緒に頭を下げる様子に、ジンは声制帽の鍔を掴み深く被る。そしてそう言って下さると、案を出した甲斐があります。と一言述べた。
いつもなら此処で終わっているのだが、何故かその男女はジンの前から動こうとはしない。
何だろう。と電工掲示板に視線を向けたまま、耳だけを三人へと傾ける。


「実は、通勤ラッシュ時のトレインが怖くて、私今までトレインを使わなかったんです」

語り出した女性は他の女性と比べ、少しばかり小柄みたいだ。その小柄な彼女が男性で混み合うトレイン内は、さぞかし怖いものでしか無いだろう。

「いつもバスを乗り継いで一時間かけて、職場まで行っていたんです。でも、女性専用車両のトレインが出来てから……」

言葉は其処でプツンと途切れた。
今度は何だろうとチラリと盗み見れば、僕の瞳に映る女性は自身の腹を静かに撫でる仕草を取った。
え?………まさか?

お客様の仕草に駅長代理も気付いたのか、もしかして?とどこか抜けた声を発する。


「まだ、2ヶ月目何ですが」


照れくさそうに笑うのは隣に立っている男性。彼は長身の駅長代理を見上げては、にかりと笑みを浮かべた。


「女性専用車両が出来てから、彼女がトレインで通勤する様になったんです」

周りの人間に押しのけられるトレイン内では、まだ膨らんで居ない妊婦の腹を見極め気を使う事は不可能に近い。
トレイン内には様々なお客様で混み合う。ギターケースを下げるギタリスト。ケースを抱えるサラリーマン等色々。
それらのお客様が妊婦である彼女の腹に、いつぶつかって来るかは分からない。腹が膨らんで居ないのなら尚更だ。

何時間もかけて通勤し体へと負担をかけるよりかは、トレイン使用により時間を短縮させる事で負担を幾らか減らす。
準備に時間と手間をかける女性、それが妊婦となればなおのこと。


「本当にありがとうございますジンさん」

「俺からも御礼を言わせて下さい。本当にありがとうございます!」


深々とお辞儀するお客様に、ジンはそのお言葉を頂けるだけで励みになります。と一礼する。


先日聞いた同じ言葉。変わりの無いテンプレな台詞に、彼ジャッキーは電工掲示板を見上げ己の作業へと戻った。






















111103


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