wアンカー | ナノ




ゴポゴポと流れる水の中は、あの押し寄せ自身を飲み込んだ激流を彷彿させるものがあった。
しかし、今のこれは身を預けても安心でき、他のトレーナーの存在が居る為か酷く安心する。
体に感じるのは水が流れていく様。水を含んだ洋服は流れに身を任せ、ふわふわと揺れ動く。
しがみつく青い体の先端には光が灯され、光が届く範囲内には先頭をゆく一人のトレーナーの後ろ姿。
これまで他人が居る事に、安心をした事があるだろうか?
決して味わう事が無かったこの気持ちを抱くのは初めてで、ムズムズ、うずうず、とした不思議な何かが胸を擽る。時折ギュギュッと締め付ける苦しさよりも、緩やかに広がりを見せる温かい何かを言葉にしろと言われたら難しくて出来ない。と言うだろう。

しかし、同時に目指さなければならない存在がすぐ目の前に居て、バトルを……。とつい意気込んでしまう。

分かっている。
今はそんな場合ではないと。

ゆらゆら揺れるコートにスイスイと進んでゆくキングドラの背。
鍛えられたポケモンに厳しく凛としたトレーナー。これが同じ性別だと思うと…と、少年はつい考え込んでしまう。
羨ましくもあれば憧れでもあり、同時に比べてしまう自分が惨めに見え泣きたくなってしまう。

目尻がじわりと熱くなる。

水の中だ。
バレはしないだろう。ぎゅっとランターンにしがみついた少年は、眩しい光から遠ざかる様に顔を背ける。

流れる景色の中少し苦しくなり、吸い込んだ息は続くだろうかと不安になる。
ふと、背けた先に写り込んだ物。

赤い字で数字の4と刻まれたそれは堅く閉ざされている。

此処は四番線ホームの辺りなのだろうか?

そんな呑気な事を考えている時に、それは突如として襲い掛かる。

隙間をあけること無くピシャリと閉まっていた筈のシャッター。しかし、それは鈍い音を立てながら開き始めた。


「ラン!」「?!」

タイミング悪くシャッターの目の前を通過していたランターンと少年。
突如として襲いかかったそれは流れ。
シャッターが開かれた事により、まだ水を飲み込める僅かな空間は開かれた隙間から次々と水を引き寄せる。


「ラーン!!」


あまりの吸引力にランターンがのけぞってしまった。
同時にしがみついていた少年が驚き、口から大量の泡を吐き出すも咄嗟に両手で押さえ込んだ。
が、それはランターンにしがみついていた手を離してしまった状態を生む原因となる。


ゴボバァ!

吐き出した泡と共にシャッターの向こう側へと吸い寄せられていく。
激しい流れに体勢を整えられないランターンがぐるぐる回り、後を追う様に少年も流れの中へと飲み込まれていく。


「キーン!」


キングドラの吠える声が少年の耳へと届いた。
ぐるぐると回され激しい流れの中で目を開く事が出来ない。
どこにキングドラ、ランターンが居るのか?
狂った三半規管がグワングワンと揺れ、まるでジェットコースターに乗ったあの感覚に似ている。

「(ジンさんっ!)」

求めるように伸ばした片手。
激しい流れに逆らう様に伸びれば、バシバシと当たる容赦ない痛みに再び息がこぼれてゆく。


「!」


伸ばした手をガシリと掴み取る何か。

自身の手のひらよりも大きなそれは確実に腕を掴み、流れに逆らうかの様に引き寄せる。
引き寄せられた体は荒い流れを感じる事はない。


「…………」

背中に回される大きな腕。
しっかりと掴まれた体は自身を流すまいと、必死に抱き寄せているものだと感じる。

「(っ…!)」

自分もこの人から離れないように……!
僅かな酸素をこぼすまいと塞いでいた手を、目の前の人物へと伸ばす。
と、体へ襲う流れが一変する。

四方八方と予測出来ない荒々しい流れは、感じられない。
寧ろその逆。
その流れに乗っているのか、グングン進んでいるのが分かる。流れに身を任せどこかへと向かっているのだろうか?


ピシャリ。
バチリッ!ガン!ガン!
ガガガン!

遠くで何かが響く。
水中の中に居る為濁るように耳へと届いた何か。
一体何なのか?
この状況下で起きる出来事なんて想像もつかない。
少しだけ、目を開けてみようか?

が、思考を遮る衝撃を少年を襲う。




「っぶ!わぁぁ!」


激しい流れと衝撃は、少年が捕まっていた人物を容赦なく引き裂いた。
先ほどまで水中にいた筈の体は、弾かれた様な衝撃を受け空気中へと投げ出された。

一瞬の無重力。

されど笑う重力。


のしかかる技を受けた衝撃が少年の背中を支配、見えない重りが肺へと負担をかけ水中と異なる息苦しさを生み出す。

ガグンと揺れた視界は真っ逆様。

瞳に写った景色。

見覚えがある。
長く作られた密閉空間。深い溝には地下を移動するトレインが入れるスペース。
休憩する為に設置されたベンチに、喫煙者の為のガラス張りの喫煙部屋。

ホームだ。
見間違える筈が……

『ランターン!』

「?!」


ポケモンへと下された指示。
水面へとぶつかるその一瞬。落下地点で有ろう水中から飛び出たランターン、落ちてくる少年の腹へと背を寄せるようにすれば後は何もいらない。
落下してきた少年はランターンの背に乗り、とっさに体へとしがみつく。
ブヨンと小さなバウンドを生むも、ランターンが苦しむ様子は無い。

少年が背に乗った事を確認し、そのまま水が支配する線路内へと飛び込んだ。
バチンバチンと飛び散る水しぶきはやはり痛いものだ。顔を庇うようにした少年に遠慮なしに襲うは小さな雫。

その数滴が鼻に入ってしまったのか、盛大にむせた少年は生理的に涙を浮かべ………

『キングドラ!たつまき!』


突然、ホーム内を襲ったのはドラゴンポケモンの技だった。

荒々しい吹き乱れる小さな空間の中、少年はグッと息を飲み込み顔を上げる。
其処には無数のたつまきをおこしたキングドラとよろめきながら立ち上がるジンの背中が広がる。
一体なにが起きたのか状況に追い付かない少年。
しかし、ぐるりと螺旋の風を描くその中にチラつく青、青そして青の同じ色。先ほど自身もそれに襲われた記憶が沸々と蘇り、ヒッとランターンにしがみついた。


『ランターン!みずのはどう!』


振り向くこと無くランターンへと指示を飛ばしたトレーナー。
ランターンは少年を背中に乗せたまま鳴く。バシャバシャと鰭を忙しなく動かしたと思えば、淡く光る提灯。
鰭を動かした事によって生まれた波は大きく波立ち、提灯から放たれた衝撃波により弧を描き勢いよく弾け飛んだ。

大きな弧はジンの反対側の線路内、ランターン側がいる路線の上を激しく直進。水面を切るかの様に飛ばされた波動は、水中に潜んでいたそれを根刮ぎすくい上げる。
衝撃波を受けたそれは気を失い、過ぎ去った荒れた線路内へと落ちていく。

ボチャン!ボチャン!と落ちては浮かぶそれは、バスラオの姿だった。



「ラルル!」


どんなもんだい!
まるでそう言ったかの様に鼻息を荒くしたランターンに、少年は苦笑いする。
後ろで吹き荒れていたたつまきも治まったのか、バタバタ揺れていた少年のジャケットが落ち着いた。


パシャンパシャンと、水をかき分けてくる。
ランターンが機嫌よく振り向けば、髪の毛をかき上げるジンの姿が瞳に写り込む。と同時に、空いていた片手が隣に並ぶキングドラの背を叩けば、フフンした様子で此方も得意気な雰囲気を醸し出す。
その後ろでは竜巻を食らったバスラオ達が、腹を見せては浮かび上がる阿鼻叫喚の世界が広がる。


『目的地は違えど、ホームには着いたな………』



ハァ、とため息を付きジンが僅かに見上げた先には、ホームの黄色いパネルが僅かに顔を覗かせる。ホーム内に並ぶ柱には四番線、左右の矢印には次のホーム先の名前が書き込まれていた。


無事に、やっとホームへと戻ってきた。
そんな実感が沸々と沸きたつ。


『ジンだ。今四番ホームに居る。向こうに向かわせていた救急隊を此方に移動させろ。それからバスラオを捕獲するための大量のモンスターボールを持ってくる様に………』

最後に今、ギアステーションのネットワークにアクセスしている奴らを…

濡れた手で端末を開き浮かび上がる画面へと指示を出す。
そんなジンを横目に、ランターンから降りた少年。ランターンは少年が降りた事で身軽になり、バシャバシャとジンとキングドラの元へと寄っていく。ランターンの背中を見送った後、静かに周りを見渡す。


初めて降りたレールの上。


こんな状況では無かったら喜んで見て回るだろう。

憧れのギアステーション。ましてや一般では決して入れないレールの上は、少年の好奇心を激しく揺さぶる。

しかし今は緊急事態である。
此処でハシャいではジンにも迷惑をかけるだろうし、もし自身の保護者の耳に入ったとすれば?


「…………」



ブルリと震える腕をさする。

そうだ。この状況下ですっかり忘れていた。
今はまだ雪ふる季節であり、ドタバタしていた為かすっかり忘れていた。今更ながら肌に染み付く水が、氷のように肌を刺激し冷たさを通り越して痛みを生み出す。吐く息も白かったらしく、何故今まで気付かなかったのだろうと抱く。

それに、今は何時なのだろうか?

ライブキャスターはまだ買って貰えない為、時間の確認が出来ない。

早く、早く

家に戻らないと。





脳裏によぎったある映像が、寒さとは別の震えを生み出した。

途端に襲いかかる吐き気は、きっと水流に飲まれ体内の器官を狂わされたせいだろう。

気持ち悪い。

喉を圧迫する何かがグッグッとせり上がってくる感覚に、少年は目を瞑り胸に手を当てては………





「ラルル!!」


ランターンが鳴いた。
しかしそれはただの鳴き声ではない。
黄、黒、黄、黒。
ランターンの鳴き声に混じる色がチカチカ脳裏をチラつく。
何かが起きたのだろうか?
胸を押さえていた少年が、寒さで震える体をおさえ顔を上げた少年は目を見開いた。



顔を真っ青にし自身へと腕を伸ばすトレーナーの姿が瞳に映り込んだ。

















『ノボリィ!』





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