wアンカー | ナノ




寒い。

冷たい。

そして




「いた…ひ……」


こぼれ落ちた小さな言葉は、どこまでも続く空洞化した世界の中でじわりじわりと染み込んでゆく。
無意識にこぼれた台詞は、飛んでいた意識、思考回路、体の機能を再開させる役割を持っていたのか、呟いたと同時に少年の全てが現実へと浮かび上がってゆく。

本能的に開かれた視界はおぼろげなものばかりで、はっきりした何かが少年の視界に入り脳内で理解するまでに多少時間がかかるだろう。
今自分はどうなって居るのか?
動かない体と回らない頭では、起き上がり現状を確認すると 言う行動に出るのは難しい。
発展途中の小さな体では大人のように動く事は難しい。

季節の影響に今の環境が合わさったのか、寒いと震える体は動く事を拒みただ静かに眠ろうと誘い込む睡魔に飲み込まれてしまう。
ヒューヒューと乾いた音は紛れもなく少年の唇からこぼれるものであり、まだ生きているのだとじわじわ染み渡る思考。
体を刺激するそれは冷たい何か。
否、冷たい水。
波のない水は留まるばかりで、其処に浸かる少年の体温を遠慮なく食らいつくす。
今の自身が置かれている状況がどんなに危険なモノかは何となく分かっているつもり。しかし、うまく動かない体では……

「…………!」



ポケットに入れている何かが小刻みに揺れているのが分かる。
何か入れてたかな?と沈みかける思考の中、少年なりに頭をフル回転させればユラユラ揺れる見覚えの有る影に名を呼んだ。
かすれた名前は再びコンクリートの中へと吸い込まれるも、待ってました!と言わんばかりに走った赤い閃光。

それは直ぐさま形を作り上げては現実に現れる。


「ギッギ!」

擦れる金属音と共に無機質な鳴き声は少年の耳へと届く。

自身のパートナーギアルだ。

ボールが流されずにいた事に安堵し、同時に消えそうな思考が沸々と蘇る。
感覚を失っていた手足に血が通って行くのが分かる。体全体を巡った熱い血液が動け動けと命令しているかの様で、背を押されるかのように同時に脳内も動き出す。


「…ぅ……」


力の入らない腕にへばり付く服が鬱陶しい。
しかし、奮い立たせる何かが少年の背を押し、上半身だけでも起こしてみれば自身が壁にもたれかかっているのだと分かる。


「っ……」


髪の毛から伝う雫は鼻筋を通り、ぽたんと留まる水面へと飲み込まれる。全身びしょ濡れで肌に張り付く洋服が気持ち悪い。

ふと差し込む影。それは少年のパートナーギアルで、大丈夫?と身を案じるかの様に聞こえる。


「ありがとう…ギアル」


冷たくなった手のひらで金属の体に触れてやれば、再び声をあげては右から上、上から斜めへと不規則に揺れる。
こんな状況下にいても励ましてくれる存在が心強い。

そう。
トレーナーの自身が弱気で居てはいけない。パートナーが自身を励まそうとしている。
情けない姿を見せるわけには行かないと、起き上がれば揺れる体を支えてくれるギアルの存在が頼もしい。


「ありがとうギアル」

「ッギギ!」


ポタポタと浸透するのは音と水。
その空間の中で少年は周囲を見渡し、周りがどんな状況なのかを確認する。


「………線路の中だよね」



薄暗い水面越しに見えるのは鉄のレール。
ゆらゆらと揺れる水面は、どこまでも続き漂う暗闇の中へと伸びて行く。それはレールも同様で暗闇の先に飲まれる様子はどこか恐ろしい。

一歩進むたびにパシャパシャと鳴る水は、少年の靴を見事に濡らす。
水の嵩は所で言う弁慶の泣き所まで。泥沼に沈めた足を引き上げるかの様な重たさが少年にまとわりつく。歩きづらい事この上ない。

浮遊するギアルが羨ましく、見上げた時に少年はふと気付いた。


「帽子が…ない!」


体を起こす時に濡れてしまった両手で頭に触れる。
水を含んだ髪の毛は未だに肌に張り付き、鬱陶しくて仕方ない。しかし、それよりも帽子の行方が気になる。
周りを見渡せど、それらしきものは見当たらない。

「……………」

身を持って体験した激流の中。
息が苦しく上下左右が分からなく、ぐるぐる回る世界は今思い出すだけで足が竦むほどの恐怖。
ブルリと震える体をさすってみると、ギアルが顔を覗き込んで来る。


「なんでもないよ」


大丈夫。
今は他の場所へと移動しなくてはならない。
何もない影を見つめれば、遠くから轟々と唸るなにかと頬を掠めた冷たい風に息を呑む。
冷たい風……?


「確か、ゲンゴロウさんが……」


昔、暗い洞窟内で迷子になった時があった。光もなく目指す方向が分からなくなった時、小さな風が頬を掠めたらしい。

その風が何を示すのか?

密閉された空間は何もない限りただの空間でしかない。しかし、穴と言う口が開かれると風が発生した時に無条件で流れ込むものだ。
つまり………

「……出口が近い?」

出口。
それが何の出口なのかは分からない。地下にあるこの線路内には、ギアステーションの様な風が出入りする口は無い筈。

しかし、今こうやって頬に感じた風の存在。

もしかしたら作業用の別の出入りがあるのかも知れない。
そう考えると暗くなっていた気持ちが、一気に晴れ渡っていくのが分かる。



「ギアル、急ごう」

「ギッ!ッ!」


カツンカツンとこすれた金属音は、少年の言葉に頷くかのよう。
鉛のように重いと感じていた足が軽くなる。

少年は未だにやまない暗闇の中、轟々と唸るなにかと風の感触を確かめ走り出した。


prev next
現30-総36 【浮上一覧-top


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -