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司令部と呼ばれる一室は、所で言うコントロールルーム。セキュリティーコンピューターが置かれる部屋。
壁一面に描く液晶画面には、ここギアステーションの図形が映し出されている。
時々浮かび上がる透明なパネルは、パラメーターを表示し今起きている気温状況の変化などを知らせている。
パネルが見えやすい様にと暗く作られた室内では、画面が生み出す光が怪しく輝く。

持ち運び用の小さな端末から音も無く浮かび上がったキーボードのキー、スラスラと打ち込んだそれは静かに画面を見つめる。

小窓として表示された画面には9等分に切り分けられた画面。其処に映し出されたのはステーション内の風景。
防犯用そしてトラブルが起きた際の証拠として、置かれているカメラが映す景色。トレインに乗車する通勤者にバトルサブウェイのホームへと向かうトレーナー。サービスセンターで話し込む人も居れば、改札口でトレーナーカードを読み込ませては通っていく人など様々。

ありふれた。昨日と変わらないステーションが其処に広がっている。
しかし、ジンは9等分された画面を一回り見ては、次の画面へと切り替える。其処には先ほどと違うトレーナーそして、違うアングルから撮られた景色が広がる。


『……………』

再び一回りしては画面を切り替え、また一周してはと同じ作業を続けていた。
しかし、9等分の画面だけでは足りないらしくもう一つ小窓を開いては、別アングルから撮影している視点を広げる。

世話しなく動く片目はまばたきする暇も無く、同様に忙しく動く指先は何かを打ち込めば表示される文面。9等分の画面からすぐさま移動しチラリと見ては、違うと言わんばかりにそれを消してゆく。

何かを探しているのだと察した従業員達は、声をかけずに己の仕事を黙々とこなす。しかし、如何せん従業員から不人気なジンが居るため、何だか集中出来ず変に緊張してしまう。
コントロールルームに配属される従業員は、何かと口下手ではっきりと物事を言えない人ばかり集まっていた。
故に駅員達ならば移動しろと言っても可笑しくない言動や態度をとるものの、ジンを怖い仮上司としか抱いていないコントロールルームの従業員達からすれば無理だし出来ない話。何を言われるか分からない。
もし口答えなんてすれば首を切られても可笑しくない。
そう考えると、ジンに触れず自身の作業をしていた方がいくらかはマシな話だ。

さて、ジンがこの様にコントロールルームにやって来て来て、一人別作業する事は珍しくもない。
むしろそれはジンがここに派遣された当日からしている事で、週に四回以上は通い詰めている位。
一度だけ、何かお探しですか?と、聞いてきた従業員に『個人的な事だ。気にせず作業を続けろ』とジンは切り捨てた。
それ以来ジンに声をかける事はなくなったものの、未だに通い詰めている所を見ると目的は達成されていない様子。

そんなジンを見て、変な噂がたつのもそう時間はかからなかった。
仕事中に女を漁っている。
別れた昔の彼女を探している。
カモとなるマダムやジェントルマンを見張っている。
など、本当に様々。

それが本人の耳に届いてる届いてないかなど分からない。
届いていたとしても下らないと切り捨てるだろうし、届いて居なくとも変わらない。

時折、時間を見つけては定期的にコントロールルームに足を運んでは一人作業を進める。

事務をこなす事務員や駅員に聞けば、終わらせる事が出来ない位の事務の仕事を押しつけていると聞く。
そんな最中、疲れた様子も無く相変わらず煙草をくわえながらやってくるジンに、本当はもう一人居るのでは無いか?事務の仕事を半分燃やしては消去しているのでは無いか?とまた新たな噂が立ち込める。

チラリとジンを盗み見れば、昨日と変わらず不機嫌に歪む唇。時折カチリと鳴る歯同士の音にびくりと肩が揺れる。

内心ガクブル。と言っても可笑しく無い。

駅員達みたいにはっきりと言いたいが、ジン相手にそんな度胸は無い。早く駅長室に戻ってくれと願った矢先の事だった。

『おい』

「はひぃ!」


いきなり声をかけられた彼は、悲鳴紛いな返事をし即座に振り返った。
振り返った先にいるのは思い描いていた本人で、自身の返事に何ら不快感を抱いたのか口元が歪む。
同時に内心悲鳴を上げ、逃げ出したくなる気持ち。
しかし、本人の気持ちなど察しないまま、持っていた端末から映し出される映像を彼へと向けた。


『この防犯カメラの事で聞きたいんだが』


重なるように表示された画面には、アチコチ位置から撮影されたステーション内部が其処にあった。
継ぎ接ぎだらけな設置場所の映像を、寄せ集めたそれは一つのコラージュの様にも見えた。
浮かぶ疑問。
これがどうかしましたか?と、問い掛ければ、『撮影された日付、時間帯を知りたい』との事だった。
まさかあのジンが声をかけてくるとは思わず、コントロールルームに居る従業員達の視線を静かに集める。
背中に冷や汗を垂らしながら、ジンの言う映像の日付、時間帯を検索。打ち込んだカメラのIDとコードが、次々と表示されていくのをジンは無言で見つめる。
バクバクと今にも破裂しそうな心臓を押さえ込む。
打ち込み終えた次に出たそれは検索中の文字。同時に数字が次々と周り大きさを増している中、彼は無意識に呟いてしまった。

「なにかあるんですか?」


そう。無意識。
今自分は何を言ったのかと思考が追い付かず、数秒程の時間をかけ煙をはきながら稼働した脳内が今自分が言った台詞を再生させる。
なにかあるんですか?
何を示しているのか説明なんて不要。
今彼が何を言ったのかいち早く理解した周りの従業員達は、あわあわと慌てだしヤバい!大変だ!マズい!と慌てふためく。
問いかけた本人も、余計な事をしてしまったと息を詰まらせる。

室内を埋め尽くしたのは重々しい気まずさ。
だが、そんな空気などに気付いて居ないのか、ジンはあぁ。と煙草をくわえなおし素っ気なく返したのだ。

『気になる事がある』

とー。


その場に居合わせた従業員の心が一つになる。「答えたぁぁぁ!」と。
しかし、それを知らないはジンは表示されたビデオとその日にちを眺め始める。
そして、表示される時間帯を更に検索すれば、数秒足らずで網に掛かった情報を表示していく。

パネルを操作し、次々眺めていくジンの顔を盗み見る。
それはどこか険しく、しかし、逃すことなく一つ一つ確かに確認している。

気になる。気になる。気になる。

気になって仕方ない従業員は、なにやらそわそわとジンの背中を眺める。
視線を更に集めた時だった。

いきなり顔を上げたジンに驚いた従業員は、慌ただしく液晶画面を見つめ直した。
そんな従業員に触れる事なく、ジンが何だと振り返った先にいた存在に皆驚く。


「………………」


研修生のスミだ。
ジンのマントをギュッと掴んでは、持っているファイルを差し出した。
ファイルには駅長代理印鑑必須書類の文字。
瞬時にこめかみがピクリと動いたジンに、満ちていた好奇心が一気に絶対零度の様な冷たさを生み出す。

仕事である。
ジン宛のジンにしか出来ない。きっとさほど大切でもない仕事。駅員達がまた束を作って来たらしい。


『ったく、彼奴等めぇ…………』


ドスの聞いた声が生まれた。
びくりと肩を揺らした従業員は、再び冷や汗をかいては嫌な雰囲気に息を呑む。スミが持っていたそれを荒々しく掴んでは、いつもより何倍ものブーツ音を鳴らす。

遠ざかっていくジンに、その場に居合わせた従業員達はホッと胸をなで下ろした。
同時に交わされる小さな言葉達は、先のジンの件について。そして見ていたそれを映し出すパネルへと近寄れば、様々な意見が上がりあれやこれやと話が盛り上がる。
このトレーナー美人じゃないか?
こっちのバトルガールが好みなんじゃない?やっぱりトレーナー漁ってたって事で…………

勝手に交わされる話を誰も止めようとはしない。
話に花が咲くコントロールルームだが、小さな存在はただジンが見ていた画面を眺める。
様々な位置から撮影されたその画面。その中にある共通を見つけ出した少年は静かに目を細めた。














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