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「よく見かけるわね」



誰に対してか分からない言葉に反応して良いか分からなくなる。一体誰だろうと言う疑問は、先ほど負けてしまった気持ちの中へと混ざり込む。
しかし割合的に一番大きいのは敗北した事による気持ち。再びのしかかる思考だが、それを遮るように再びかけられたら言葉の発信源は直ぐ近くにいたらしい。

「あら?キャスケット帽のボウヤ、聞いてるの?」


言葉の矛先は自分だったらしい。
キャスケット帽を被るトレーナーなんて他に居るかも知れない。でも何故かそれが自分を指しているかの様に感じた少年は、タイルいっぱいを映し出していた視界を切り替える。
見上げた先に居たのは一人のトレーナー。
逆光でチラついた光が眩しく誰だろうと首を傾げた所で、少年は先ほど拾い上げた言葉の口調と見上げたトレーナーの不一致な点に気が付いた。

あれ?ん?あれれ?

目の前に居るトレーナーの体付きは良く、着込む洋服に身に付ける用具は明らかに山男そのもの。
他のトレーナーだろうかと周りを見回すも、自身の周辺には他のトレーナー一人として居ない。

では、まさか?


「隣失礼するわね」


一言だけの断りを告げた山男が、キャスケット帽を被る少年の隣へと腰掛ける。
その際、背負っていた荷物をタイルの上へと置く。沢山の物を詰め込んで居るのか、ドシリとした感触を荷物を包み込む布から感じられる。
口調そして本人の様子からして、どうやら先の言葉使いの主は彼しか居ないらしい。
しかし、何とも言えない違和感。
山男と言えば山登りをメインとするトレーナーで、いかつくがっしりとしたイメージが強い。よくテレビでも山男が出て来るも、大概が口調が荒かったりハキハキとした人が出ている。
そんな山男が多い中での今隣に腰掛けた山男の存在は、違和感しか無いし訳が分からないと脳が情報を処理しきれなくなっているのを感じる。

無意識に隣の山男を見つめていたのか、山男はやだわ、そんなに見つめられると困るわ。と語尾にハートを付けた瞬間に、情報処理をしていた脳内がある言葉を生み出す。
まるで答えろと言わんばかりの単語は少年の脳内を駆け巡り、一周した所で台詞として吐き出された。


「は…はじめまして?」キャスケット帽越しに覗くまん丸な瞳が、パチパチとまばたきする様子が可愛らしい。
ああ、驚かせてしまったのだろう。
そりゃそうだ。こんな身なりながら女性らしい口調。可笑しいと思ってしまうのも不思議では無い。

クスクスと笑いながら驚かせてしまいごめんなさいね。と呟いた台詞に、少年は何に対しての言葉なのかを理解し、なんだか申し訳ない気持ちになる。


「いえ………」


持っていたモンスターボールへと落ちる視線に、山男は自身が持っていたボールを手に取る。
少年と同様の赤と白のモンスターボールなのに、山男のボールは何故か傷だらけ。それに気付いた少年はあの……と、小さく零すも同時に発せられた山男の声により、上手くかき消されてしまった。


「ボウヤは駅長代理のジンに、会ったことある?」

「!」


駅長代理ジン。未だに就任されない駅長とサブウェイマスターの2人。その2人が現れるまでと派遣されたトレーナーとして有名。
仕事も出来あんなにジャラジャラとした外見ながら、お客さんへの態度も誠実。
且つ嵐のような荒々しいバトルと言うギャップの一つで、廃人と呼ばれる様々なトレーナーを魅了する。
そして何よりイッシュ地方では珍しいポケモンで構成された天候パーティーを操る。スクリーン越しでしか見た事の無い近寄れないあの人は、ノーマルだろうがスーパーだろうが手加減無しで挑戦者を返り討ちにする。
そんな人を知っているか?
ここ(バトルサブウェイ)に通いつめるトレーナーならば誰でも知っている。縦に頷き一回。
では、会ったことある?
その質問にピクリと震えた指先、山男は見逃すことせずただ少年の答えを待つ。

「………会った事は無いです」

「一度も?」

一度もない。
再び縦に振られた首に。山男はそう。と小さく返した。
一瞬脳裏によぎったのは少年が受け付けホームへと戻るトレインに乗車したあの時。すれ違いで現れたジンの存在が気掛かりだった。もしかしたら他のトレーナーを探していたのかも知れない。
でも、何故かこの少年が気掛かりでジンと対面した事が無いと聞けば、自身の気のせいかとモヤモヤしながら強制解決する。

気掛かりな少年の存在。
名は知らないものの、この少年が七車両目以降見たことが無い。少年が七車両目にいけない理由は本人にしか無く、第三者ましてや今出会ったばかりの他人が口を挟む必要なんてない。しかし、この男ゲンゴロウはお節介だとわかっていても口を出さずには居られない。何か手助けが出来るかも知れない。
故に今回初めて少年へと声をかけた。

少年を見つける事はとても簡単だった。
7車両目の先のホームには居らず、もしかしてと敗者が乗るトレインが来るホームへと向かえば案の定。
序盤である七車両目のトレーナーは、ノーマルと言う事でそれ程固いパーティーを組んでは来ない。
むしろ、その先へと行かせる為の準備運動がてらな相手の為、挑戦者が負ける事なんて滅多にない。
だが、少年はその初めの車両で負け、トレインが来るまで一人で待っている。
何を意味しているのか?言わずとも分かる。

しかし、山男はその内容をストレートには言わず、遠まわしの方向から少年へと問う。

「ポケモンは大好き?」

ボールを握ったまま、伏せられたキャスケット帽が肯定。
小さな手いっぱいに占領されるボールが勝手に動いたように見えた。

「バトルが苦手なの?」

「……………」

間があく。
うんともすんとも言わなくなった少年に、もっとオブラートに包むべきかと反省したゲンゴロウだが、その思考を遮る形で少年はポツポツとこぼし始めた。


「ポケモンの名前、相性、性格に能力値、生息地もちゃん分かっているだ」

「…………」

そのポケモンの特徴や生息地、大きさに鳴き声。
頭に入る情報はスラスラ入り、今聞かれたならば直ぐに答えれると少年は言った。


「でもバトルになると、覚えた内容全部駄目になっちゃうんだ」


ポケモンバトルはリアルタイムで行われ、息を付く暇なんて無い。目の前で起きていく予想外の展開に指示を出す。勿論それに対し対戦相手の打開策を抜ける打開策をうつ。これがポケモンバトル。
今起きた状況に対し何をすべきかを判断する時間が遅ければ、相手のよい的となり一方的なバトルとなる。
これが出来なければ、バトルは出来ないし同様に相手に勝つ事など到底不可能。


「ぼくは目の前で起きるポケモンバトルに、頭が追いつかないんだ」

今の状況下で何をすべきか?
何をしたら有効で突破口が見いだせれるのか?相棒となるポケモンの動き、タイミングを計りながらの思考はとても難しいもの。
少年はそれが出来ないと言う。


「ポケモンバトル。やっぱり僕に、向いてないのかな………」

「……………」



これらが出来ず、ポケモンバトルを諦めるトレーナーも多い。それでもポケモンと一緒に居たいと願うトレーナーは、バトルをメインにして動くトレーナーではなく、世話をする育て屋にブリーダーの道を行く人も行く。
彼らの大半は「育成」の為に、困った時の相方としてポケモンと共に居るのが多い。
バトル専門ではなく育成向けのポケモン。
人によりけり。

少年は言う。
自身には向いて居ないのかも、と。
それでも今までこうやってバトルサブウェイに通い詰め、始めの7車両目以内だけでも頑張って居る。
バトルをしたいと言う意志があるのだ。
それに対し脳内のバトル情報処理が追い付かないのかも知れない。


「よし!」


ベンチからいきなり立ち上がったゲンゴロウは、下ろしていた荷物を片手で掴み持っていた傷だらけのモンスターボールを少年へと向けた。
一体何事かとまばたきした少年に、ゲンゴロウは笑いながらこう言う。

「バトルの練習。私と一緒にしましょう?」

駅長代理ジンとバトルする為に。
ジンとバトル。それが出来るかも知れない。
バトルが苦手な自分が。

「…………」

そう考えるといてもたっても居られない。
早く。早くあの人とバトルしなくちゃいけない。

少年はベンチから降り山男を見上げ、うんと頷いた。









「私は山男のゲンゴロウ。宜しくね」









「僕は塾帰りの…………」






















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