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再び鳴ったカチリと言う音。
どこからともなくガタガタと鳴るそれは、誰かのモンスターボールが揺れているのだと思った。
一体誰のボールだと顔を上げたヨブコだったが、プスンと柔らかな音がジンから発せられた時には驚いてつい目を合わせてしまった。


『……………』


鋭い犬牙がくわえる煙草の先端は、ジリジリと侵略範囲を広げて行く。
鍔の向こう側に存在する隻眼がヨブコでは無く、真横へとスライドしてゆく流れを捉えた。

何かあるのかと気になったヨブコの視線の先には誰も居らず、なんだ?と視野を下へと移し替えれば小さな手がジンの腰を抱きしめるのが見えた。

小さな両手で大の大人であるジンの腰へ、懸命に抱きつく姿が可愛らしい。
まわらない小さな両手は合わさる事なく、途中にあるベスト部分をクシャリと握る。
大人からしてみれば小さな背丈、小さな手のひら、そしてサイズの合わないブカブカの作業服。
それらに当てはまる人物は一人しか居ない。


「どうしたユキ?」


眼帯と眼鏡と言うミスマッチな組み合わせをする研修生ユキ。清掃員として日々勉強し各清掃グループを回る少年は、どうやら此方の車両清掃へと配属された様子。
一度教えた事を直ぐに覚え、友人のスミに負けず劣らずテキパキと作業をこなす姿はギアステーション内では好評。
勿論ヨブコもユキの仕事の速さには一目買っており、出来れば此方の車両の清掃員として居てほしいと考える位。
太鼓判付きな研修生が其処にいた。

そんな研修生に何をしておる?と問いかけた所で返事が返ってくる訳でもない。

フルフルと首を振り更にギュッギュッとジンにしがみつく腕は、離れる様子が全くない。
普段は黙々と作業に打ち込むあの研修生が、仕事を投げて入り込んできた姿が珍しい。
その為、ジンとヨブコの口論をBGMにしていた他の清掃員達も気付いたのか、どうしたのか?何かあったのか?とその手を止め遠慮がちに3人の姿をとらえる。


「ユキ。何じゃ?何かあったのか?」


清掃員が問いかける。
しかし、事故により声が出なくなったユキは首を振る仕草しか出来ず、うんともすんとも言わない。否、言えない。

今までこんな事一度もなかった為、流石にどう対処して良いのか分からないヨブコは困った様に背中を掻く。
何やら苦味を噛みしめては、今のユキにどう対処すれば良いのか?
良い案が浮かばない。

遠巻きにユキどした?ユキちゃん何かあったかい?と不安な声がポツポツ上がる。
だがユキはただジンにしがみつくのみで、それ以上のリアクションは取らない。


『……………』


波を生み出した清掃員、不安そうに首を傾げるヨブコそしてただ無言でしがみつくユキ。
その中の誰よりも先に動いたのはジャケットを羽織る駅長代理様。

異様とも言える空間の中でゆるりと動き出したのはジン。
自身にまわされる小さな腕を解き、次に鳴った足元のブーツは地下鉄のホームへと向かう。

ヨブコの隣を横切ったと同時に、黙って作業しろ。とだけ呟いた駅長代理は何もなかったかの様に、びしょ濡れの車内から出て行った。
ホームのタイルを踏みしめる厚い音が響き渡る中、ジンが向かう先に何があるかと考えればテレポート用のパネルが置かれている部屋。

駅長室へと戻るのだと理解した瞬間、ピリピリしていた空気が穏やかな物へと変わる。
あちらこちらから上がる安堵の声とため息。
今日も一段と凄かったね。ヨブコさん相変わらず度胸あるな。など様々だ。

そんな中、抱きしめていた存在を失ったユキに、ヨブコが詰め寄る。
ユキの目線に合わせるように屈み込んでは、何かあったのか?と問いかける。
それはきっと先ほどジンへと抱きついた事による質問。
普段のユキならば持ち歩いているスケッチブックに、伝えるメッセージを書き込むのだろうがそう言った仕草を取ろうとしない。

ただ、ヨブコと目を合わせようとはせず、何回も巻き上げたブカブカの袖をギュッと握りしめては塞ぎ込む。


「ユキ?」



再び清掃員が少年の名を呼んだ。

少し間をあけた後、少年はフルリと首を振る。そして一礼。
壁にかけていた自身のデッキブラシを手に取り、背を向けては指示された清掃場所へと少年は歩いていった。

トボトボと歩く後ろ姿は悲しんで或いは落ち込んで居るようにも見え、ヨブコはなんだか胸の中が寂しくなるのが感じらる。

きっと先ほどやりとりしていたジンとの内容に、何か問題があったのだろう。

「…………」


なかなか思い付かない。
これ以上は時間の無駄だろう。
そう考えたヨブコは、他の清掃員達へと指示を出す。止まっていた作業を慌ただしく開始した部下を視界に捉えながら、己も仕事へと取りかかった。















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