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「こんのっ!馬鹿野郎がぁぁぁぁ!!!」







上がった怒号。
震えたのは従業員、ポケモンに備品に道具の数々。
近くを歩いていた従業員はびくりと肩を震わせ、何事だと発信源であるトレイン内部を覗き込む。

小さな山と大きな山が車内で対峙している。大きな山は知らぬと言わんばかりの表情で、腕を組んでは明後日の方角を見る。
向かい合うのは小さな山。小柄とまでは行かないが身にまとう白い作業服からして、それが清掃員であるのは確か。
肩に担ぐ緑色のブラシと共に、隣に控える道具を入れるカート。

対峙する山に臆する事なく小さな山は更に檄を飛ばす。


「車内で波乗りを使うなと何度言えば分かる!」

『うるせぇ爺ぃ!文句ならパーティー案を出した協会側にいいやがれ!
私のは仕事だ!仕事!何度も言わせるな!』

「だからと言ってこちらも何度も何度も言わせるな!車内を清掃する側を考えろ!一車両目だけでは無く、何故前の車両目まで水浸しにするのだ!!」


激を飛ばす相手に激を返す。
小さな山は長年此処で働いている清掃員のヨブコ。

そして向かい合う相手は言わずもがなジン。

場所はノーマルダブルトレイン。

今日も今日とてギアステーションは昨日と変わらず運行中。ダイヤルに乱れも無くこれと言ったトラブルは、今の所見当たらない。
問題なく己の作業へと取り掛かろうとする。しかし、それを遮ったのは2人の怒号。
此処に入ってまだ浅い人間ならば慌てて止めに入るだろうが、これが日常茶飯事だと知っている人物からすればまたかと呆れるだろう。

此処ギアステーションにはサブウェイバトルに配置されるトレーナー、駅員、作業員、そして清掃員の三種がある。

バトルの実力に応じ、ノーマル、ダブルと各自で挑戦者を迎え撃つ一方、その職務となる仕事も受け持って居る。
バトルトレインだけではなく、イッシュ地方を巡り回る環状線のトレイン運行する駅員。
安全に走る為にバトルで使われた車両と共に通常時に走るトレインの整備を行う作業員。
ギアステーション内部の隅から隅まで綺麗にし、ゴミ一つすら見当たらない位完璧に清潔感漂うホームを生み出す清掃員。

二重に掛け持ちする従業員達が、此処にいた。
その中で一番仕事の量がグッと増えた存在と言えば、1に清掃員、2に作業員、3に駅員と言える。
問題はジンが使う天候パーティーによるもの。
いくら狭い車両とは言え、特性や技などで天気へ影響する何かを持っていれば空間の大小など関係ない。それが鍛えられたポケモンならば尚更。己の未熟な部分を鍛え修正しカバーされた技は、どんな場所でも臨機応変に動き繰り出す事が可能だ。

それが出来るジンのパーティーは、遠慮なく狭い車両で天気を生み出し自在に狂わせる。普段は大きなバトルフィールドではさほど苦戦しない天候パーティーへの警戒心は、圧縮し縮められた世界の中では息苦しくて仕方ない筈。
砂嵐で荒れる車内は視界が悪く、雨乞いによって真上からバケツをひっくり返した様に叩き付ける膨大な雨の痛さに耐える必要がある。
狭く凝縮された空間の中で荒れる天気。それが長時間続けば続くほど車内は荒れ、設置されている備品への痛みなどが酷くなる。

砂パーティーを使用したバトルでは椅子や吊革などの隙間に積もった砂を下ろす事から始まるが、雨パーティーを使った日には車内の椅子を運び出す事からスタート。
びしょびしょに濡れた椅子は座るだけで水が溢れ出し、座った人物のズボンを濡らす。吊革の皮部分も大量の水が長時間当てられた事により痛みが進み、吊革としての耐久性が下がり本来の役目を果たさなくなる。
いくら錆しにくい素材で作られたポールや床と言えど、対戦トレーナーによっては技で天候を切り替え再びそれを上書きするように雨を降らせるバトルを行う。
晴れては雨が降りまた晴れては雨が降る。
そんな天候の中でバトルをした事も両手では数え切れない程。
故に備品一つ一つ外し耐久性などを調べる必要がある。そして何より天候が雨により長期戦となった場合は、トレインが止まり扉が開いた瞬間大変だ。
狭い空間の中で降り続けた雨は下水道の様に流れ出る場所は無く、バトルが長ければ長い程行き場を失った水達が車内の床を占領する。

激しさを増せば増すほどに雨と言う天候は続き、床を占領する水嵩は徐々に増え侵略範囲を横へ上へと広げてゆく。
足を踏みしめれば水が僅かに跳ねる程度のものが、数十分続けば履いているシューズの四分の二まで水嵩が襲う。
長時間続けば水嵩はトレーナーとポケモンの足元を飲み込み、行動を制限してしまう。そしてどうやら今回のバトルも長期戦だったらしいのか、靴を飲み込む程に嵩が増した水は隣のトレインへと範囲を広げたらしい。
水漏れ防塞の為に間を仕切る扉に切り抜かれる小さな口の位置は高く、普段の雨天候では隣のトレインへと水が漏れる事は無い。
されど、激しいバトルやポケモンの動き回りによっては、跳ねた水が隣のトレインへと漏れる事もしばしば。
今回もその件で清掃員とジンは口論していたらしい。

天候パーティーによって一気に仕事量が増えた清掃員達は、てんてこ舞いの日々をぐるぐる繰り返す。
昨日ピカピカに磨いたばかりの床や窓は大量の砂で汚れ、よし!綺麗になったと思えば違うトレインではずぶ濡れな車内を清掃する。
スーパーシングルに配属される清掃員達は苦では無いと聞き、スーパーダブルの清掃員もさほど苦ではないと言っていた。

では、せめて隣のトレインまでも綺麗にしたままで保ってほしいと願うも、威力が倍増された技は車内を荒らし隣のトレインへと被害を拡大させる。

その被害規模が大きかったらしい。

ノーマルダブルトレインの清掃グループを指揮するヨブコ。
頑固親父として知られている彼は、よくジンとトレインの件で口論する姿を目にする。
内容はさほど変わらないが、それでもヨブコはジンに言いたくて我慢出来ない様子。

清掃員達が黙々と作業を続ける中で、ヨブコは言葉を止める様子は無い。


「いくら清掃員を増やし清掃時間を短縮させた所でこうも毎日酷く荒らされては、清掃する側も萎えてくるわ!」

『それが仕事だろうが。清掃歴が長い癖に今になって己の仕事に不満を言うか?』

「違うわい!貴様のバトルの荒々しさに困って居ると言うのだ!!」


天候だけでは無い。
技を繰り出すタイミングに車内での動き方、戦略によっては備品がズタボロに壊れる時だってある。
ポールはねじ曲がり、技で吊革が焼け落ちる時もある。
無残な姿を生み出す原因は荒々しいバトルによるもの。そして追い討ちをかける天候で車内は二倍、三倍にと痛みが激しくなる。

天候パーティーに続いて、豪快且つ荒々しいバトルもジンの魅力の一つ。
荒れ狂う天候の中で荒々しくも戦略的なバトル戦法に、廃人と呼ばれるトレーナーは魅入られ引き寄せられる。
めったに対戦出来ない戦略バトルを味わえると思うと、通い詰める足は止まらないらしい。

だが清掃員達にとっては有り難迷惑。


其処で浮かぶのは亡くなった四代目前サブウェイマスター。
包容力があり微笑みが印象的な彼は、事故により亡き人へと変わった。
部下からの信頼もあつく、どの従業員の相談や話し相手にもなっていたらしい。バトルの腕前もピカイチであり彼の行う戦法もまた、廃人達の心を引き寄せていたのは間違い無い。

持っていたデッキブラシを持ち替えたヨブコがため息零す。
何だ。と眉間にしわを寄せたジンがカチリと歯を鳴らすも、清掃員は気にする事なく肩を揺らす。


「四代目サブウェイマスターならば、こうはならんかったものを………」


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