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ブザーが鳴った。
響き渡る無機質な音は鼓膜を震わせ、車内へと響き渡る。
ブザー音の振動で震えた車内の窓が、ガタガタと悲鳴を上げる。

表示されるパネルは0と描かれ、戦闘不能を表していた。
狭いバトルフィールドへと移された先には、ぐったりと力無く倒れ込むギアルに少年の息が詰まった。
駆け出した足は真っ直ぐとポケモンの元へと伸びる。膝を付き小さな両手がギアルの体を抱き上げる。金属同士が擦れ合うような弱々しく鳴るそれが、まるで悲鳴のようにも聞こえてしまい痛々しいもので胸に鈍い痛みを生み出す。
しかし、ポケモンバトルするトレーナーならばそう言った痛々しい姿を、目を反らさずに受け止めなければならない。
でなければポケモントレーナーなんてやってられない。痛々しい姿を見たくないのならば、観賞用として置くしかない。
それか手放すか……。

痛々しく傷を負ったギアルに何かを呟いた少年は、大切に持っていたモンスターボールを翳す。
最後に上がる金属音は、伸びた赤い線により体を捉えボール内へと飲み込んだ。

小さな手に余るモンスターボールを見下ろす少年を無視する様に、車内に流れるアナウンスは少年の敗北を伝えればぷつりと切れる。
ノーマルトレイン、シングルバトル4車両目。まだまだこれから連戦で激しくなると言う4車両目で少年は敗した。

その背丈や体付きからみてポケモンスクールに通っている位の年齢だが、此処には園児の子供ですらスーパートレインへの切符を手にしている子もいる。
子供だからと幼いからと甘やかされる場所では無いのだ。故に此処に通う大人のトレーナーは相手が子供だろうと容赦しない。自身が負ければ積み重ねてきた連勝を白紙へと戻され、一歩一歩近付いていた駅長代理ジンとのバトルが再び遠ざかってしまう。

相手を落とさねば、自身が上がれない。

暗黙のルールである。

故に此処まで頑張ってきた少年の連勝はストップ。また1からやり直す羽目となる。

走っていた車内が僅かに暗くなった。
少年の対戦相手だった彼は、切り抜かれた窓を見やればチラつく赤いラインの入る残像達にああ…。と零した。
勝者には乗車を敗者には下車を。シンプルで分かりやすい流れに従い、次のホームで敗者を降ろす為一体停車するのだ。勝者はそのまま乗車し、他のトレインで連勝してきたトレーナーが此方の車両へと乗り換えて来る筈。

その間に勝利したトレーナーは車内に設けられているパソコンで、手持ちのポケモンを一時的に休息させる。入れ替わる様に出入りの激しいトレーナー達が迷わない様に、ステーションの駅員達が名前を確認しながら入るべき車両へと誘導する。

少年に勝ったそのトレーナーもまた、パソコンにポケモンを一時預け次の車両に待ち構える対戦相手の事を考える。
昨日、一昨日と変わらない流れで次を考えていた彼だったが、どうしても対戦相手の少年が気になって仕方ない。

自身とてこのバトルサブウェイにて何百人もののトレーナーとバトルをし、上を目指してきた。中には何度も顔合わせとなり、今やジンの天候パーティー対策やトレイン内トレーナー対策などまで話すものも居る。
言わば、彼は常連客のひとりに成っていた。

見たことの無い新しいトレーナー、手持ちを変えた常連トレーナーなど見てきた彼にとってもまた相手をした少年を見慣れていた。

しかし、その少年が七連戦後にある乗り換えの為のホームに居た姿を、彼は一度たりとも見たことが無い。

中には事情により途中リタイアし、一時的にバトルサブウェイから離れ戻って来れば再スタートする事が出来る。
しかし、それでも少年が一つ目のホームに居た事は無い。
今回だけでは無い。彼が常連と言われる位は此処バトルサブウェイに通い詰めている。つまり、ほぼ毎日居ると言っても可笑しくないのだ。
そんな彼がよく見かけ尚且つ、次のホームに居る姿を見ないと抱く。

それがどう言う意味なのか……?

ポケモンを持ってまだ浅い実力で、無鉄砲にバトルサブウェイに挑戦してきたか?
バトルだけでは無くポケモン達が持つ特性、性格を理解しないでただがむしゃらにバトルをしたくて来たのか?

或いは………

ポロン。と軽やかなメロディーが鳴る。
車内に取り付けていたスピーカーからは間もなくホームにトレインが止まり、バトルに負けたトレーナーは乗り換える。と言う連絡事項内容。


常連客である彼はこの声が鉄道員のクラウドだと分かった。
相変わらず無理やり標準語で話す口調に、似合わないと思う。

ギギィ……とブレーキかけたトレインに従うように引っ張られた2人は、そのまま重力に従い元の位置へと体を戻す。

そして、停車した事を告げるアナウンスと共に開いたドア。開いたのは敗者側のドアのみで、勝者側は固く閉じられたままである。

開くことは無く言わずもがな敗者である少年が降りるまでは、扉が閉じられる事は無い。

トレイン内に設置されるスピーカーと共にバトルコードに記録されている為、万が一敗者が勝者を蹴落として乗車し続ける事は不可能だ。

早く早くと促す様に流れ出すメロディーが少年の背を押す。

「…………」


気になった。
だから少年へと問い掛ける様に伸びた手たが、下唇を噛み締めた少年はトレインから逃げる様にホームへと飛び出た。


「!」


モンスターボールを抱える様にトレインから降りた少年に、「君!」と腕を伸ばし後を追う。
黄色いタイルが一定列に並ぶホームへと飛び出る。
バトルに負け下車したトレーナー達が、出発地点である受付行きへのトレインへと乗り込んで行く姿があった。
彼が乗っていたトレインと向かい合う形で停車していたそれ。自身に敗れて行った何人かのトレーナーの後ろ姿を捉える。

流れる様に行き交う勝者と敗者のトレーナー達に、先ほど降りた少年の姿を捉える事ができない。
小さな背丈が歩む大人のトレーナー達が阻む。
蠢くギガイアスの山々が転がるダンゴロを隠す。


いったいどこに……探す範囲を広めた時だった。
一瞬だけ穏やかになったトレーナーの波。その間から姿を覗かせるかの様に、ヒョコヒョコ歩く姿が彼の瞳へと映り込んだ。
少年の特徴である目深く被っているキャスケット帽。
間違いない。
胸によぎったのは安心だが、それは直ぐに打ち消されてしまう。

トレーナーの波に押し流される様に歩く少年は、トレインの中へと何も言わずに飲まれていく。

マズいと駆け出した時には既に遅く、再びメロディーが流れればホームを歩いていた負けたトレーナー達がいそいそと乗り込み出す。
小さな姿はあっという間に他のトレーナーの足により姿を隠す。

空気を抜くかの様にプシューと音を鳴らし、左右のドアが閉まる。


「……………」


完全にタイミングを逃してしまった彼が出来る事なんて無かった。
トレインはゆっくりと走り出しスタート地点のホームへと戻っていく。シンプルな色を纏ったトレインは、まるで彼を無視するかの様に遠ざかる。

無意識になぞった自身の髭の音に、一体自分は何を…。と抱いたその瞬間、自身の後ろからゴツゴツと鳴りだしたあの音に、彼の意識が向かう対象物が一気に切り替わった。

ゴツゴツと鈍いブーツ音を鳴らしたそれは、彼の背を追い越し走り去っていったい。

視界で踊る黒白のマント。自由に揺れるそれは、着込んでいる本人が止まればマント自身もその揺れを止める。
シングルバトル受付ホームへとトレインは走り出し、視界に止まった人物が追い付く事はできなかった。

其処で気がついた。
見覚えのある後ろ姿。

駅長そしてサブウェイマスター不在の中、トレイン協会から派遣された代理の存在。
どちらかが就任するまでの間、ギアステーションを統括するトレーナー。

ジョウト地方からやってきたとしか知られてないジン。ジョウト出身のトレーナーと思いきや、カントー、ホウエン、シンオウにしか住まないポケモンを手持ちとする。

それ以上は知られていない。

そんなジンが何故こんな場所に居るのだろうか?



「ジンちゃん!」近付いて肩を一たたきする。
着込んでいるグレーのジャケットの影響で、体格が良いのだと思っていたがどうやらそうでも無いらしい。意外と華奢だった肩に少し驚くも動揺をかき消すかの様に「どうしたの?そんなに慌てて?」と言ってやれば、相手は小さな舌打ちをし此方へと振り返った。


『…………ゲンゴロウか』


鋭い眼差しを受けた彼は、相変わらず厳しい口調である。
くわえている煙草には火がつけられて居らず、今から吸おうとして居たのだろうか?


『何でテメーが此処に居る?』


やる気の感じられない隻眼が彼ゲンゴロウへと向けられ、彼は今日も挑戦に来たと告げれば良くもまぁ飽きないな。と返される。
常連客となれば接客として会話するジンの口調が崩れる事を知るのは、此処に通い詰め何度かジンとバトルをした挑戦者達のみ。
どうやらゲンゴロウもその中に含まれているみたいだ。

ゲンゴロウに向けられていた視線は、ふと線路の向こう側へと向けられた。
ジンの視線の先には何も存在せず、トレインの無いぽっかりとあいた空間が虚しく広がる。『……………』

顔の半分を隠す様に伸びた前髪。
その前髪が邪魔をしジンがどう言った表情をしているのかが分からない。だが、雰囲気からして今出発していったトレインの中に、誰か知り合いでも居たのだろうか?
にしてはどこか慌ただしい雰囲気を醸し出して居るが……。

ゲンゴロウが再びジンへと声をかけようとする。
しかしそれはインカムへと入った連絡により、遮られてしまいゲンゴロウの問いかけが消されてしまう。

インカムによる連絡に一度頷いたジンは、被っていた制帽をかぶり直し彼へと振り返る。
機嫌の悪い顔付きは一層極まり、何故か自身の口元が引きつってしまう感覚がした。


『ゲンゴロウ。今日はいつまで居るんだ?』

「うーん、今日はお昼まで!午後には遊園地で弟と待ち合わせしているからね!」

変わらない口調にそうか。と素っ気なく返したジンはくわえていた煙草を、ジャケットの中へとしまい込む。
そして再びゲンゴロウにと向けられた視線と共に、歪んだ様に笑うジンに彼はなによ。と答える。『今日こそスーパーに行けるように努力するんだな』

「言われなくとも分かってるわよ!」


自身と同じ位だろうか?
華奢な身体付きであるジンの背中を豪快に叩いたゲンゴロウは、丁度出発しようとしていたトレインへと乗り込んで行く。

勝利した乗客、ゲンゴロウを乗せたトレインは流れたメロディーと共に発車。次なるホームへと走り出した。

豪快に叩かれた背中をさすったジンは、山男ならば力加減をしろよ。と愚痴を零しては来たばかりの道へと戻って行った。













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