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走っていた勢いを助走へと一気に切り替えたエテボースが、数個の砂利を飛ばしては宙へと跳ねた。

今だ!と言わんばかりに相手のポケモンがくすんだ炎の玉を、目の前のエテボースめがけ振りかぶった。

しかし、その攻撃がエテボースに当たる事はなかった。
否、当たる以前の問題で攻撃出来なくなった。が正しいだろう。

今正にエテボースを捉えた攻撃は予期せぬ方向からかの追撃によって中断され、溜めていた玉は弾ける様に空気中へと分散してしまった。

パン!と弾ける様に鳴った何かは相手のポケモンの背後から襲いかかり、何事も無かったかの様に黒の中へと溶けていく。
その瞬間、隙が生まれた。

攻撃を一時的に中断されしかもその攻撃方法が打ち砕かれた間、僅かな光を浴びていたエテボースが一気に急降下していく。
一回転、二回転と弧を描いたエテボースの体には、白い球の様な球体が数個浮かんだと思えば二本の尾をゆらりと揺らしてはニッカリ笑ったのが分かった。


『めざめるパワー!』


浮かんだ幾つもの球体はエテボースの二本の尾で次々と弾かれていく。
落下速度に加わり更に叩きつける様に飛んだ球体は、相手のポケモンへと見事にヒットする。バチン!ガチン!と次から次へと叩きつけられためざめるパワーの球体は、全て当たり役目を終えた球体は水風船の如く弾けては空気中に溶けていく。

跳んでいたエテボースが鮮やかに着地したと同時に、めざめるパワーを受けた相手が線路上へと崩れ落ちた音が聞こえた。
ガシャン!とまるで陶器の様な音を立ててはもう瀕死だろうと思えるものの、黒に反するかの様に主張する仄かな赤にジンは目を細める。

ポワルンが先に放ったみらいよち。この攻撃が見事に相手方にヒットしたようだ。先読みに近いその攻撃はみきりやミラーコートなどでは回避出来ない技。
この技は相手の隙を付き技を放ったポワルンの背後から不意をつくものだ。しかし、そのポワルンを挟む形で登場してしまったのがエテボースと対峙していたポケモン。ポワルンに背を向ける形で居るエテボースの更に後ろに居る、相手のポケモンへとその攻撃が当たってしまった様だ。
みらいよちとめざめるパワーを受けた相手は動けない様子。

ジンはすぐさま背を向けては、もう一体ポワルンへと視線を向ける。

『エテボース、ポワルンを援護しろ』


今し方バトルを終えたばかりのエテボースだが、疲労の色は見えない。
すぐさまジンの指示に従ったエテボースが、尾を地面砂利へと叩きつけてはやる気満々だと意気込んでいる。

流石の2対1に始めに対峙していたポケモンも、まずいと思ったのだろう。炎の勢いがどんどん小さく成っている。
ポワルンのウェザーボールが当たったらしく、不安定に体が動いてる。

あと一押しか……。

着込んでいたジャケットの中に入れていたそれを、人差し指と中指で挟む様に掴む。手のひらへとコロコロ転がる球体のスイッチを押してやれば、そのサイズを一回り程大きくする。

『ポワルン、エテボース。遣りすぎるなよ?』

あいつを捕獲する。


そう呟けば2匹のポケモンはコクりと頷き、威嚇する様に同時に鳴き声をあげる。
びくりと揺れた炎にジンが掴むボールに力が籠もった瞬間である。

再びガタガタと勝手に揺れた腰元にあるボール。黒に浮かぶ炎を睨んでいたジンは、再び揺れたボールに気付いた刹那その体を勢い良く反らした。

しかし、それは寸前まで迫っていたらしい。
ボールを持っていた右腕に叩きつける様に当たったそれは、ジンの体を大きく揺らし傾ける。
前のめりに揺らいだグレーのジャケットを羽織った体は、砂利と線路が占める世界へと近付いていく。

手に持っていたボールがこぼれ落ち重力に従い、緩やかに落ちていく。同時に懐中電灯も手放していてしまい、伸びる光は何回転かしグシャリと音をたて沈む。

ギシギシと悲鳴を上げた右腕は揺らめく赤を纏っているのが分かった。しかし、ジンはそれを気にせず、傾く体を支えるべく右足を大きく鳴らし踏ん張る。
右腕を襲う勢いを利用。
押しのける様に傾く体を反転。右足を軸とし空いた左足が宙へと投げ出されたボールの姿を捉える。助走をつけて回されたブーツの踵がパチン!と音を生み出しボールへと衝突。
支えの無いボールは蹴られた事により、まっすぐにトンネル内の側壁へと飛んで行った。ボールはガチ!と壁に当たり勢いを少しばかりか殺しては、バウンドする。
そのバウンドしたボールが線路の上を飛ぶ。

そして気付く。
バウンドしたボールの先には、今にも消えそうなか弱い炎。懸命に炎を維持するその様は儚く、息一つ吹きかけて遣れば消えてしまいそうな程弱々しいものだった。

宙を飛んだボールは線を描き、消えそうな炎に当たる。
機械音が上がればボールが開封された。伸びた赤い閃光は倒れる炎の体を捉えた。拘束するようにポケモンの体を包み込めば、暗いトンネル内で赤いシルエットが一瞬だけ浮かび上がった。

開封されたボールは拘束した炎を己の中へと飲み込む。
逃がすまいと強引に閉ざされたボールが本来の姿へと戻り、線路の上へと落ちていった。

線路の上で数回転がり砂利の凸凹で止まったボールが、もがく様に動く。

右へ一回、砂利にぶつかり音が鳴る。

左へ一回、線路に当たり軽い音を鳴らす。

もがいていたボールが急に静まる。静まり返ったその空間に誰もが安堵する。

捕まえた。

そう思った瞬間だ。
閉ざされたと思っていたボールの口が、内部の光をこぼしながら勝手に開きだした。
失敗。
そんな言葉が脳裏をよぎった。

しかし差し込んだ影により、開く寸前のボールの口を閉ざした。

体重を掛けるようにのしかかる左足は、転がるボールの蓋を踏みつける。
出ようとするボールを押さえつけながらジンは振り返れば、先ほどまで対峙していた炎の姿が見当たらない。
ガタガタとボールを踏みつける足が揺れる。
まだもがくかと覗いたウィンディ牙だったが、ボールの中へと収まった相手は観念したらしく暴れるのを止める。そして間をあける事なくカチンと鳴った機械音に、ジンはかけていたその足をやっと退かしたのだった。

『……………』


何も発しなくなったボールから視線を外し、メラ…と自身の存在主張し始めた右腕へと視線が向けられる。煙を上げ今まさに勢い良く燃えようとするジャケットだが、それを食い止めようと冷たい水がジンの右腕へと当てられる。
ポケモンのタイプ相性の様に水を浴びた火は鎮まり、次にはポタポタと線路上へと滴る右腕が其処に存在する。


『…………ハァ』


空いていた左手が宙をさまよった。
それはすぐ近くで漂うポワルンに触れるなり、人差し指の腹で癖毛の様に飛び出る頭の角を撫でる。

クルル…。目を瞑り指へとすり寄ってくるポワルンに、暗闇の中で何かが綻ぶ。


『一旦、向こうに戻るか』


懐中電灯を拾ったエテボースが此方へと遣ってくる。
もう一匹を逃してしまった暗闇を気にしているのか、チラチラと視線を走らせているが今から追った所で無理だろう。

『随分とやってくれたもんだ』

右腕に纏わりついていた火は、ジンが付けていた手袋を燃やし上げる。
焦げたジャケットと燃えた手袋。それを見ては、何度目だよ。と小さな悪態をつく。


『予備。ロッカーにあった筈だな』


ジャケットはそのままで、燃えた手袋を掴んではポケットの中へとしまい込む。
変わりに反対側から予備として持ち歩いていた手袋をはめ、黒に溶けるボールと向き直り、転がるそれに触れる。

すると表示される小さな透明なパネルには、まるで文字を打ち込むキーボードの様にカタカタと何かが打たれていく。

最後まで打たれた文字の最後は点滅し、まるで此方の指示を待っている様子。そして、ボールに収まるポケモンの名前に引かれたアンダーラインに、当たりか。とウィンディ牙の向こうから零れる。

『めざ悪にして正解だったな』


暗闇色に近い塗装とデザインを施した黒いボール。
他のボールでも構わないと思ったが、今日はこれしか持ち歩いて居なかった。
本来ならば捕獲したばかりのこのポケモンには無効、と言っても良いほど意味がないだろう。だが、使用した時間帯が秘めているボールの効力を上げたに違いない。

手のひらサイズへと縮まったダークボールと共に、表示されていた透明なパネルがしまわれる。


『トレーナー不明のシャンデラと、ヒトモシか……………』


受け取った報告書の情報を信じず、手持ち一匹で来なくて良かった様子。ポワルンが対峙していたポケモン。あれはきっとヒトモシだ。いくら此処には廃人トレーナー達が集うと言えど、シャンデラの放った炎を吸収し小さな炎を常に揺らすポケモンなんぞ限定されてゆく。イッシュ地方で生息するヒトモシで間違いないだろう。
そのヒトモシは逃走したまま。
シャンデラが割り込んで来たと言う事はあのヒトモシはめったに人前に出て来ず、隠れ家としているどこかで息を殺し続けているだろう。
此方が手を出さない限りは無闇に、トンネル内を回り線路上には飛び出して来ない筈だ。

このシャンデラの子供だろうか?


『……………』


浮かぶ思考を打ち消す様に一歩踏み出せば、ブーツに当たった砂利が飛ぶ。
後を追うように駆け出したエテボースが、持っている懐中電灯で前方を照らし浮遊するポワルンが一鳴き上げる。


ゴツリと音が上がる。
黒白のマントを翻し、手袋を変えたばかりな右手が握り締められればミシリと鳴る。

向かう先はギアステーションのホーム。未だに止まないインカムのノイズ音に嫌気がさし、ジンはジャケットへと伸びるコードを強引に引っ張りインカムを外した。














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