ポロン、と昨日と変わりの無い電子音が無線型のヘッドホンへ流れ込む。静かに鼓膜を揺らしたと同時に視線を上げる。昼だと思っていたが、いつの間にか部屋は暗くモニターの放つ光がレンズ越しに目を刺激する。
もう夜から…。
早いなと感じながらモニターに入り込んだ情報は赤い文字。其処にはBADと書き込まれ、チカチカと目を刺激するかの様に点滅する。無意識だったらしく眉間は寄っていて、所詮下っ端か……。と呟いてしまう。
ヒリヒリと痛み出した両耳に、無線型のヘッドホンへと指を這わせては静かに取る。キーンと小さな耳なりを聞き流しつつ、散らかった机の上に起き椅子の背もたれへと体重をかけた。
ギィギィと悲鳴を上げるが気にしない。壊れたら壊れたで新しいのを買い変えるだけの話。
そうなればライモンシティのデパートが丁度いいだろうが、家具系の店員は何かとウザイ。向こうは仕事だろうから仕方ないが、此方としては良い迷惑だ。
そう……迷惑だ。
表示されているメールを速攻にゴミ箱へ。
ゴミ箱へと投げ込まれる様を見届け、私は目尻に触れる。
ああ…疲れた。
此処の所、ずっと部屋に閉じこもって仕事をしていたせいもあるのか、動きたいとうずうずする。その証拠に、足が一定のリズムを刻みトントンと音を生み出す。
スルリ。
太ももを擽る感覚が私の意識を持って行く。
同時に二匹のポケモンの鳴き声が上がり、カーテンの隙間から零れた人工的な光が彼らの瞳をギラつかせた。
ああ、飯か……………。
固まっていた体をぐっと伸ばせば、骨が軋む音と共にグッグツと筋肉も声をあげる。と、同時だ。
突如として天井から放たれた光と、パチリと成る電子音。
あ?と抜けた声を上げ振り返れば、扉を開けてはスイッチに手を当てる人が其処に立っていた。
『もう出来たのか?』
「……………」
コクリと頷いたのは私に瓜二つな人間。顔がそっくりな存在だが、残念ながら相手の性別は男。お互い白いYシャツと黒のパンツ、髪の毛も束ねているが胸の膨らみや体付きをよく見ると分かるものだ。そして何より、共に並べば彼の方が背丈が高かったりする。
スン、と鼻を鳴らせば食欲をそそる良い匂いがこの部屋まで遣ってくる。
その匂いに釣られたのか、私の足元にいた二匹は飛び出る様に部屋から出て行った。
開かれた扉の隙間をスルリと抜けて行ったのは、二つに割れた尻尾と黄金色の線を持つ丸みを帯びた尻尾。
廊下を駆ける音が徐々に遠のいてゆく。その様子に、ふわりと笑った彼はリビングへと指を指す。
『ああ、分かってる』
何を言いたいのか?わかりきっている私は首をぐるりと回す。
椅子を引き小さな音を鳴らしながら私は立ち上がる。赤外線マウスを動かしパスワードを付けてはシャットダウン。
少し待てば電子音がプツンと途切れた。
引いていたを椅子を元に戻す。視線を感じ顔を上げた先には彼が居て、目を細め小さく笑った顔に私は笑うとこんな顔になるのかと思った。
『今日はシチューか……』
そう、だから早く。料理が冷めてしまうよ。
声が出ない彼の目が訴える言葉。
長年彼の隣に居れば、何を言いたいのか分かってくる。
私は二酸化炭素を静かに吐き出し、電源の落ちたPCに背を向けた。
了
110929