クリッピング | ナノ


「こんにちはローさん。今日はポケモン達の回復で宜しいでしょうか?」


にこやかに笑みを浮かべるジョーイさんへ、同様に笑みを浮かべるツバサに瓜二つの存在の男、ロー。彼はコクリと頷いては自身が持っていたモンスターボール二つと、六つの様々なボールをトレーの上へと乗せた。

本来ポケモントレーナーは1人六つまでしか持てないものだ。それを計八つも出してきたのだからジョーイさんは驚くしかない。だが、続ける様にローは自身のトレーナーカードともう一枚提出した所で、彼女はああ!と納得した。

「此方のボールはノセさんのですね」

ぐるりとセンター内部のホールを見渡せば、観葉植物の影に隠れる様に座る1人の女性の姿を捉えた。
席は隅っこの角側。窓も無いその席に座るトレーナーなんて滅多に居ない為、よく見ない限り其処に人が居るとは思わないし座ろうとも考えないだろう。
毛先が灰色へと脱色した黒髪。出身地はジョウトのキキョウシティらしく、よく特番やバラエティー番組などで撮影される場所で有名な街だ。髪の毛の色やツバサの身長そして顔立ちもイッシュ地方の人とどこか異なり、他の地方から来たのだと分かる。

何より、言葉が少し違うのだろう。
以前一度だけノセと会話した時に、片言だったのを彼女は記憶している。何より人と関わるのが否なのか、こう言った作業を双子の弟であるローへと頼んでいる。
そのローも口が聞けないらしく、相づちを打つ事しか出来ない。

様々な事情を抱えるトレーナーの中に含まれる双子のトレーナー。ジョーイさんの中ではそう考えられていた。

「では、回復が終わるまで、暫くお待ちくだs…」

と、其処で新たなトレーナーがカウンター前へと遣ってきた。ふと、其方へと視線を向けたジョーイさんは、あら!と少し高い声を上げたのだった。

「こんにちはクダリさん」

「こんにちはー!ジョーイさん!」


ジョーイさんとは違った笑みを浮かべ、にこりと笑う青年がローの隣へと遣ってきた。彼は、「ボク達のポケモンを引き取りに来たよ!」と明るい声を上げれば、彼女は少々お待ち下さい。とタブンネを連れてカウンター奥へと向かって行く。
早くポケモン達に会いたいのか、彼はウキウキとし鼻歌まで歌い始めた。だが、隣に立っていたローに気が付くや否や、あ!と指差してはローの腕を掴む。

「君、前にシングルトレインで引き分けになったトレーナー!」

「っ……」


興味津々と言った様子でローへと寄ってきたクダリと呼ばれた青年。彼に圧倒されたのかたじろぐローを気にしないクダリは、ローの腕を掴んでは離さない。

「ねぇ!バトルしよう!引き分けじゃ後味悪いでしょ?!
此処のセンター裏にバトルフィールドが有るから其処で……」

バトルをしよう。
と言いかけた所で、彼は何かに気が付いた。
クダリは今目の前の人物と、以前シングルトレインで引き分けになった存在を思い出す。
あの時は確かヘッドホンを付けていて、まるで人を視界に入れないかの様にバトルだけを見ていた。そして何よりその人物は目の前に居る男では無くて、確か女性だった様な……

「あ!」

其処で再びクダリは声を上げる。
それはローへと向けられたものでは無く、彼の後ろの存在に気が付いた事に関してのものだった。

何だ?と言わんばかりにクダリが見つめる視線の先、其処に何が居るのかを思い出したローはすぐさま振り返る。

観葉植物に隠れる様に座るツバサに気付いたのだろうが、それとは別の事でローは不味い!と目を見開いた。







ぐいっとGパンが何かに引っ張られる感覚。今は手持ちを預けている為、自身のポケモンでは無いのだと理解出来る。
此処はポケモンセンターだ。トレーナーから勝手に離れたポケモンだろうと、読んでいた文庫本から視線を外す。
未だにぐいぐいと引っ張ってくる足元に居る存在、トレーナーを間違え居るのだろうとツバサは思い真下へと両手を伸ばす。
分厚い皮が指先に触れそれ程大きなポケモンでは無いと判断。一体誰のポケモンだと、ツバサが両手で持ち上げたと同時にそれは楽しそうに声を上げた。

「キバ!」

『…………』

キャッキャッと両手の中ではしゃぐキバゴにツバサの思考が停止する。
待て、このキバゴ。見たことが有るぞ。
眉間に皺を寄せ思い出すのは、先日公園で遭遇したあの時。野生でも無いと思った矢先で、キバゴのトレーナーが現れたのだ。挨拶なんてする必要がない。相手に失礼だと分かって居てもツバサは相手はあの場から走るように去っていった。後からローも無事に合流し、そのまま帰宅したが……。

再びドッドッと五月蝿く鳴りだす心臓、汗を掻き出す額と手足。付けているヘッドホンからの音が聞こえない。
無音。
神経が研ぎ澄まされたのが分かる。同時に自身のすぐ隣でその存在を主張する人の気配も。
見てはいけない。
そんな言葉がツバサの頭の中を埋め尽くす。ぎゅうぎゅうに敷き詰められた言葉は、もはやなんて読めば良いのかわからない位混み合って居る。
顔色変えずも内心は酷く荒れ狂うツバサへと、言葉が降り注ぐ。

「申し訳有りません。私めのキバゴが……」

―ご迷惑をおかけしてしまい。―

流れる曲を無視するかの様に割り込んで来たのは、あの時と同じ人物の声。
同一人物。
男性。


しかし、反応してはいけない。


流れている筈の音楽。ゴツイヘッドホンからは音は漏れていないだろう。同時に外部からツバサへの音も一切聞こえない筈。
だから此処で反応してはいけない。
振り向いてもいけない。

隣に誰かが居ると分かって居ても、ツバサは分からないフリを突き通すしかない。


―もし?私の声が聞こえて居ませんか?―

聞こえてない。聞こえない。

持ち上げていたキバゴを床に置けば、キバゴはもっと抱き上げて欲しいとツバサのGパンにしがみつく。
キバ!キバ!と懸命に訴えかけて来るキバゴの声が耳障りだ。今すぐ蹴りつけてやろうかと、履いていたブーツがピクリと動いた時だ。

くっ付いて居たキバゴがふと浮かぶ。
いや、誰かがキバゴを持ち上げたのだ。其処で無意識に目で追ってしまうのが人間だ。見上げたと同時にしまった。と、失敗。だが、遅かった。

持ち上げられたキバゴは、1人の男性の腕の中。
黒いジャケットを羽織り、ネクタイを付け無いYシャツと黒いパンツ。とてもシンプルな格好をした青年の腕の中にキバゴは収まった。

ハイライトの無い灰色瞳と、ツバサの濁った黒い瞳が混じった。
とても整った顔立ちの青年だ。
歳はツバサより2つ3つ上だろうか?年上に見えてしまうのは、きっとイッシュ地方の人間の体格や身長が大きいからだろう。
ぐっと見上げたその身長からして、彼は180を軽く越しているのかツバサの首が若干悲鳴を上げて居る。


「やはり、貴方様でしたか」


不機嫌そうな口元だが、何故その端が緩んだ様に見えた。
彼は緩やかにはにかんだ。
ルックスやその綺麗な顔立ちに、普通の女性ならばクラリと来る代物だろう。現に彼へと集まる視線がいくつか存在しているのに、本人は気付いて居ないのだろうか?
周りの視線が痛くて叶わない。


「何度も、私めのキバゴが貴方様にご迷惑を……」


ヘッドホンを付けている為彼が発する言葉は聞こえない筈。
なのに、まるで会話をしているかの様に普通に聞こえてしまって居る様な感覚がする。

ツバサを映す瞳が離れない。
ジッとツバサを見つめるその眼差しに、彼女の胸が五月蝿く鳴る。
それは桃色を漂わせて高鳴る。と言ったものでは無く、負の感情の一部として高鳴る部類の方だった。

ローとは異なる男性。逸れだけでも息が詰まると言うのに、すぐ近くで自身を見下ろして居る他人が気持ち悪い。

吐き出しそうな胃の中の物を喉の途中で止めてみせる。
同時にツバサの眉間が寄り、明らかに不快だと言う表情を作り上げた。

ツバサのそんな表情に気が付いたのか、キバゴのトレーナーである彼は困った様に苦い表情を作り上げる。


「誠に申し訳有りません。私からキバゴへとキツく言っておくので……」


頭を下げ、何かを喋って居る彼だが今のツバサの耳へとは届いて居ない。
変わりに何を言っているのか分からない異国の言葉の様にも聞こえてくる。

言葉が詰まる。
指先の震えが止まらない。
汗が出続ける。
世界が回る。
気持ち悪い。


「…?どうなさいました?」

気遣う様に伸びてきた手が、まるで這ってくるかの様に見えツバサはぐっと息を飲んだ。

しかし、それは黒い壁へと上手く阻まれ、ツバサに触れる寸前で止まった。

ツバサと彼の間に入り込んで来た存在。
嗅ぎ慣れた安心する彼だと分かると、今までの不安が全て無かったかの様に全て溶けて行った。



「………貴方様は、あの公園の時の」




ツバサを庇う様に間に割りこんで来たのは、誰でも無いローと呼ばれる青年だった。













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