クリッピング | ナノ


『っ!報告書は提出した筈だ!』


ダン!と机を叩き付ければ、近くに居たブラッキーとエーフィがびくりとその尾を揺らした。
それに気が付いたツバサはハッと二匹を見ては、すまないと呟くもすぐさま目の前の液晶へと視線を戻した。
其処には自身の上司が映っており、眉を寄せているのが分かる。それでもツバサは退かなかった。

『いぜン、任務ないヨうの仕事は済ませ、データを提出シた筈!』


何処か片言の様な言葉使いと発音だが、それを昔から聞き慣れているツバサの上司からすれば違和感など無い。
ただ、液晶越しにはぁ、とため息をつき手元にあった書類を見下ろしては、淡々と言葉を並べ始める。

《確かに以前貴方が提出したデータは全て依頼した内容通りのものです》

『なラ!』

《貴方の他に、イッシュ地方へと潜り込んで居るもう一人の工作員の行方が分からないのです》

『!』


行方が分からない。
しかもそれが下っ端では無く工作員。
ツバサともう一人の工作員。以前、PCへと届いたメールの内容にて、新しい工作員を派遣したとの事だった。
名を見ればホウエン地方へと潜伏しているツバサの二つ上の工作員。長くこの機関に身を置いている工作員で、優秀だと話しは聞いていた。
対面するのかと思って居たが、その工作員はツバサの任務とは別件でイッシュ地方に来る事になったらしい。
会う事は無く、ただ土地勘の無いその相手へと情報を提供するだけの予定だった。

その工作員が行方を眩ませた。今更善人となり、ロケット団から抜ける事は無いだろう。此方の機関に身が染まっている人間で、しかもその期間が年単位で長いのであれば尚更。
抜けるなんて考えは浮かび上がる訳が無い。では何故?

考えられるのは、何かのトラブルに巻き込まれた。
或いは二重スパイだった可能性がある。長年ロケット団の工作員をしているのなら、今まで得てきた大量の情報は最大の武器であり、最高の弱点と化す。

二重スパイならばロケット団に関する沢山の情報が相手側へと流出してしまう。それが国際警察や他機関の組織であったとしても同じ。
ロケット団を抜け足を洗うのであれば、わざわざ工作員の居るイッシュ地方へと来る筈が無い。
それこそ、名も無き小さな村や町へと越した方がマシだ。

そして、最悪の場合のケースが脳裏を過ぎる。
相手側の機関に拘束された可能性。いくら工作員と言え、実践訓練はされている。相手が人間で有ろうとポケモンで有ろうと、拘束されかけた場合の対処法はロケット団の訓練所でイヤと言うほど叩きつけられてる。

何のために情報を欲して居るのか?
様々な予測を考えていく。

『任務なイ容は?』

《行方不明の工作員の発見と彼が回収した荷物の確保、又は》

始末。

つまり状況によってロケット団側に不利な事に成っていれば、その工作員を始末し口を塞ぐと言う物。
そして、その状況判断はツバサに任せる。と言う事を示している。

今回こう言った件は初めてじゃない。
下っ端が脱退したり、情報を流した際は一番近くに居る工作員が始末しに行く。勿論ツバサにもその任が下った時だってある。
思い出すだけで吐き気がする。
それ程まで最悪な任務なのだ。

《彼はランターンでサザナミ湾からイッシュ地方へ潜入。ソウリュウシティに拠点を構えていた。本来はフキヨセシティの貨物機の便の調査を頼んでいたが、別件でライモンシティの地下を走るトレインの一つ貨物列車へと向かってもらっていた。
その貨物列車の荷を一部回収し、再びフキヨセシティへと戻る所で消息が絶った》

任務内容によってはある一定時間になると、ポケギアを介して本部へと定期的な連絡を入れなければならない。
つまり、フキヨセシティに向かう直前までは、彼は何事もなく任務に付いて居り次の任務へと向かう最中だった訳だ。

任務の途中で消息不明となると、ロケット団から脱退と言う理由では無くトラブルに巻き込まれた可能性が高い。
国際警察に拘束されたのならば、警察に潜入しているロケット団のスパイから情報が流れてくる筈だからその線は消える。他の機関に拘束されたか或いは別の事件か。

どちらにせよその工作員を探し出せと言う新たな任務に、ツバサは付かなければ成らなくなった。

『今、わたシが受けてイる任務ハどうすればイい?』

《その工作員が見つかる迄は休止だ。3ヶ月たっても見つからない場合は、彼がロケット団を裏切ったと見なし発見次第始末するように下っ端達へと通達する。
逆に3ヶ月の間に彼の死体を見つけ出した場合、適当な空き家と共に燃やせ。詳しいやり方は貴方に任せましょう》

後、彼が遣るはずだった任務には、貴方が着きなさい。

分かりましたね。


断れる筈が無い。
ツバサは工作員幹部であっても、ロケット団を纏める幹部、アポロとは上司と部下の関係。
無理です。出来ませんなんて言える筈が無い。

そして何よりも彼にも世話になった身だ。断るなんてものは出来ない。


『了解』


ムスっとした表情で顔を背けたツバサに、液晶に映り込むアポロは苦笑する。
こんな時、ツバサが一番に懐いていた彼と彼女ならば、こんな顔はさせて居なかっただろう。
それでも、こうやって表情を露わにして自身と向き合ってくれているだけでも、アポロは満足する。
他の人間ならばこうは行かないから。

最後に荷物の詳細や彼の手掛かりは、追って連絡する。とだけ言い残しては、通信を切られた。


通信が終わったと同時に、部屋を飲み込むのは無機質なPCの起動音だけ。

ツバサは後部へともたれかかれば、ギギと悲鳴が上がる。

ああ、もう!



『せっかく買い溜めしてきたばかりなのに!』


此から長時間ファイアウォールと格闘し、その先にある情報を入手しようと張り切っていた。
何よりも、外に出なくて済む!
それだけでもかなりの安心感をツバサへと与えていた。それが今無くなり、行方不明となった工作員を探しに出掛けなければならない。

つまり、人混みの中を進むと言う行為。




『最悪だ』



小さく呟いたツバサの台詞。
ツバサを気にかけ大丈夫?と寄ってきたブラッキーとエーフィだが、それを相手にする程ツバサに余裕は無かった。

















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