謳えない鹿3 | ナノ





一人の生徒が友達の手によって医務室へかつぎ込まれた。
制服の色は四年生。自称アイドルと言うだけに、顔が整っている生徒が多い。
が、今し方やってきたその四年生の顔は傷だらけで、制服もボロボロだ。
顔は殴られた痕が出来、頬に目尻と鬱血し始めたそれが主張する。制服は刃と思える何かに斬りつけられ、奥から顔を覗かせる地肌に描かれる無数の赤い線。

授業によってできたものではないのは、誰の目からみても分かる。

かつぎ込まれた四年生の意識はないものの、僅かに零れる呼吸音と脈打つ肉体に命に別状はないと告げた。

しかし、右足は腱を切られているのかぷらりと力無く左肩が外れている為、分厚い木材により固定される様は見舞いにきた友人達の胸を酷く締め付け、同時に歪ませる。

傷は癒え、外された肩は栄養ある食事をとっていれば骨はくっ付く。
回復はする。
だが、腱を切られた事による肉体の動きに制限がかかる事を誰もが知っている。

意識の無いこの生徒だが、目が覚めた時にどう選択するのか?
此処は一人前の忍を目指す学校だ。そんな中で動きが制限されるとなればーー

友人達は心配で仕方ない。

そんな事件がここ最近頻繁に起きている。
ターゲットとなる生徒はどれも四年生。
一人で移動している所を襲われる為、目撃者なんて居るはずもない。
いくら四年生と言え、上級生に含まれる生徒だ。アイドルだなんだと言われても今まで授業で積み上げてきた経験と実績そして力がある。
一方的にやられる筈がない。

だが、実際はどうだ?

反撃する所か抵抗も出来ず、一方的にボコボコにされ気を失った状態で発見される。
切り傷も多いが何より目立つのは打撲痕。顔だけではなく、体のいたるところにそれは見付かる。

切り傷から見てもどれも浅いが、あちらこちらに花を咲かせる青紫の模様は数が多すぎる。そしてどれも広範囲に広がるその様は、何度も同じ場所に打ちつけている証拠。生徒の中には骨にヒビが入っている者もいる。

犯人は複数かと思われたが、砂利に残された足跡からみて単独である事が分かった。そして、証拠といえる物を何一つ残さない所を見ると、奇襲攻撃を既に会得した者、下級生では有り得ない事が分かる。

では、外部。つまり学園へと侵入してきた者と言う話すは有り得ないと線を引かれる。サインを貰うまで地の果てまで追い掛けてくる事務員がいるのだ。部外者が入り込む事はない。次に、同学年の仕業ではと言う考えが出るも、実技を教える先生はそんな筈ない。と答えた。
実技の授業で教わる奇襲の手段。これは五年生から習う物のため、犯人は四年生。と言う可能性は薄まる。


では誰が?


一つ、また一つと絞り込まれた先に残ったそれに、学園内の空気がピリッとしたものへと変わる。

上級生である五年生叉は最上級生の六年生と言う可能性だ。

確かに上級生となれば、学び、会得する物は数え切れない。それがどんなものであろうとも、使う人によってはーー。


上級生向けにとある決まり事が生まれた。

《決して一人で行動するな》

である。四年生は傷つけられたくなければ、五年生と六年生は疑われたくなければ。
先生から告げられる言葉に、上級生達の額に嫌な汗が浮かび上がる。

どれだけ自身が何もしていないと主張した所で、一人でいる所を見られては弁明をしようがない。
教室移動する時も、食堂へ行く時も、ましてや厠に行く時でもすら2人以上で行動する様にと告げられた。

冷たくそして同時に、重苦しい空気が上級生を飲み込む。


疑心暗鬼。まさに言葉通りである。
自分ではないのは確か。
だが、もしかしたら友人が?
そういえば、あいつ、あの時1人で歩いている姿を見たような…。
確かあの時、あいつ挙動不審だった気がする…。
言われてみれば、委員会に行く途中で…。

各自沸々と湧き上がる友人達の姿。
一人でいる友人の姿を思い出す度に、犯人は……。と言う嫌な考えが生まれる。
一度生まれた疑心は止まらない。それどころか次から次へと些細な出来事ですら疑い、今までにない視線で友人を見るようになってしまった。


そんな中、同室者である彼は鼻を鳴らし、くだらないな。と笑った。
その様子に怪訝な顔つきで視野を切り替えれば、明日の実習の為にとクナイを研いでいる姿が映り込んだ。


「まるで授業のようだと思わないか?」


鑢からクナイを離した同室者。蝋燭のみと言う小さな光だけを頼りに、鋭い眼差しで黒光りするそれを眺める。


「授業?」

「五年の時にやったのを忘れたか?生徒の一人が事件を起こし、クラス全体に友人へ疑心をかける」

勿論覚えていた。
長期の潜伏任務の際、味方を過剰に信じ込みすぎないようにと言う授業。
味方を深く信じてしまった場合、裏切りにあいやすく同時に不審な動きをした場合それに気付きにくい。
人間の情に対する授業で、確か一線引き更に一歩引いた目線を得る為の授業だった筈。

だが………、


「仙蔵、お前は四年生の事件を、あの授業だと思っているのか?」

「まさか」


授業にしては怪我人が多い。

綺麗に研かれたクナイ。水がはる小さな桶へと沈めては、削った際に出た滓を洗い流しながら言葉を続けた。


「事件を起こした犯人について、考えて居るのだろ」

「当たり前だ。だが、色々と考えるも、四年生だけ狙う動機が分からない」


上級生には仲が良い、悪いは存在しない。
四年生となれば必然的に五年生、六年生と言う先輩を敬い迷惑をかけまいと動く者が多い。
理由の一つとしては委員会を共にしてきた月日が長いため、反抗心は敬う気持ちへと切り替わっていったのだろう。

だからこそだ。

何故、四年生を狙うのか?

下級生のようにいがみ合ったり、口喧嘩する程短気では無くなった。だが、今になって何故?答えの見えないそれに、どんどん険しくなってゆく同室者にあからさまなため息をつく。


「強いて言うなら、一人で見かける生徒」

「あ?」

「発見された時間帯は大体が夕刻過ぎ。つまり、委員会活動中に一人で居る所を狙われたと言う訳だ」


その時間帯だけ気をつけていれば問題はないだろう。
水から出したクナイを一枚の布で丁寧に拭き、他に傷ついてないか念入りに見つめる。


「(委員会活動中の時間帯)」

つまり、その時間帯に自由に動き回れる生徒。と言う事になる。
自身の委員会にも一人四年生がいる。いくら火器に詳しいだと言われようが、不意打ちで相手に背中をとられては抵抗出来ない。

後日、一人で動き回らない事、そして背後に気をつけるようにと注意する必要があるな。

明日の実習の準備をし始めた彼、潮江文次郎は手元に広がる忍具を手に取りながら考えた。










140320

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