謳えない鹿3 | ナノ





気味が悪い。
気味が悪い。

ねぇ、気味が悪い。
そう思わないかい?
そう、思うでしょ?
きっと彼らもそう思っているわ。

そうでしょ?

×××

耳元で××が囁く。薄暗いそこから眩しい世界を覗き見る何かは、足を止め息を止める。

××が肩に触れればとても懐かしい香りがして、ツゥ…と双眼が糸の様に細くなる。

×××、気をつけなさい。

耳元でゆっくり、ゆっくりと囁く声にそれはコクリと頷いた。




***


「兵助君これはどこに置けばいい?」

「ん?それでしたら、向こうに集めている赤い紐の壷の隣にお願いします」


うん、分かった。
間延びした返事は此処に編入した当時から変わっていない。
しかし、大切な火薬が入っていると分かって居るのか、彼は壷により見えなくなった足元に注意を払い一歩一歩進んでいく。
細心の注意を払うに越した事はない。


「先輩!六年生からこれが戻って来ました!」
元気に現れたのは小さな影、一年生と二年生。それぞれ痛んだ箱を持ち、五年生の元へとやってきた。

「ありがとう。んじゃ、中身の個数がちゃんと有るか確認してくれないか?」

足りない場合は、六年生の先生に聞いてきてくれ。

分かりましたー!
はい!
それぞれ異なる返事をする影は日当たりのよい外へと出ては、地面の上に一枚の板を敷くなり箱の中身を一つ一つ取り出し並べる。勿論、傷が付かない様慎重に両手でもつ姿は微笑ましいものだ。

「タカ丸さん、ちょっと手伝って貰えますか」

「どれどれ?」


無事壷を置き終えた後輩に声をかければ、彼は嬉しそうに此方へと走ってくる。

開かれた扉から太陽の光が注ぐ。
黒から現れたそれは空からの日差しを浴び、キラキラと金髪の髪を輝かせる。一際目立つその存在は周囲の視線を集めやすいもの。しかし、ここが火薬倉庫でありいまの時間帯生徒は委員会活動を行っているため、それほど周りには人は居なかった。

居たとしても、ああ、四年生の彼だと理解すればそのまま横切っていくだろう。

午後の授業を終え、火薬庫内にて絶賛活動中の火薬委員会。授業で疲れた体などまるで無かったかの様にハキハキ動き回る姿は、誰から見ても楽しそうに活動しているのだと分かる。
火薬の入る壷の入れ替えや、数の種類を把握するなど地味な作業に見えるものの庫内の壁にびっしりと敷き詰められるそれらを全て手をつけるとなれば相当の労力、及び数を頭に叩き込む記憶力が必要となる。
脳を動かしつつの力仕事は意外と辛い。そして火薬に対する慎重さも必要となるのだから目が回るに違いない。

だが、今活動している生徒達にそう言った色は見えない。輝いている。
が適切だろう。

それ程までに火薬委員会達は楽しんでいた。先週から続く同じ作業でありながらも、表情は変わらずむしろ待ってましたと言わんばかり。
第三者が見てもわかる位である。

授業で疲れた体を押しつつも、晴れ晴れしたその表情で作業する姿は第三者の目を引き寄せほっこりとさせる。
現に近くを通りかかった生徒達からは、なんだか楽しそうだね。と零しているのを一年生と二年生が拾う。

それを拾い上げた一年生はくすぐったそうに笑い、二年生は羨ましいだろうと言わんばかりに鼻を鳴らし作業へと取りかかる。
それを遠目でみていた二人の先輩は口元が綻んでいる事に気づいてはいない。


「二人共楽しんでるねー」

「ですね。てっきり疲れているかと思ってましたが、二人には苦ではないようです」


委員会活動が始まって数週間。
授業を終え委員会へと流れが戻ってきた為、そろそろ体力的に疲れが見え始める頃かと思っていたがそうでもないらしい。

タフだなと思うと同時に、一年生、二年生ならではの活力からくるものかも知れない。
ただひたすら走らず周りを見れる位に落ち着いた、今の学年となった久々知兵助からすれば少し羨ましいと思う所がある。

「……あれ?」


と、隣に居る四年生が声を上げた。
どうかしましたか?
と、姿勢を正せば、ほら、あそこ。とタカ丸は空へと指を指した。

正解には屋根の上。
晴天が広がるその元には黒い瓦を被る屋根が存在する。授業を受ける校舎とは造りが違う為、二階までしかないその低い建物の上に誰かが居るのに兵助は気付く。
無意識に細くなる目つき。
青空に溶け込む事が無い薄桜色が風により静かに揺らぐ。一瞬季節外れの桜かと思いきや、緩やかに動き出したそれが自身と同じ色の忍装束を着ている事に気付いた。
見覚えがある。
同じ学年で、最近よく話すようになった五年は組の生徒、亮だ。

背中には一つの三味線。ゆらゆらと左右に揺れる束になる二本の髪の毛は、まるで風に弄ばれているように見える。


「あれは、亮です」

「んん?亮君?よく見えたねー」

間延びする声は相変わらずで、彼は苦笑し再びその存在を瞳に映し出す。

兵助の瞳にうつる彼は背中を向けている状態で、その表情を伺う事は出来ない。
亮が何をしているかは分からないが、方角的に言えばあちらは確か長屋だ。生徒達が寝泊まりする場所で、今の時間帯は委員会活動の為だれも居ない筈。

一体なにをしているのだろうか?


「そういえばさ亮君って」

「亮?」

「うん。何だか違うよね?」

違う?
タカ丸さんの言葉に俺は屋根の上にいる亮から視線を外す。隣にいる頭一つ分大きいタカ丸さんを見やれば、彼はなんて言うのかな?と首を傾げては俺と視線を合わせた。


「僕達と違うって言うのかな?ううん、一部と違う。か」

「言ってる事が分からないです」

「たまに、たーーまに何だけどね。亮君の姿が、周りと溶け込んでないように見えるんだ」

髪、背丈、口調、仕草、制服、とは言わない。容姿がーー。なんて言わない。
タカ丸はそうじゃない。存在が。と付け加えた。

「編入生だ。と一括りにすれば僕だって同じなんだよ。だけどね、亮君。僕達と一緒に居るとき、溶け込んでないように見える時がある」

浮いている。目立つ。人目を惹く。編入生だから。飛び級をしたから。
全部違う。
あれを見てから、あの光景を見てから彼は異変に気付いた。

「亮君がクラスメイトのは組と話ししてるのを見たんだ」

タカ丸は四年生であり、同時に一年生の授業を受けながら学園内を回って居る。その時に偶々見たのだろう。相変わらず全身泥だらけのほんわかは組が、亮と校舎へと歩いていく姿をーー。

「亮君が笑っててさ、ああ、亮君笑ってる。って頭のどこかで思った時、ふと気付いたんだ。
は組に溶けてるって」

クラスメイトだから。なんて当たり前の台詞なんかじゃなかった。
タカ丸はその光景を見て、ふと異変に気付く。
自身の先輩や友、そして小さな後輩達が亮と一緒にいる光景と、名も知らないは組の皆と居る光景が同じものではない事に。

亮は笑っていた。それに変わりはない。
亮の隣にいる生徒も、忍術学園の生徒である為異変なんてものは無い。

だが、可笑しい。可笑しいと、タカ丸の口からは言葉は止まない。
隣にいる久々知兵助の胸を叩く。胸の奥底でバクバクと震えるそれに、ごくりと唾を飲み込んだ。

「僕は亮君が兵助君達と一緒にいる所をよく見るし、兵助君達が楽しそうに笑って背中を叩き合っている姿は、見ていて凄く暖かいって感じた」

だけどね?

「ふと、隣にいる亮君を視界に捉えると、無意識に首を傾げてしまう」

例えるならば、水に溶ける事のない浮いた氷。
例えるならば、紅葉した森の中にポツリと立つ青々とした木。
例えるならば、戦場の中に捨てられた、使われなかった綺麗な弓矢。


「ーー何でだろうね?」


タカ丸が目を細めた。

何でだろうね?

その言葉に久々知兵助の胸の中で「それは有り得ない」とわけの分からない言葉が生まれ、ハッと現実へと意識が戻される。

「兵助君?」


自身を心配する声。先ほどのわけの分からない言葉を払うように首を振れば、委員長代理は苦笑いする。


「考えすぎじゃないですか?」

「そうかな?」

「そうですよ」


だってーー。

開きかけた言葉はヒュと空気を吐き出し、空の喉を鳴らした。

………今自身は何かを言いかけた。

しかし、それが言葉として出る事は無い。
文字が脳裏に浮かび上がったものの、まるで表に出る事を拒むかのようにそれは無へと溶けていくのが分かる。

再び喉を鳴らす。

タカ丸さん。きっと、気のせいですよ。

気のせい。
絶対に気のせいだ。
気のせいにしなくてはならない。

何かを隠すように何かを覆うように言葉を続ければ、タカ丸はそっか、気のせいかーと頭を掻いた。

再び屋根へと視線が戻る。

其処には先ほどまでいた筈の薄桜色はもう居ない。
見慣れた校舎と晴天が久々知兵助の瞳へと映っていた。














140320

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